第9章「のんびり太助の人任せ(仮題)」

80.【お】 『傍目八目(おかめはちもく)』
 
(2001/06/04)
『傍目八目』
囲碁で、第三者が局外から見ると、打っている人より八目も先を見越すという意味。局外から観察する者の方が、当事者よりものごとの真相や利害得失をはっきり見分けられるということ。
類:●他人の正目(まさめ)●Lookers-on see most of the game.傍観者にはゲームが一番よく見える<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
出典:梅園叢書(ばいえんそうしょ) 随筆。3巻。三浦梅園。寛延3年(1750)成立。安政2年(1855)刊。儒学者の立場から古今の話題を取り上げ、著者の論説・感想を加えたもの。49の短章からなる。
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八兵衛にどうしてもと頼まれて、あやは生駒屋の分家に顔を出した。
お咲に怖い思いをさせたお詫(わ)びの品を買うためである。
あや自身、元の亭主・喜六が心血を注いで作り上げた白粉(おしろい)がどういう評価を受けているのか、少し、興味もあってのことである。
どうせ選ぶのなら本人が選んだ方が良いだろうということで、お咲と、序(つい)でにお夏を、同行させていた。

>夏:ねえ、あやさん。こんなこと聞いて良いのかどうか分からないけど、亡くなったご亭主ってどんな人だったの?
>あや:そうねえ、端折(はしょ)って言っちゃえば、真面目(まじめ)な人、かな?
>夏:そんだけ? 格好良かった? 優(やさ)しかった?
>あや:やっぱり、女の子ってそういうところに一番惹(ひ)かれちゃうのね。見て呉れは良かったけど、着るものにはずぼらだった。優しかったけど、一緒に居て呉れなかった。
>咲:親方とは全然違うわね。
>あや:そうね。
>夏:親方は、格好は今ひとつだけど、いつも一緒だもんね。
>咲:何言ってるの。物凄(ものすご)く格好良かったんだから。あんたもあそこに居たら一発で惚れちゃうわよ。
>夏:そうね。見たかったわ。八兵衛さんの話は半分としても、思い浮かべるだけで、鳥肌が立つわ。・・・あーあ、親方みたいな人、その辺に落ちてないかしらね。
>咲:馬鹿ね。そういう人はね、もう疾(と)っくに、誰かのものになってるの。
>あや:そうでもないかもよ。今頃どこかで、鉋(かんな)を掛けてるかもしれないし、十手(じって)を持って見回ってるかも知れない。
>夏:あやさんったら、変なこと言わないでよ。鴨太郎さんなんて、親方の足下にも及ばないわよ。
>あや:そうかしら? いつも傍(そば)に居て見てると、肝心なところを見過ごしちゃったりするものよ。

生駒屋は若い娘たちで賑(にぎ)わっていた。

>あや:凄いお客さんね。
>咲:あたしたちがごろつきどもを追っ払ってあげたからよ。
>夏:追っ払ったのは親方でしょ?
>咲:あたしがって言った訳じゃないわよ。あたしたちがって言ったの。間違いじゃないでしょ?
>あや:そうね。お咲ちゃんがいなかったら、英二って人も堺屋の若旦那も改心してないわね。さ、ご褒美(ほうび)は自分で選んで頂戴(ちょうだい)。
>夏:あたしも良いの?
>あや:知ってるわよ。この騒ぎの言い出しっぺはお夏ちゃんなんでしょ? それに、厠(かわや)の話。今回の決着の一番手柄はあれよね。ちょっと笑っちゃったけど。

三人が店に並ぶ商品を一通り見ているところへ、店主が近寄ってきた。

>店主:あの。もし。手代さんのお内儀(かみ)さんじゃぁございませんか?
>あや:あら、ええと、富郎(とみろう)さんでしたっけ?
>富:はい。手代さんには可愛がって貰って、お陰で、小さいながら店(たな)を任(まか)されるまでになりました。
>あや:そう。あなたならお店も安心ですね。
>富:そう言って頂けると、一安心できます。・・・あんなことがなかったら、ここを取り仕切ってるのが手代さんだったと思うと、申し訳ないようで・・・
>あや:あら、そんなこと考えちゃ駄目ですよ。そんな昔のことばかり考えてると、お客を余所(よそ)に取られちゃいますよ。
>富:その点は大丈夫ですよ。手代さんが作った白粉は余所じゃ作れませんからね。
>あや:それは違いますよ、富郎さん。喜六は5年掛かりで作り上げましたが、今度は見本があるんですから、余所は3年も掛からずに同じものを作るでしょう。来年辺りは、次々に似たようなものが出てきます。
>富:そうでしょうか?

