ことわざの意味
他人の家に世話になっている居候は、食事のお替わりをするとき三杯目には特に気を遣い、遠慮がちになるということ。転じて、人の世話になっている者は何事においても肩身が狭く、遠慮しなければならないということ。
用例
「親戚の家に居候している彼は、居候の三杯目で、食事でも入浴でも何かと遠慮がちだった。」
「居候の三杯目というように、人の厄介になっているうちは、自分の好き勝手にはできないものだ。」
「就職が決まるまで友人の家に泊めてもらっているが、居候の三杯目で、冷蔵庫のものを勝手に食べるなんてとてもできない。」
ことわざの由来
江戸時代の川柳「居候三杯目にはそっと出し」に由来する。居候(いそうろう)とは、他人の家に無償で泊まり込んで世話になっている人のこと。一杯目・二杯目は勧められてお替わりできるが、三杯目ともなると自分からは言い出しにくく、こっそり小さな声で申し出るしかない、という遠慮深い様子を詠んだもの。人の世話になる者の肩身の狭さを表している。
類義語
- 居候三杯目にはそっと出し
- 他人の飯を食う
英語の類似のことわざ
- A guest is a burden after three days.