14.【あ】  『痘痕(あばた)も靨(えくぼ)』 (2000/02/14)
『痘痕もえくぼ』
1.好きになると相手の痘痕でも靨(えくぼ)のように見えるものだ。惚(ほ)れていると、相手の欠点も長所のように見えるものである。
類:●縁の目には霧が降る●Love is blind.(恋は盲目)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
反:●坊主憎けりゃ袈裟まで憎い
2.
贔屓目(ひいきめ)で見れば、醜(みにく)いものも美しく見えるものである。
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五六蔵と三吉・四郎は、慇懃(いんぎん)に暇(いとま)を言い、東の方へ帰っていった。
源五郎は、少し後ろ髪を引かれるような素振(そぶ)りを見せたが、「また明日な」と、八兵衛たちにともあやにとも受け取れる言いようで別れを告げ、西の方へ去っていった。
八兵衛と熊五郎は、あやを守るように両脇に位置取り、長屋のある南を目指して歩き始めた。

>八:それにしても、あの「だるま」にこんなに客が入ったのなんか初めてだな。
>熊:今日は随分働きなすったようで、お疲れになったでしょう。
>あや:心地好い疲れって言うんでしょうか、そんな感じです。
>八:しかしなんだな、源五郎親方がそんな凄(すげ)え人だとは知らなかったな。
>熊:まったくだ。布屋の久七さんてぇ人の話が大袈裟だとしても凄(すげ)えな。

>あや:大袈裟じゃないんですよ、久七さんって方の話。
>熊:へ?  と言いますと?
>あや:衣笠屋に居たんですよ、実は。
>八:なんですってぇ?
>あや:盗賊たちに捕らえられてたんです。奉公(ほうこう)を始めてそんなに経(た)っていない頃でした。
>八:こいつぁ魂消(たまげ)た。
>熊:偶然てのは恐ろしいもんだ。
>あや:わたしも驚いてるんですよ。すっかり忘れてました。
>八:ほんとにそんな凄かったんですかい?
>あや:人間がそんなに軽々と投げられてしまうものだとは思いませんでした。
>八:やっぱり、鬼瓦(おにがわら)みたいな顔してたんですかい?
>あや:真っ赤な鬼瓦でしたよ。怖いくらいでした。ですけどね、盗賊たちを縛(しば)り上げた後、一番手近に居たわたしの手枷(てかせ)を解(と)きながら、「大丈夫だったかい」って聞いて呉れたときの顔はとっても温(あたた)かかった。恵比寿様みたいだって思ったほどです。
>八:あの親方の顔が恵比寿様?  こいつぁあ参ったな。
>熊:そりゃ幾らなんでも誉(ほ)め過ぎでしょう。
>あや:お恥ずかしい話なんですが、娘時代の、初めての恋、だったんでしょうね。
>八:親方に恋?
>あや:嫌ですよ、八兵衛さん。親方には黙っていてくださいましね。
>熊:おい、八。いよいよやばくなってきちまったぞ。
>八:親方の方も、どうやら、満更(まんざら)でもなさそうだしな。
>熊:でもなあ、親方は超の字が付くほどの堅物だからな。そうとんとんとは、事は運ばないような気もするがな。

長屋に帰り着いたが、灯(あか)りの灯(とも)っている部屋はひとつも無い。
ついさっき帰った筈の半次も松吉も、あっという間に寝てしまったらしい。

>熊:八よ、お前の母ちゃんもつれないねえ。灯りも点けといちゃ呉れねえのかい。
>八:小言を言われるくらいなら、大鼾(おおいびき)を聞かされてた方がまだ増しってもんだ。お前ぇは良いよな独りっきりでよ。
>熊:善し悪(あ)しだろうよ。
>あや:それじゃあ皆さん、おやすみなさいませ。良かったら、明日もおいでくださいね。
>熊:お嫌でなければ明日も護衛を引き受けやすよ。
>八:おいらも。
>あや:期待しないでお待ちしてます。それでは。

あやが障子を閉め、心張(しんば)り棒を掛けるのを見届けてから、熊五郎と八兵衛は、顔を寄せ合った。
あやに聞こえないように、声を落とした。

>熊:・・・しかしなんだな、このまま放っておくと親方とあやさんほんとにくっついちまうんじゃねえか?
>八:なんてったって「初恋の人」だからな。
>熊:信じられるか?  何も好き好んで鬼瓦に惚(ほ)れることもねえじゃねえか?
>八:お医者様でも草津の湯でもときたもんだ。
>熊:お前もちっとは乙(おつ)なことを言うんだな。
>八:あたぼうよ。・・・なあ熊よ。考えてみたらよ、おいらたち結局なーんにもしなかったんじゃねえか?
>熊:そうだな。
>八:その割りに疲れたな。気疲れかな。
>熊:お前ねえ、おいらの半分も気なんか使ってねえじゃねえか。
>八:そうだったか?
>熊:おうよ。暢気(のんき)で良いよなお前ぇは。
>八:そう持ち上げるなよ、くすぐってえな。
>熊:誉(ほ)めてんじゃねえっての。・・・そんじゃ、明日な。
(第1章の完・つづく)−−−≪HOME