下駄も阿弥陀も同じ木の切れげたもあみだもおなじきのきれ

ことわざの意味
下駄も阿弥陀仏の像も、もとは同じ木材から作られているということ。どんなに尊いものでも、また卑近なものでも、その材料や起源は同じであるという意味。身分や格式の違いがあっても、本質は同じだということ。

用例

「王族も庶民も同じ人間として生まれてくる。下駄も阿弥陀も同じ木の切れというように、出発点はみな同じなのだ。」

「高価なブランド品も安物も、材料を見れば大差はない。下駄も阿弥陀も同じ木の切れとはこのことだ。」

「どんな偉大な芸術家も最初は初心者だった。下駄も阿弥陀も同じ木の切れで、誰もが同じスタート地点に立っている。」

ことわざの由来

仏教文化が根付いた日本において、阿弥陀仏の像は崇拝の対象として最も神聖視されるものの一つである。一方、下駄は日常的に地面を踏む実用的な履物であり、精神的には対極的な存在といえる。しかし両者とも木材から作られており、素材という観点からは同一である。この対比を用いて、外見や用途、社会的地位は違っていても根本的な部分(素材・本質)は変わらないことを説いた言葉。

類義語

  • 裸の王様
  • 人の上に人を造らず

英語の類似のことわざ

  • All men are equal before fish.
  • We are all made of the same clay.