67.【う】 『売(う)り言葉(ことば)に買(か)い言葉』 (2001/03/05)
『売り言葉に買い言葉』
相手の暴言を受けて、それに相当する言葉を返すこと。悪口に悪口で言い返すこと。
類:●売る言葉に買う言葉
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暮れ六つ。
「だるま」には、熊五郎・八兵衛・五六蔵・三吉・四郎・太助・与太郎の他に、半蔵・松吉、それと、お咲が集(つど)った。

>熊:なんでお咲坊が来てるんだよ。
>咲:父上の名代(みょうだい)。松吉さんだって出るってのに、うちから誰も出ない訳にいかないでしょ?
>熊:飲むんじゃねえぞ。
>咲:大丈夫よ。自分が飲める分量くらい弁(わきま)えてるもん。
>熊:そういうことじゃねえだろ。一丁前になるまでは、飲んじゃいけねえってことになってんだろ。
>咲:何よ、お堅いこと言わないでよ。 小姑(こじゅうと)みたい。
>熊:何をーっ? やっちゃいけねえことをいけねえって言って何が悪い。
>咲:些細(ささい)なことに目くじら立てたりすると大人物になれないぞ。
>熊:放(ほ)っとけ。
>八:まあまあ、それくらいにしとけよ。何とかは犬も食わねえて言うじゃねえか。
>熊:八っ!
>太:・・・あのう、お二人ってそういう間柄なんですか?
>熊:見ろ、太助が勘違いしちまったじゃねえか。
>八:まあ良いじゃねえか、まったく違うって訳じゃねえんだから。細かいこと兎(と)や角(かく)言ってると偉くなれねえぞ。
>熊:そんなんだったら、偉くなくたって良いや。

>八:ときに、松つぁん、今夜は菜々ちゃんを呼ばなかったのか?
>松:ああ。太助さんの歓迎の会だかおいらたちの祝言(しゅうげん)の前祝いだか分からなくなっちまうからな。これでも気を使ってんだぞ。
>半:お前ぇ、祝言が決まってからこっち、ちょっと性分(しょうぶん)が変わってないか?
>松:そうか?
>半:どう思う、五六蔵?
>五:どうって言われても、昔っから知ってるって訳じゃねえからな。でもな、幾らか図々しいくらいの方が、嫁の兄としちゃあ安心できるかな。
>半:へーえ、お前ぇの口から嫁の兄とかいう言葉が出るとはねえ。世も末だな。
>五:なんてえ言い種(ぐさ)だよ、半公。
>半:悪(わり)い悪い、言葉の文(あや)だ。
>松:まあまあ、お前ぇらそれ位にしときなよ。今日の主役はこの太助さんなんだからよ。
>半:松つぁんよ、兄君(あにぎみ)に向かってお前ぇはねえだろう。「お義兄(にい)さま」とか「五六兄(にい)ちゃん」とか呼んでやりなよ。
>松:そう安々と呼べるか。ついこの間まで、「ごろつき」とか「見習い」って呼んでたんだからな。
>五:こっちだって妙な呼び方されたら鳥肌が立つってもんだ。妹の亭主だからって、これまでの付き合いが変わる訳じゃあるめえしよ。
>太:・・・あのう、お二人って、
そういう間柄なんですね?
>八:こっちは熊たちのと違って、紛(まぎ)れもなくそういう間柄だ。
>熊:済んだ話を蒸し返すんじゃねえっての。

会が和(なご)んできたところで、野崎屋へ行ってきた結果を聞こうということになった。

>与:一目見た途端(とたん)に雇(やと)って貰えることになりました。
>八:良かったじゃねえか、なあ、太助。
>太:はい。どうにか干上がらないで済みそうです。
>与:唯(ただ)・・・
>八:なんでえ。やっぱり、注文付きか? 騒(さわ)ぎが起こったときだけで、他のときは来るなってことじゃねえだろうな?
>与:いえ、何もないときは絵草紙(えぞうし)の売り場の方に立ってて呉れって言ってました。
>八:それじゃあ、何も障(さわ)りはねえじゃねえか。
>与:それが、瓦版(かわらばん)も、絵草紙も、その売れ行きで給金を払うって言うんです。
>熊:出来高払(ばら)いってことか?
>与:そんな風に言うんですか?
>八:そりゃあ、どういうことなんだ?
>熊:物が売れるまでは1文も手に入らねえってことだ。
>八:それじゃあ、食っていけるかどうか分かったもんじゃねえじゃねえか。
>与:やっぱり、あれでしょうか? あたいが下っ引きをしないといけないんでしょうか?
>熊:その話はもう済んでるだろう? 言っちゃあ悪いが、お前ぇにはそんな真似(まね)は無理だ。
>与:そうでしょうか・・・
>八:じゃあよ、こうしようじゃねえか。みんなできるだけ瓦版とか絵草紙を買ってやるようにする。
>熊:瓦版なら精々(せいぜい)波銭1枚(=4文)だから良いけどよ、絵草紙なんか幾らするんだよ。おいらたちには手が届かねえだろう?
>八:そうか。・・・じゃあよ、芝居好きそうな人を手当たり次第に呼んできて買わせるか。
>熊:まあ、そういう優雅な知り合いがいるんだったら心掛けてやるのも良いだろうよ。居るんだったらな。
>八:あ、お前ぇ、おいらの付き合いの広さを知らねえな? おいらに任(まか)せときゃ、ちょちょいのちょいよ。おい太助、これでもう万万歳だ。大舟に乗ったつもりでいろ。
>太:へ、へい。
>熊:大丈夫かねえ?
>八:決まってんだろ。

