240.【す】 『据膳(すえぜん)食(く)わぬは男(おとこ)の恥(はじ)』 (2004.07.12)
『据膳食わぬは男の恥』[=内ではない]
女の方から情事を挑んできたら、男子はその誘いに応ずるのが当然だ。また、応じないようでは男の恥だ。
★「据え膳」は、すぐ食べられるばかりに整えられた食膳のことで、転じて、女の方から言い寄ってきて、あとはこちらが応じるばかりになった状態のこと。
用例:浄・夏祭浪花鑑「据膳と鰒汁を食はぬは男の内ではない」

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梅雨とは思えないほど好天が続いていた。
「好天」というよりも、むしろ、「酷暑」である。暑さに弱い八兵衛は既に顎(あご)を出していた。

>八:親方あ、今日はもうこれくらいにしませんか? このままじゃ鰯(いわし)の丸干しみたいになっちまいますよ。
>源:何を言ってやがる。まだ水無月(みなづき=陰暦6月)にもなってねえんだぞ。そんなことじゃ本当の真夏なんか乗り切れねえぞ。
>八:だって親方、もう5日も雨が降ってねえんですぜ。こんな梅雨ってありますか?
>源:実際そうなんだから仕方がねえ。耐えるんだな。
>八:そんなあ・・・
>熊:それにしても、こんなに晴れるんだったら棟梁たちにくっ付いていけば良かったですね。旅も順調でやしょうね。
>源:日頃の行ないが良いとは思えねえんだがな。お天道(てんとう)様も臍(へそ)曲がりなことをしなさる。
>熊:まあ良いじゃないですか。静(しずか)譲ちゃんも源太坊ちゃんも、嘸(さぞ)かしご機嫌(きげん)でしょう。
>源:年寄りの手には負えなくなってるだろうよ。
>熊:違(ちげ)えねえ。

>八:棟梁たちが好い思いをしてるってのに、おいらたちは炎天下で煮干しみてえになってろって言うんですかい?
>熊:縮(ちぢ)みやがったな?
>源:まったく根性のねえ野郎だな。・・・まあ仕方がねえ。半時(=約1時間)ばかり日陰で休むとするか。
>八:本当ですか? 流石(さすが)親方、話が分かりなさる。・・・おい三吉、水菓子かなんか買ってこい。
>三:またおいらですかい? それに、水菓子ってったって、何を買いにどこへ行けば良いってんです?
>八:与太郎んとこへ行けば冷えた西瓜(すいか)くらいあるだろう。
>三:西瓜ですか? そんなもん食ったら腹が冷えちまって良くないんじゃありやせんか?
>八:西瓜ごときで誰が腹を壊(こわ)すかってんだ。
>三:それに、一黒屋(いちこくや)はちょいと遠いですぜ。
>源:西瓜なんて水っぽいもんを食うと酒が不味(まず)くなるぞ、八。
>八:へ? そうか、それもそうですね。それに、西瓜はまだ出端(でばな)でまだ高い。余計な銭を使うくらいなら、「だるま」で胡瓜(きゅうり)の1本を頼んだ方が良いってことですね?
>熊:西瓜が胡瓜かよ。随分安っぽくなりやがったな。
>源:三吉、まあ日陰に入って休んでろ。瓜売りでも通り掛ったら真桑瓜(まくわうり)くらい食わしてやる。
>八:ほんとですか? こりゃあ楽しみだ。
>熊:酒の為に水菓子は止(よ)すんじゃなかったのか?
>八:何を言ってやがる。瓜が「どうぞ食ってください」って言ってきてるのに食ってやらなかったら失礼だろう。
>熊:別に失礼じゃあねえよ。余ったら五六蔵とか太助が始末して呉れる。
>八:そんなこと言うなよ。食わして呉れよ。

やがて瓜売りが通り掛ったが、真桑瓜は売り切れてしまって胡瓜しかないという。
八兵衛は文句も言わず、ガリガリと2本を食べ尽くした。

>源:さあ、もう一頑張りだ。区切りの良いところまでやったら終(しま)いにしよう。
>八:なんだか半端に休むと動く気が起きませんねえ。
>源:暑きゃあ休ませろ、涼んだら動きたくねえ。そんな料簡(りょうけん)は通用しねえぞ。さあとっとと働きやがれ。
>八:へーい。・・・でも、なんだか胡瓜くらいじゃ力が湧きませんね。
>源:冗談じゃねえ。人に銭を出させといてその言い種(ぐさ)はねえぞ。そんなことを言うんなら食った分は返しやがれ。
>八:い、いえ。働きますって。・・・銚子を持ち上げるくらいの力が残ってりゃ良いんでやすから、ばりばり働かせていただきます。こら四郎に三吉、とっとと材木を運んできやがれ。
>源:お前ぇも行けってんだ。・・・さてと、家(うち)の方はどうなったかな?

