252.【せ】 『折檻(せっかん)』 (2004.10.04)
『折檻』
厳しく意見すること。厳しく叱ること。後の戒(いまし)めのため、叩くなどして懲らしめること。転じて、責め苛(さいな)むこと。 例:「息子を折檻する」
類:●切諫(せっかん)
故事:漢書−朱雲伝」 中国、前漢の朱雲(しゅうん)が成帝(せいてい)を強く諌(いさ)めてその怒りを受け、朝廷から引き摺り出されようとしたときに、檻(てすり)に掴まったためその檻が折れた。後に朱雲を取り成す者がおり、朱雲は許されたが、成帝は以後も直言をしてくる者が出るようにと檻をそのままにさせておいた。 
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小豆久恵(しょうどひさえ)からの文(ふみ)に書かれていた娘の家は、音羽町(おとわまち)にあった。
娘の名は「おつる」。
あやとお咲が訪ねると、「鐘吉(かねきち)」という名の弟が、胡散(うさん)臭そうな目で2人を出迎えた。

>咲:おつるさんは、いますか?
>鐘:なんだね、あんたがたは? 姉ちゃんはいるけど、どこのどなたかを聞かねえと、会わせる訳にはいかねえな。
>咲:なんなの、その言い方? あたしたちはねえ・・・
>あや:お咲ちゃん、落ち着いて。・・・わたしは、大工の源五郎の家の者で、元締めの相馬屋さんの用でお邪魔しました。こっちは、お咲ちゃんといって、わたしのお手伝いをして呉れている娘さんです。お隣(となり)のお亀さんから、おつるさんに会うようにと、ご紹介をいただいたのです。
>鐘:亀姉ちゃんの紹介だと? ・・・ふうん。そうか、そんなら良いか。まあ、入って呉れ。表(おもて)でやいのやいのやってると、近所の目ってもんがあるからよ。
>咲:何よ、騒ぎになるように仕向けてるのはそっちじゃない。
>あや:お咲ちゃん。
>咲:そうか、穏便(おんびん)に穏便によね。こういうことは、下手に出なきゃね。

鐘吉からの報告を受けて、おつるが奥から出てきた。
襷(たすき)を掛けているところを見ると、提灯(ちょうちん)作りを手伝っているところだったらしい。

>つる:お亀ちゃんから大体の話は聞いていますけど、あたし、そういうつもりは・・・
>咲:決まった人があるってこと?
>つる:そういうことじゃないんです。
>咲:それじゃあどうして? 相手が嫌(いや)ってこと?
>つる:いえ、そんな。こんな良い話は滅多(めった)にあるもんじゃないって、分かってはいるんです。でも・・・
>咲:さっぱり分からないわ。あたしにも合点(がってん)が行くように話してよ。
>つる:あなたがたに話すほどのことじゃないのよ。
>あや:ねえ、もしかして、弟さんのこと?
>つる:え? ええ、まあ。
>咲:どういうこと?
>つる:あの子をこのまま残していくのが心配なんです。
>咲:そういうこと。なんだか妙に合点が行っちゃったわ。
>あや:お咲ちゃん、失礼よ。
>咲:へへ。ご免なさい。・・・でも、弟さん、どうなっちゃったの?

おつるの話はこうだった。
鐘吉が10歳を過ぎた頃、提灯の紙貼りをさせ始めたのだという。鐘吉は父に似ず不器用(ぶきよう)で、何度教えても正面(まとも)な提灯に仕立て上げられなかった。
切っ掛けは、酒に酔った父親が鐘吉に向かって「お前ぇには提灯職は無理だ」と言ってしまったことだった。
ちょっと口答えをした倅(せがれ)に、「よくも歯向かいやがったな」と殴り掛かってしまったのである。

>つる:それからというもの、事あるごとに喧嘩(けんか)が始まってしまう。優(やさ)しい子だから自分の方からは手を出さないんだけど、口が段々悪くなってくるの。そんな捻(ひね)くれてしまったあの子を、このままにはできません。
>咲:苦労してるのね、結構。
>あや:でもねおつるさん、このままにしておくと、却(かえ)って改めることができなくなっちゃうんじゃないかしら?
>咲:そうよね。素直になる切っ掛けを作ってあげなきゃね。
>つる:そんな簡単に行くことじゃないと思います。
>あや:それはそう。だけどね、何もしないでずるずるというのよりは増しよ。
>咲:やっちゃえ、やっちゃえ。
>つる:そんなことを言われても、あたしには、何をどうやったら良いのか、もう思い付かないの。
>咲:あたしがなんとかしてあげる。
>つる:できるの、そんなこと?
>咲:なんとかなるって。・・・要は、甘ったれてるのよ。それを教えてあげればなんとかなる。