やがて、鴨太郎が現れた。珍しいことにお夏と連れ立って、である。

>咲:あらお夏ちゃん、いよいよ年貢(ねんぐ)を納めるって訳?
>夏:何が年貢よ。冗談は八兵衛さんの顔だけにしといてよ。
>八:なんでおいらの顔が冗談なんだ?
>夏:あら、変な意味じゃないのよ。気にしないで。
>八:そうか? そんじゃ気にしないことにする。
>熊:ほんと、お前ぇは能天気だな。
>八:能天気で何が悪い。細かい事に拘(こだわ)らねえ大らかな性分ってことじゃねえか。なあお夏ちゃん?
>夏:知らない。・・・それでね、鴨太郎さんがみんなに相談したいことがあるっていうもんだから、あたしも混ぜて貰おうと思って。
>八:そりゃあ良い。お夏ちゃんが混ざればもう決着したようなもんだ。
>熊:まったく浅はかな奴だねぇお前は。お夏坊1人で決着してるんだったら、何もみんなに相談に来るこたぁねえじゃねえか。
>八:そうか? そういうことなら、この八兵衛さんがなんとかしてやろうじゃないの。
>熊:お前ぇには端(はな)
っから期待してねえよ。
>八:何を? 随分見下げて呉れたじゃねか。見てろよ、太助のだって鴨の字のだって、おいらが全部引き受けてやろうじゃないの。おぅ、鴨の字、どういう相談だ。この八兵衛さんにとっとと教えやがれ。

>鴨:なんかあったのか? 随分気負い込んでるじゃねえか。
>熊:ちょいと太助の件で安請け合いしちまったもんだからな。引っ込みが付かなくなっちまってるんだ。
>八:別に引っ込みが付かなくなってる訳じゃねえ。なんとかしてやりゃあ良いんだろ?
>熊:お前ぇには無理だっての。
>八:そんなこと終わってみなけりゃ分からねえじゃねえか。なあ太助?
>太:は、はあ・・・
>八:お咲坊1人なんともできねえ愚図六(ぐずろく)よりもおいらの方がなんぼか役に立つ
>熊:誰が愚図六だと?
>八:お前ぇだよ。この
あんぽんたん。あんぽんたんから能天気だの浅はかだのって言われたくねえな。
>鴨:それ位にしとけよ。殴(なぐ)り合いなんか始めてみろ、2人とも踏(ふ)ん縛(じば)るぞ。黙って俺の頼み事を聞けっての。
>八:おう、言ってみやがれ。
>鴨:実はな、誰か下っ引きをやって呉れそうなのを知らねえかと思ってよ。
>熊・八:下っ引きぃ?
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蛇足
あんぽんたん 語源は諸説ある。
関西の俗語「阿呆太郎」から成立した「あほ(ん)だら」からの転とするのが、有力。ほかに5説↓

@魚の名前説:江戸時代・寛政年間(1789〜1901年)江戸市中に「アンポンタン」と言われる魚が出回った。この魚は今で言うところの「カサゴ」の事なのだが、アンポンタンは身が大きいワリに全然おいしくない。その為に、最初は大きな旨そうな魚だと飛びついた人々も「こんな魚喰えるか!」と見向きもしなくなったと言う。
それ以来、体ばかり大きくて中身の乏しい愚かな人間の事をこの魚になぞらえて「あんぽんたん」と呼ぶようになった。
A薬名説:富山のクスリで名高い「反魂丹・はんごんたん」が元になっているという。確かに囃(はや)し言葉で「越中富山のアンポンタン」という物もあった。(萬金丹・まんきんたんからという説もあり)
B人名説:江戸時代に船で難破し流れ着いた外国人の名前から来ていると言う説もある。
Cフランス語説:フランス語の性交不能(アポンタン)からきていると言う説がある。 <雑学庫[知泉]
D中国語説:漢字で書くと「王八旦」。日本語読みにすると"わんぱたん"である。「王八旦」は、王は亀の甲羅の模様が王という字に似た模様となっており、八つに仕切られた形になっていることから、亀を形容した言葉が「王八」。亀は子供を産みっぱなしにするところから、「王八」は人らしくないといった意味を持つ。次に「旦」は、日本語に直すと「野郎」という意味。要するに「王八」と「旦」を組み合わせて「王八旦」は亀の子野郎という意味になる。日本語として使われだしたのは実は日清戦争の頃である。清に出征した日本兵が、「王八旦」(わんぱたん)を"あんぽんたん"と聞き間違え、その間違った発音で日本国内に広まった。