第2章「豪腕源五郎の純情@(仮題)」

15.【あ】  『危(あぶ)ない橋(はし)を渡(わた)る』 
(2000/02/21)
『危ない橋を渡る』
危険な道を選んで進む。危険な手段を用いてことをなす。危険すれすれのことをする。
反:●石橋を叩いて渡る
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これといった凶事(きょうじ)もなく、長屋の年も明けた。
熊五郎と八兵衛は、不慣れな弟弟子(おとうとでし)たちに足を引っ張られながらも、滞(とどこお)らせることなく現場仕事をこなしていた。
ごろつきの3人も今のところ大人しくしているようだった。
源五郎は週に2回ほどの割りで「だるま」に足を運び、遅々(ちち)とではあるが、あやに逆上(のぼ)せ上がり始めているようだった。
あやはあやで、初めから源五郎に惚(ほ)れている訳だが、そんな様子は
ク(おくび)にも出さずに客の対応をしていた。
跡継ぎの父親としての源蔵と、媒酌役の甚兵衛ばかりが気を揉(も)んでいた。
もっとも、当の源五郎は、これが見合い話であるなどとは一向に気付いていなかったのだけれど。

>甚:あやさんや、ご亭主を亡(な)くしてからもう随分経(た)つんじゃないのかい?
>あや:またその話ですか、大家さん? 花見の頃でしたから、まだ半年と少ししか経ってませんよ。
>甚:舅(しゅうと)さんからも頼まれてるんですよ、早く良い人を世話してお呉れって。
>あや:別に義理立てしているとか体面を気にしているって訳じゃないんです。気持ちの問題なんです。けじめみたいなものでしょうか。
>甚:そう言われてしまったら口を挟む訳にはいきませんがね。どうだろうね、1年したら真剣に考えるってことで折り合わないかね?
>あや:そこまで仰(おっしゃ)るのでしたら、その心積もりでいるようにします。
>甚:有り難い。きっと色好い返事を聞かせてくださいよ。
>あや:その時になってみませんと何とも。
>甚:結構結構、それで結構。やっと人心地が付いた思いですよ。
>あや:そんな御大層に。
>甚:いいえ。あたしゃね、この縁談に命を懸けてるんです。
>あや:そこまで言うと冗談に聞こえますよ。
>甚:滅相も無い。気合いですよ気合い。

甚兵衛はほくほく顔で帰って行った。

>八:おはようございます、あやさん。あの色気爺いどうかしたんですかい? 良かった良かったってにやけながら帰って行きやしたけど。
>あや:どうってことでもないんですよ。
>八:いやね、もしかしたら、親方んとこのお内儀(かみ)さんになる話やっと受ける気になったかななんて、ちょっと期待しちまったもんでね。
>あや:あら、嫌ですよ、朝っぱらからそんな話をして。赤面しちゃうじゃありませんか。
>八:おいらも熊も、そうなりゃ良いなって、いっつも話してるんですよ。
>あや:そりゃわたしだってそうなれば良いなとは思ってますけどね。こればかりはね、相手のあることですから。
>八:あの鬼瓦のことですかい? 大丈夫ですって、もうぞっこんなんだから。太鼓判捺(お)しちゃいますよ。命を賭けたって良い。
>あや:ありがとうございます。ですけどね、八兵衛さん、軽はずみに命を賭けるなんて言うもんじゃありませんよ。本当に命を賭けて失(な)くしちゃった人だっているんですから。
>八:誰かお知り合いの方でも?
>あや:ええ、まあ。
>八:よっぽど付いてない人だったんでしょうかねえ。
>あや:そう。運の良い人ではなかったわね。
>八:一体(いったい)何をやらかしたんですか?
>あや:筋の通しどころを誤ったんです。
>八:賂(まいな)いみたいなものですかい?
>あや:とんでもないです。そんな剃刀(かみそり)の刃を渡るようなことのできる人ではありませんでした。・・・ですけど、あの人にとっては、無謀なことだったんです。蜂の武蔵(むさし)が太陽に挑むようなものです。(※
>八:ご親戚かなんかの方ですかい?
>あや:亡くなった亭主ですよ。

>八:ええっ? ご亭主がいらしたんですか? しかもお亡くなりに? こいつぁあ魂消(たまげ)た
>あや:やっぱり株が下がってしまいしたか?
>八:いいやとんでもねえ。そんなちんけなことは気にしませんや。だけど、なんて言うんでしょうかねえ、知りたがりの虫とでも言うんでしょうか、このへんがむずむずしやがるんで。いけませんねえ下品な人間は。
>あや:別に隠してる訳じゃありませんからお話ししますよ。
>八:へ、ほんとですかい? ・・・あいや、待ってください。そんな面白そうな、いや、興味深い話をおいら独りで聞いちゃあ罰(ばち)が当たる。熊のやつも呼んできますから、待っててくださいまし。良いですね、待っててお呉んなさいよ。

八兵衛は朝の洗顔もそこそこに、慌てて熊五郎の部屋に飛び込んでいった。
あやは、待ち構えて聞く2人に向かって講釈するみたいで嫌ではあったけれど、事実が曲がって伝わるよりは増しかと腹を決めて炊事場脇(わき)に腰を下ろした。
おかみさん連中は疾(と)うに朝餉(あさげ)作りを済ませていて、井戸端には誰もなかったが、残り火はまだ十分に手足を温(あたた)めて呉れた。

年明けになったというのにまだ一度の降雪もなく、巽の刻(=9時ころ)頃になるとうららかな春の日を思わせるような気温になっている。そんな穏やかな日が続いていた。
あやは、このままこうして平穏無事な生活を送っていけたら良いのになと、米粒を啄(つい)ばむ雀を見ながら考えていた。
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※お詫び:  時代考証を、故意ではありますが、誤っています。
「ハチのムサシは死んだのさ」(平田隆夫とセルスターズ)が発売されたのは1972年(昭和47年)でした。