>熊:今日は姐(あね)さんのとこでなんかあったんですか?
>源:客を2人ばかり呼んで鰻(うなぎ)を食うんだって言ってた。
>八:なんですって? 鰻でやすか? 良いなあ、羨(うらや)ましいな。
>源:お前ぇのためだ。本来ならお前ぇが鰻の代金を払わなきゃならねえところだぜ。
>八:どういうことですか?
>源:鰻に有り付いたのはお咲ちゃんとお花ちゃんだ。どういう話になってるのかはまったく知らんがな。
>八:それじゃあ・・・
>源:まだに決まってるだろう? 毎晩のように顔を合わせるお花ちゃんに、突然そんな話ができるか。
>八:だって、そういうもんってのは、とんとん拍子に行きときは行くでしょう?
>源:行かねえときの方が多いの。まあ、そう慌てるな。
>熊:姐さんに任せときゃ大丈夫だよ。信じて待つこったな。
>八:ま、まあ、そうですね。・・・でもなんだか胸の辺りがどきどきしやすね。
>熊:ほう。お前ぇも人の子だってこったな。
>八:なんだよそりゃあ? それじゃあまるでおいらが恥ずかしさもなんにもねえ千枚通しみてえじゃねえか。
>熊:それを言うなら千枚張りだっての。

八兵衛たちが仕事に取り掛かっていった後、源五郎は友助を呼び止めた。

>源:なあ友助。ずばっと聞くんだが、お十三(とみ)ちゃんの方はどうなってるんだ?
>友:はい。当人と、父親(てておや)の三次さんは乗り気でいてくだすってるんですが、おっ母(か)さんがどうにも好い顔をしてくださらないんです。
>源:どういうことだ? 俺はまた、お十三ちゃん本人が駄目かと思ってたぜ。歳が違い過ぎる。
>友:はは。確かに42に26ですからね。でも、案外古風なところもありますよ。
>源:それに、娘の嫁入りとなると、一番反対するのは父親だって相場が決まってるじゃねえか。
>友:三次さんとは巧くいってますよ。良く根付(ねつ)けの話をします。集めてるそうなんです。
>源:根付けだと? ・・・そんなもん誰が好んで集めたりするんだ?
>友:集める者の心の中なんてものは誰にも分かりゃしませんよ。ですが、偶々(たまたま)両毛屋にいたときのお客様に同じ趣味の方がいらっしゃいましてね。私もちょっとは知っているんです。望まれましたのでお引き合わせしました。あちらさんも喜んでくださいましたよ。
>源:へえ。世の中、何が役に立つか分かったもんじゃねえな。・・・それで、おっ母さんは何がいけねえって言ってるんだ?
>友:私と歳が殆(ほとん)ど変わらないせいです。
>源:だってお前ぇ、歳ばっかりはどうしようもねえぜ。
>友:三次さんもそう言って説得して呉れているんですけど、どうも・・・
>源:そうか。まあ、家の中じゃ、母親ってのは父親より肝心(かんじん)だからな。・・・それで、何か考えはあるのか?

>友:あ、いえ。・・・三次さんは変なことを言い出してますが・・・。
>源:なんて言ってくだすってるんだ?
>友:その、言い難いんですが、お十三ちゃんと、なんです、あの、契(ちぎ)ってしまえと。
>源:なんだと? 父親が言う台詞(せりふ)か?
>友:それが、お十三さんも、いっそのことそうしてしまいたいと言い出しまして。
>源:そりゃあお前ぇ、えーと、俺はよ、それを煽(あお)り立てる立場じゃねえからよ。というより、その辺のことってのについちゃ、世の中どうなってるのか知らねえもんだからよ・・・
>友:そうですよね。そういうことはこっちで決めないといけません。・・・でも、もし良かったら、姐さんと話してみていただけませんか? 姐さんなら間に入ってくださるかも知れません。
>源:そうだな。そうするか。お前ぇ、今日の仕事が終わったら、家に上がっていけ。くれぐれも早まったことはするなよ。下手(へた)な奴と話をすると、無責任な助言をするもんだからよ。
>友:分かっています。・・・では、宜しくお願いいたします。

「参(まい)ったな・・・」源五郎は大きな溜め息を吐(つ)いた。
でもまあ、当人同士が好いと言っているのだから八兵衛よりはずっと増しかと、思い直した。
八兵衛は、相も変わらず「暑い暑い」を連発している。
本当に妻帯する気があるのかと、疑いたくなる。
つづく)−−−≪HOME