257.【せ】 『船頭(せんどう)多(おお)くして船(ふね)山(やま)に登(のぼ)る』 (2004.11.09)
『船頭多くして船山に登る』[=多ければ〜]
指図(さしず)する人が多過ぎると、却(かえ)って統制が取れず、とんでもない方向にものごとが進んでいくものだということ。
類:●舎を道傍に作れば三年にして成らず●Too many cooks spoil the broth.(コックが大勢過ぎるとスープを台無しにする)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
反:■三人寄れば文殊の知恵

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八兵衛とお花は、何を話せば良いのか分からずに、黙(だま)ったまま夜道を歩いていた。
こんな刻限ともなると、擦(す)れ違う者も殆(ほとん)どなく、酔っ払いの笑い声が遠くから聞こえてくるくらいのものである。
先に口を開いたのは、やはりお花だった。

>花:あたし、お父つぁんとおっ母さんに話してみようかと思うの。
>八:太助が言ってやがったことか?
>花:だって、考えてみたら、どうせ住むことになるんだし。毎晩毎晩八兵衛さんに送って貰うのだって、嫌だわ。
>八:お、おいらは迷惑じゃねえんだぜ。
>花:だって、送って呉れて、蜻蛉返(とんぼがえ)りでしょう? 今夜は早く帰れたからまだ良いけど、いつもこういう風には行かないでしょう?
>八:まあ、そりゃあな。でもなあ・・・
>花:隣近所(となりきんじょ)の目ってこと?
>八:うーん、まあ、それもあるが、おいらの主義っていうか、信念っていうか・・・
>花:それは分かるわ。あたしだって、こういうことはけじめを付けるべきだって思う。・・・でも、つまんないけじめのために無駄なことをするのだって、馬鹿らしいじゃない?
>八:そうか? けじめはけじめだろ?
>花:あたしが「だるま」まで行き来する道程(みちのり)が無駄でしょう? 八兵衛さんがあたしを送って往復するのが無駄でしょう? 暖簾(のれん)が出た時分から、客がいなくなるまでずーっと飲み続けるのが無駄でしょう? そんだけ飲んでて気持ち良く酔えないってのが無駄でしょう? 数(かぞ)え上げたら切りがないわ。
>八:ううむ。成る程な。・・・するってえと何かい? 無駄ばっかりで、良いとこなんかひとっつもねえってことか?
>花:良いところもない訳じゃないけど・・・
>八:そりゃあ、どういうとこがだい?

>花:八兵衛さんと2人だけでいられるってこと。これって、大事なところよ。
>八:よ、止せやい。そんなもんこれから嫌んなるっくらい・・・
>花:そういうのとは違うの。・・・違うのよ。
>八:そ、そうか。そういうことなら、もう暫(しばら)くこのまんまにしとくか?
>花:あと2日か3日。それだけ待っても一黒屋(いちこくや)さんの方の用意が整わなかったら、あたし、長屋に越していくことにします。
>八:そうか。お花ちゃんがそう決めたんなら、おいら、それで良いよ。
>花:それで良いの? 「けじめ」のことは?
>八:「けじめ」より「気持ちの整理」かもな、おいらの場合。3日も待って、そうと決まっちまえば、けじめの方から「お邪魔様でやした」なんて帰ってくってもんよ。なんてったって、「百害あって利が一つ」なんだからよ。
>花:そういう風には言わないと思うわよ。「一利なし」でしょう?
>八:まあ、そんなのどうだって良いじゃねえか。熊みてえに、小さいことに拘(こだわ)るなって。
>花:どっちかっていうと、拘ってるのが八兵衛さんで、あたしは拘らないお気楽(きらく)娘ってとこなんだけどな。

お花から、寄っていってお茶でも飲めばと誘われたが、酒に酔ったところを両親にあまり見られたくないからと断わった。
両親にはちゃんと話しておくからと言って、お花は戸を閉めた。
八兵衛の方も、親方にだけは話しておかなければならないなと、考えていた。
帰り道では、「これって、大事なところよ」というお花の言葉が、幾度となく蘇(よみが)ってきていた。

翌朝、八兵衛は熊五郎に「先行ってるからな」と声を掛けて、四半時(しはんとき)ほど早く出発した。
「なんだよ、随分と清々(すがすが)しそうに出掛けやがったな」と、熊五郎は、羨(うらや)ましげに後ろ姿を見送った。

>八:親方あ、おはよう御座います。
>源:なんだ? まだ早(はえ)えじゃねえか。真逆(まさか)朝飯を抜いてきたなんてことはねえだろうな?
>八:何を言ってるんですか、おいらがそんなことする訳ないじゃありませんか。
>源:そうだな。そんで? 何か言いてえことがあって来たんだろ?
>八:へい。あの、2・3日したら、お花ちゃん、いや「お花」を長屋に住まわせることにしました。
>源:なんだと? 一黒屋のご隠居からは、まだ祝言の日が決まらねえってことなんだぜ?
>八:そんでも良いんです。長屋の連中(れんじゅう)みんなで勧(すす)めて呉れたんです。お花もそれで良いって言って呉れました。
>源:そうか。納得(なっとく)尽くってことだな。そんなら良い。・・・だから、嫁入り前の娘を縄暖簾(なわのれん)なんかで使うなって言ったんだ。
>八:姐(あね)さんから頼まれたって言ってましたよ。
>源:ああ。お咲ちゃんから泣き付かれたんだとさ。まったく、あの娘(こ)にだけは甘いな。
>八:そういう裏があったんですか? そりゃあ知らなかったな。
>源:でもまあ、結果的には、そのお陰でもあるんだからな。上手(うま)くやれよ、この果報者(かほうもの)。
>八:えへへへ。

