249.【せ】 『青天(せいてん)の霹靂(へきれき)』 (2004.09.13)
『青天の霹靂』
青く晴れた空に突然に起こる雷という意味で、思い掛けず起こる突発的事変。突然の大事件。
類:●寝耳に水藪から棒足許(あしもと)から鳥が立つ●(Like) A bolt from [out of] the blue.<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
参照:陸游の「九月四日鶏未鳴起作」
人物:陸游(りくゆう) 中国南宋の詩人。字は務観、号は放翁。1125〜1210。南宋第一の詩人として、北宋の蘇東坡と併称される。多作詩人として知られ、国の状況を慨嘆したものや田園閑適の生活を主題にしたものが多い。著「剣南詩稿」など。
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相馬屋から渡された10人の名前の中には、小豆(しょうど)久恵(ひさえ)に就(つ)いて学んでいる娘はいなかった。
それはそれで、仕方がないことである。
知人くらいはいるかも知れないからと言われ、お咲は、10人の名を書き写して置いてきた。

お咲は、一先(ひとま)ず、友助がいるであろう、源五郎たちの現場に行ってみることにした。

>八:おう、お咲坊。昼間っからこんなとこで油を売ってても良いのか? 六さんが見たら嘆(なげ)くぞ。
>咲:何言ってるのよ。あたしはね、親方のためにあちこちと駆け回ってるの。もう足が棒のようよ。
>八:親方のため? そりゃあどういうことだ?
>咲:内緒(ないしょ)。八つぁんになんか教えてあげない。
>八:なんだよ、冷てえな。・・・しかし、おいらに頼まねえで、お咲坊なんかに頼むなんて、親方も焼きが回ったな。
>咲:「なんか」とはご挨拶(あいさつ)ね。八つぁんなんかよりずっと役に立つんだから。
>八:そんで? どんな用を頼まれたんだ?
>咲:だから、教えない。・・・そんなことより、親方は?
>八:あれ? そういやさっきから見当たらねえな。・・・やい、熊、親方はどうした?
>熊:さっき、三吉を連れてどこかに行ったぜ。
>八:三吉だ? するってえと何か? 相馬屋の爺さんからっていうアレか?
>咲:何よ、もう知ってるの? 三吉さんも口が軽いわねえ。
>熊:八の野郎が脅(おど)して口を割らせたの。三吉ばかりが悪い訳じゃねえさ。
>咲:やっぱりね。・・・そうか、親方もいないのか。うーん、それじゃあ、友助さんとお話させて貰っても良い?
>八:どうしておいらのことを除(の)け者にするかな。おいらほど頼りになる男なんかそうはいねえっていうのによ。おいらのことを棚に上げといて、三吉だ友さんだってのは、どういう訳だ?

>咲:数次(かずじ)さんのことなのよ。八つぁんじゃ話にならないの。
>八:数次って、一黒屋のご隠居のとこのかい?
>咲:他(ほか)にそんな名前の人がいる?
>八:そういうことが聞きてえんじゃなくってよ、一黒屋のご隠居が絡(から)む話だったら、なんでおいらを混ぜて呉れねえんだってことよ。一黒屋といえば八兵衛、八兵衛といえば一黒屋って、相場は決まってるってのによ。
>熊:そんなの誰が決めてるんだっての。
>咲:八つぁんは、内房(うちぼう)のご隠居様と「臭(くさ)い仲」かなんかをやってれば良いの。
>八:そりゃあねえよ。・・・ははあ、さてはお咲坊、あそこのご隠居の山海の珍味を独(ひと)り占(じ)めにしようって魂胆(こんたん)だろう。
>咲:あたしには、山海の珍味の美味(おい)しさなんか分からないもの。それに、いくらなんでもご隠居様はあたしにお酒を出したりはしないでしょう?
>八:あ、そうか。なんだ。それじゃあ、意味がねえな。
>咲:そうやってね、食べ物のことばっかり考えてて、肝心(かんじん)の人様のことを疎(おろそ)かにしてると、後で痛い目に遭(あ)うわよ。
>八:なんでだ?
>咲:見返り目当てて寄ってくる者は、いつかその見返りを求められる。
>八:なんだそりゃ?
>咲:そういうのが世の中の理(ことわり)ってものなの。
>八:そんな断(こと)わりなんざ、お断わりだな。
>熊:こいつ、なんにも分かっちゃいねえ。

お咲が友助に質(ただ)してみると、数次には確かにそういうものを好む様子があったという。
柄(がら)にもなく、花鳥風月(かちょうふうげつ)に惹(ひ)かれるところがあるのだという。