>あや:そうね。一度外へ出してあげるのなんか、良い薬になるかも知れないわ。
>つる:外へ出すって、どうしようと言うんですか?
>あや:弟さんは、提灯作り以外で何か得意なこととか、好きなことはないの?
>つる:さあ、どうでしょう。
>あや:商(あきな)いには向いていない?
>つる:ああいう風(ふう)ですから、あまりお客様の前には出ないようにさせています。
>あや:算盤(そろばん)とか手習いは?
>つる:字が上手じゃないんで手習いの方はさっぱりですが、算盤だけは得意でした。
>あや:それなら良かった。話が早いわ。
>咲:あ、分かった。ご隠居様に預けちゃうのね?
>あや:そう。頼んでみて呉れる、お咲ちゃん?
>咲:引き受けたぁ。

あやとお咲は、おつるの父母に会わせて貰い、鐘吉を奉公に出すつもりはあるかと尋ねてみた。
「あんな風だから無理なんじゃねえですか?」と父親は言ったが、母親は「藁(わら)にも縋(すが)る思いです。どうか、試してみてやって呉れませんか?」と額を擦(こす)り付けるほど平伏してみせた。

鐘吉当人には、あやが1対1で話し合った。お咲も抜きで、である。
四半時(しはんとき=約30分)話した後の鐘吉は、ほんの少し上気(じょうき)して、生気が戻った目をしていた。

>あや:分かって呉れたわ。先方様と話が付いたら、もう一度ご報告に来ますね。
>つる:あの・・・。鐘吉の件は、あたしの嫁入りの話との抱き合わせの話ってことになるんですよね?
>あや:そんなことないのよ。それはそれ、これはこれよ。
>つる:だって、うちまで来たのは、そっちの話だった訳でしょう?
>あや:それはそうだけど、うちの親方は無理強(じ)いが一番嫌いな人だから。・・・そっちのお話は、急がないから、鐘吉さんの方がなんとかなったら、考え直してみて呉れれば良いの。
>つる:それで良いんですか?
>咲:あたしが保証するわ。こっちはこっちで、俳諧とかいう妙なものが好きな物好きの目をおつるさんの方に向けなきゃならないっていう、大変な仕事が残っているんだもんね。
>あや:お咲ちゃん。あんまり、こっちの手の内は晒(さら)さないものよ。
>咲:ありゃ、こいつは失態(しったい)。おつるさん、聞かなかったことにしといて。
>つる:面白い人ね、お咲ちゃんって。・・・あたし、信用します、お二人のこと。
>咲:そんじゃあ、ひとっ走り、ご隠居様のとこに行ってくるとしますか。

一黒屋与志兵衛は、一も二もなく、お咲の申し入れを引き受けた。

>与志:それで、お咲さん、鐘吉どんのお姉さんというのはどういう人なんですか?
>咲:優しそうな人よ。飛び切りの美人って訳じゃないけど、こんなのを作るのよ。はい、お土産(みやげ)。
>与志:ほう、提灯ですか。ふうむ。・・・あたしには良く分かりませんが、清々(すがすが)しい絵ですね。
>咲:気に入った?
>与志:ええ。気に入りました。こんな素晴らしいものを仕上げるのですから、細(こま)やかで穏やかな方なんでしょうね。
>咲:数次さんにも見て貰っておいてね。一度、鐘吉さんと一緒に来るように言っとくわね。
>与志:そうしてください。数次には、明日は、一日中店にいるように言っておきますから。
>咲:お嫁さんを貰う気になって呉れると良いんだけどね。
>与志:お咲さんと源五郎親方の口利(き)きですからね、とっくりと考えるように言っておきますよ。

>咲:あ、それから、鐘吉さんのことだけど、最初のうちはあんまり酷(ひど)く叱ったりしないでくださいね。お父つぁんとの口喧嘩で懲(こ)りちゃってるようなとこがあるみたいだから。
>与志:暫(しばら)くは与太郎さんに付いて貰うようにしますよ。与太郎さんなら、大きな声を出すようなこともないでしょう。
>咲:大当たり。与太ちゃんなら間違いなしね。ちょっと頼りないかも知れないけど。
>与志:いやいや、与太郎さんもああいう風に見えますが、中々どうして、しっかり者ですよ。気に入った娘さんでもいたら、嫁にしてあげようかと思っているんです。
>咲:まあ。それは有り難いわ。与太ちゃんみたいなのが良いっていう人が現われたら良いわね。
>与志:そのうち見付かりますよ、きっと。「割れ鍋には綴じ蓋」と言いますからね。
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