ことわざの意味
「明日も桜が咲いているだろう」と安心していたら、夜中に嵐が来て散ってしまうかもしれない。人生もそれと同じで、今日できることを「まだ時間がある」と先延ばしにしていると、思わぬ出来事で機会を失ってしまうという教え。物事には常に「今この瞬間」が大切であり、「あとでやれる」と油断することを戒めることわざ。命やチャンスはいつ失われるかわからないため、今すぐ行動することの大切さを説いている。
用例
「試験勉強を『明日からやればいい』と思っていたら、気づけば前日になってしまった。明日ありと思う心の仇桜とはよく言ったもので、先延ばしは禁物だ。」
「長年会いたいと思っていた恩師が急逝してしまった。明日ありと思う心の仇桜、もっと早く連絡すればよかったと後悔している。」
「体調が悪いのに『明日病院に行こう』と後回しにしていたら重症になってしまった。明日ありと思う心の仇桜という言葉の重みを身をもって感じた。」
ことわざの由来
このことわざは、鎌倉時代の浄土真宗の開祖・親鸞聖人(1173〜1263)の幼少期にまつわる逸話に基づくとされる。9歳で比叡山に登り出家を決意した親鸞が、師匠の慈円(慈鎮和尚)に「今日得度させてほしい」と申し出たところ、「日も暮れかけているし、明日にしなさい」と言われた。その時に親鸞が詠んだとされる和歌が「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」である。「今夜にも嵐が来て散ってしまうかもしれない桜のように、命もはかない。今すぐ得度させてください」という意味であり、師匠はその言葉に深く感動し、夜中にもかかわらず得度の儀式を執り行ったと伝えられる。この逸話がことわざとして広まり、現在でも先延ばしを戒める言葉として広く用いられている。
類義語
- 諸行無常(しょぎょうむじょう):この世のあらゆるものは常に変化し、永遠に変わらないものはないという仏教の概念。
- 思い立ったが吉日(おもいたったがきちじつ):何かをしようと思い立ったら、すぐに行動に移すのが良いという教え。