>熊:へえ。立派な心掛けだねえ。
>八:何が、だ。俳諧だかなんだか知らねえが、歌なんか歌ったって腹は膨(ふく)れやしねえぞ。
>咲:これだから八つぁんは駄目だっていうの。お腹(なか)なんか膨れなくたって、気持ちが豊かになれば良いのよ。それが風流ってものでしょ?
>八:そんなのが風流なら、おいらは野暮(やぼ)で結構(けっこう)。
>熊:おっ? 言い切りやがったな?
>咲:そんなんじゃ、お花ちゃんだったら、相手にして呉れないわよ。
>八:なんだと? 野暮は嫌いだって言ってるのか?
>咲:言いやしないけど、女子(おなご)はみんなそういうもんなの。それでも良いんなら、食べるもんの心配ばっかりしてれば良いわ。
>八:そ、そ、それは困る。なんだ、その、家長仏滅(ぶつめつ)ってのには、どうやったらなれるんだ?
>熊:仏滅じゃねえ。花鳥風月、花と鳥と風と月のことで、綺麗なものを見て綺麗だなって思うことだ。
>八:なんだよ。そんなことなら、なんてことねえじゃねえか。菊の花は酢に漬けると食えるし、鴨が葱(ねぎ)を背負って来りゃ、そりゃあ美味(うま)そうな鴨汁の出来上がりときたもんだ。
>熊:止(よ)せってんだ。風流とは程遠い。
>咲:八つぁんには、お嫁さんなんか無理なのかも知れない。あーあ、可哀想(かわいそう)に。ご愁傷様ね、まったく。
>八:駄目なのか、これじゃ。・・・どうすりゃ良いんだよ。教えて呉れよ、お咲坊。・・・なあ、熊よ。
>熊:知るか、そんなこと。

八兵衛はしゅんとしてしまった。
一方、輪を掛けてしゅんとした様子で帰ってきた三吉の話によれば、一番目に訪(たず)ねてみた娘から、きっぱりと断わられたという。
「大工は嫌だ」の一点張りで、取り付く島もないという。

>五六:親方が付いてってくだすったってのに駄目だったのか?
>三:誰が一緒だろうと駄目ですぜ、あれじゃ。大工のだの字を聞くのだって嫌だってんだから。
>熊:だって、相手は建具師(たてぐし)の娘だったんじゃねえのか?
>三:へい。お父(とっ)つぁんは「なんの文句もねえ」って言ってくだすったんですがね。
>源:まあ、仕様がねえやな。そこに拘(こだわ)るのには、それなりの訳があるんだろうからよ。まあ、次に期待しておくんだな。
>三:へい。また付いてきてくださるんですよね?
>源:まあ、相手が職人ならな。見知った顔も幾人かはいるしよ。
>三:宜しくお願いします。
>八:三吉。お前ぇも、男なら自分の力でなんとかしちゃどうだ?
>三:そんなこと言ったって、おいらそういうことはどうも苦手でして。
>熊:良いじゃねえか。お前ぇより何年も生きてる八の奴だって、自分独りじゃなんにもできやしねえんだからよ。
>八:それを言うなって。今はお咲坊に苛(いじ)められて落ち込んじまってるんだからよ。
>熊:このままずっと落ち込んでて呉れりゃ、まだ増しなんだがな。
>源:なんかあったのか?
>熊:一黒屋の数次さんみたいに、風流の1つも分からないようだと、お花ちゃんに嫌われるぞって言われたんでさ。
>源:ほう。
>熊:まあ、無理な相談ではあるんですがね。
>源:そいつは分からねえぜ。・・・なあ、八。
>八:へ? ど、どうなんでしょう?
>源:しょうがねえ野郎だな。三吉共々、景気付けに行ってこい。

源五郎から小遣いを貰って「だるま」に着いてみると、お花が神妙(しんみょう)な顔付きで近寄ってきた。

>花:あの、あたし、2・3日したらここのお仕事を辞(や)めることになっちゃいました。
>八:なんだって?
>熊:そいつはどういう訳なんだい?
>花:お父つぁんが見合いの話を持ってきたってことなの。「もう決めたからな」って。・・・お父つぁんの言い付けだから、もうどうしようもないのよ。
>八:そ、そりゃあ・・・

八兵衛は、卓に着いたまま気絶してしまったようだ。
以下の話は、まったく耳に入っていなかった。

>花:「源五郎親方が決めてくださる話なら文句はなかろう」って。それで、さっき、お内儀(かみ)さんのあやさんのところに行って、宜しくお願いしますって、頼んできました。
>熊:お花ちゃん。それでも良いのかい? 自分で見付けたいって思わねえのかい?
>花:良いんです。お咲ちゃんと違って、あたしには、自分の方から見付けに行くなんてできませんから。
>熊:ここで伸(の)びてる八になっちまうかも知れねえんだぜ。
>花:八兵衛さんなら、人柄も分かってるし、却(かえ)ってそういうことの方が良いんですけど。
>熊:へえ。こいつは魂消(たまげ)た。こんな盆暗で良いなんて奇特(きとく)な話は、後にも先にも聞いたことがねえ。
>花:可笑(おか)しいですか?
>熊:そんなことはねえさ。もしそんなことになったら、八の野郎、喜び過ぎて引き付けを起こしやがるぜ。丁度今みたいによ。・・・まるで、雷(かみなり)に打たれた蛙(かえる)みてえじゃねえか。
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