25.【い】  『石橋(いしばし)を叩(たた)いて渡(わた)る』 (2000/05/08)
『石橋を叩いて渡る』
堅固そうに見える石橋でも、叩いてその堅固さを確かめてから渡るということ。
1.用心の上にも用心することの喩え。
2.過剰に用心することを嘲(あざけ)って言う言葉。 例:「あいつは石橋を叩いたって渡りゃしない」
類:●念には念を入れる●石橋に金の杖●転ばぬ先の杖●火をつける前の手桶
反:●危ない橋を渡る
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>熊:親方のことだから、八みてえに縁結びのお札(ふだ)を買ったりはしねえだろうけど、お御籤(みくじ)でも引いてみて「縁談」かなんかのところを真っ先に見たりするんだぜ、きっと。
>咲:気を利かせたつもりなのよ。
>熊:気を利かせたって、おいらとお咲坊のことでか? あの石頭がか? 考えらんねえな。
>咲:あら、親方は石頭なんかじゃないわよ。周りの人のことは結構気が付く人よ。唯(ただ)、自分のことには晩生(おくて)だっていうだけ。ちょっと慎重過ぎるのね、きっと。
>熊:お前ぇ、今日会ったばっかりだってえのに、良くそんなことが分かるな。
>咲:熊さんは他人のことを注意して見てないから分からないの。
>熊:お前ぇは分かるってのか?
>咲:当たり前じゃない。あやさんだって大家さんだって、もしかすると四郎のおじちゃんだって、そんなこと疾(と)っくの昔に知ってるわよ。
>熊:へええ、凄(すげ)えんだな。
>咲:ちっとも凄くなんかないわよ。それが普通なの。
>熊:そうすると何か? おいらと八は五六蔵並みってことになるのか?
>咲:五六ちゃん? あははっ、そこまで酷(ひど)くはないから安心して。
>熊:そうか、親方が慎重な人ねえ。あの顔からは想像も付かねえけどな。
>咲:自然に人目を集めちゃう人っているでしょう? 多いのよ、そういう人に。
>熊:そんじゃあ、おいらにはまったくお門違いだな。
>咲:そうね。熊さん八つぁんは張りぼての橋だってずんずん渡っちゃいそうだもんね。
>熊:馬鹿にしてんのか?
>咲:誉(ほ)めてるのよ。そういうところが良いんじゃない。

>熊:そうか? ま、そういうことにしとこう。それで、どう思う? 親方とあやさんのこと。
>咲:どうかしら。
>熊:なんだよ、それだけか? 随分冷てえじゃねえか。
>咲:違うのよ。親方はあやさんのことが好き。あやさんも親方のことが好き。それは間違いないのよ。でもね、さっきも言ったように親方ったら超の付く晩生でしょう? 慎重過ぎるってのも悪い方に出ると良くないのよ。頃合いを間違えると、2つの想いは、こうぴったりとくっ付かないで、あっちとこっちへ通り過ぎちゃうのよ。
>熊:そいつぁあ大変だ。そんでその頃合いってのはいつなんだ?
>咲:そんなの本人たちでなきゃ分かる訳ないじゃない。
>熊:そりゃあそうだが、予想ぐらい有んだろうよ。
>咲:そうねえ、まあ、半年くらいは大丈夫よ。
>熊:そうか、まだ大丈夫だな?

>咲:そこでね、あたし閃(ひらめ)いたのよ。まだ誰にも話してないんだけどね、熊さんにこっそりと教えてあげる。
>熊:なんだよ、悪戯(いたずら)っぽい顔してるとこを見ると、良くねえことだな?
>咲:ふふ。あのね、夜中のうちにね、あやさんと家財道具を親方のところに運んじゃうのよ。
>熊:あやさんに猿轡(さるぐつわ)でも噛ませてか?
>咲:馬鹿ね。あやさんにはそんなことするより、端(はな)っから計画に加わって貰った方が良いの。きっと乗ってくるわよ。ああ見えて結構お茶目さんなんだから。
>熊:なあるほどねえ。
>咲:何よ、にやにやして。そんなに突拍子もないこと?
>熊:違うんだよ。実はな、日取りもだいたい決まってるのよぉ。
>咲:なんの?
>熊:押し掛け女房の。
>咲:え? 何で? どうして?
>熊:誰にも言っちゃいけねえよ。・・・言い出しっぺは、当のあやさんなんだよ。
>咲:へえ? いつの間にそんなことになってたの。
>熊:今朝よ。甚兵衛爺さんが帰ぇった後だ。
>咲:こんなこと考え付くのあたしくらいかと思ってたけど、流石(さすが)あやさんね。普通、当の本人はそんなこと思い付かないもんだけどね。凄いわ。益々もって凄い。

>熊:惚れたか?
>咲:ええ、とっても。・・・負けないわよあたしだって。
>熊:負けねえって、お前ぇも押し掛け女房をするのか?
>咲:するかも知れないけど、今はそれどころじゃないわ。追い付いて見せるわよ、あやさん。
>熊:無理無理。
>咲:無理かどうかは、やってみなきゃ分かんないじゃない。
>熊:だってお前ぇ、そんな躍起になってたら下品に見えやしねえか?
>咲:あ。そっか。急がず慌てず、楚々(そそ)と楚々とよね。
>熊:まだまだだな。
>咲:良いもん、時間はまだまだたくさんあるから。さ、お参りお参り。

咲に腕を取られて熊五郎は本堂の方へ向かった。
雑踏に押されたとき偶然肘(ひじ)に触れた咲の胸の膨らみに、昨日までの「小娘」とは違う「女」としてのお咲を感じていた。
当のお咲は、あやに対しては勝負ではなく、素直に見習うという関係に居た方が、より多くのことを学べるのかも知れないなと考え始めていた。
あやが自分の父・杉田六之進の妻、というよりもむしろ、自分の継母(ままはは)になって呉れたら良いのにという想いは、まだまだ捨て切れそうになかった。
つづく)−−−≪HOME