そうこうしているところへ、ぱらぱらと同僚たちが集まり始めた。
友助の話では、一黒屋の進み具合いは捗捗(はかばか)しくないらしい。

>友:なんでも、どこぞのお店(たな)の旦那さんを呼ぶと、こっちにも声を掛けなくちゃいけなくなるという具合いでして。
>源:商人(あきんど)には商人の事情があるってのは分かるんだがなあ。
>友:まったくです。数次(かずじ)の奴もそう言ってるんですが、これがどうも、妙な方向へ転がってしまっているようで。
>源:どういうことだ?
>友:お声が掛かったお店の旦那衆が、って言っても皆さん隠居の身らしいんですが、昼間から一黒屋の隠居所に集まって、「今日は誰を呼びましょうかね」なんてことになっちまってるそうなんです。
>源:そいつは、祝言の段取りとは外れちまってるんじゃねえのか?
>友:ちょっとどころか、数次のことなんかどうでも良いって雰囲気(ふんいき)でして。
>源:参ったね、こりゃ。・・・おい、熊。お前ぇ、五六蔵と一緒に行って、ご隠居様に意見してきちゃ呉れねえか?
>熊:おいらがですか?
>五六:あっしも?
>源:こんな状態じゃ、お前ぇらの八兵衛が、犬のお預(あず)けを食ったまんま、干(ひ)からびちまう。
>八:おいらはいつまで待ったって良いんですよ、親方。どうせ2・3日したら・・・ひっひっひ。
>熊:なんだよ、気持ち悪(わり)いな。妙な笑い方なんぞするなってんだ。
>源:なあ熊。このまま置いとくと、八の野郎、益々酷(ひど)くなっちまうぞ。
>熊:わ、わっかりました、親方。・・・やい五六蔵、一緒に行くぞ。
>五六:へ、へい。

熊五郎たちが呉服店の方の中を覗いてみたが、そこには数次も隠居もいなかった。
青物店の方の与太郎に聞くと、「隠居所ですよ。今日は6人も集まってます」と言った。
「まだ朝っぱらも良いとこだぜ」と、五六蔵も舌打ちしたほどである。

>熊:ご隠居様、こちらにおいでと聞いて参りやしたが・・・
>与志:ええと、どなたですかな? ・・・おお、これはこれは、熊さんと五六蔵さんじゃないですか。さ、どうぞどうぞ。こちらへお上がりになってください。ちょっとばかし、賑(にぎ)やかではありますがな。
>熊:ご隠居様、祝言の算段は、着々と進んでらっしゃるですよねえ?
>与志:も、勿論ですとも。ここにこうして、6人もの名士の方々がいらしているではありませんか。
>熊:そいつが怪(あや)しいって言ってるんですよ。なあ、五六蔵?
>五六:へい。女3人寄ればなんとやらって言いやすからね。ご隠居を入れて7人となりゃ、話がどういう風になるか大方(おおかた)想像は付きやす。
>与志:こいつは一本取られましたかな。ねえ、皆の衆?

>隠居1:私どもは、次に誰を呼ぶべきかということを話している次第でしてな・・・
>熊:6人も揃(そろ)や、十分なんじゃありませんかい?
>隠居2:いやいや、やはり祝い事ですから末広がりの8人が望ましいのではありますまいか?
>五六:そんならそれでも良いんでやすが、あと2人くらいさっさと選べねえもんですか?
>隠居3:それがですね、あっちを呼べばこっちが呼べず、こっちを立てればあっちが引っ込むっていう有り様でしてな。
>熊:そんなのはご隠居様方の事情でしょう? こっちには待たされてる与太郎と八兵衛って奴らがいるんですぜ。
>隠居4:いやいや、これは「一黒屋」さんというお店の屋号に関わる話ですからな。蔑(ないがし)ろにはできませんぞ。
>五六:あと2人でやしょう? ぱっぱっと決めてくださいまし。
>隠居5:大方の候補は決まっているのですよ。後は、ここへお呼びして・・・
>熊:そんでもって、一緒んなって飲みましょうってことですかい? で、そいつは?
>隠居6:ああ、見付かってしまいましたか。越後の銘酒で「鶴の友」と言います。これが、中々どうして・・・
>五六:なんだか、何が目的なんだかってことを履き違えてやしませんかい?
>与志:そうでしたな。なんだか楽しくなっちゃいまして、羽目を外してしまいましたな。済まなかったね。
>熊:分かってくだされば良いんです。数次さんも、そういうことで良いですね?
>数:ええ。助かりました。先様(さきさま)はそうでもないんですが、隣のお亀さんから矢のような催促(さいそく)が来ていまして。往生(おうじょう)していたところです。
>熊:へえ。そんだけ惚れられりゃ、与太郎も冥利(みょうり)に尽きるってもんですね。ある意味、羨(うらや)ましいですね。
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