>咲:あたしもあやさんの考えに賛成。あたしなら、急がせて、2年で出すようにするわ。それからね、こんなに良い白粉ですよって報(しら)せるのに、引き札かなんかを配(くば)らせるわ。
>夏:あたしだったら、同じものをもっと安く売るわね。材料(たね)の買い付けを巧く持ってきちゃえば良いんでしょ? その根回しだけすれば良いんだもの。
>富:この方たちは、お知り合いで?
>あや:ええ。中々頭の回りが速いでしょ? 味方に付けといて損はないかも知れないですよ。
>富:そうですね。それじゃあ、こういうことにしましょう。お二人にはうちの品物をお使い願って、それをどういう風にしたら、余所に負けないようなものにできるか、知恵を出して貰う。如何(いかが)です?
>咲:それって、只(ただ)で使わせて呉れるってこと?

>夏:ほんと? やったあ。
>咲:でもね、あれよ。あんた、そんなに安請け合いして良いの?
>あや:大丈夫よ。あなたたちなら富郎さんを助けてあげられる。
>夏:ようし、あたしが生駒屋さんの招き猫になってあげる。
>咲:あんた、他にもやらなきゃならないことがあるんでしょ? 大丈夫なの?
>夏:何言ってるのよ。化粧(けわい)の品の調合なんて、薬術と一緒よ。たねの配分で決まるの。
>あや:あなたが調合することはないのよ。生駒屋さんにはそれに掛かり切りの方がいるんだから。それよりも、使う側として気が付いたことを教えてあげれば良いの。お店の人では見落としちゃうようなところをね。・・・それで良いでしょ、富郎さん?
>富:はい。願ってもないことです。

富郎は、頃合いを見て代わりのものを届けたいがどこへ持っていけば良いのかと、暗に、あやの居所を尋ねた。
そして、翌日、源五郎の元に、化粧品共々、出産前祝いとして、麻の産着と木綿の布が届けられた。
届けられた品を見た八兵衛は、自分が言い出したことであるのにも関わらず、目を丸くした。

>八:姐(あね)さんのご利益(りやく)って、てえしたもんでやすねぇ。それにしても、生駒屋って、相当繁盛(はんじょう)してるんだなぁ。
>あや:これはね、お咲ちゃんとお夏ちゃんのご指南(しなん)に対する真っ当な見返りなの。
>八:お咲坊たちがなんか為になるようなこと言ったんですかい?
>あや:ええ、
とっても。分家の主(あるじ)は、今頃、大旦那からお褒(ほ)めの言葉を貰ってるわよ。
>八:きっと、お夏ちゃんだな。お咲坊に気の利いたことなんか言える道理がねえもんな。
>あや:どうかしら。もしかすると、来月辺り、この倍くらいのものが届くかも知れないわよ。
>八:真逆(まさか)。
>熊:するってえと、なんですか、姐さん? お咲坊たちは、まだ子供だってのに、化粧(けそう)なんかするんですかい?
>あや:気になる
>熊:べたべた塗りたくった面(つら)なんか、見場(みば)の良いもんじゃねえですからね。
>あや:あら、今どきの流行(はやり)は、薄目の化粧ですよ。熊五郎さん、お咲ちゃんを見たら惚(ほ)れ直しちゃうかも知れませんよ。
>熊:姐さん。姐さんまで八みてえなこと言わねえでお呉んなさいよ。
>あや:偶(たま)に違った目で見てあげるのも良いものよ。お咲ちゃんにはね、内側から滲(にじ)み出てくる清廉(せいれん)さみたいなものがあるの。お武家の血かしらね。ね、綺麗だと思ったら素直にそう言っておあげなさいね。

>八:・・・そうか、今晩辺り、化粧したお夏ちゃんが見られるのかな? 楽しみだな。
>熊:まったく、お前ぇってやつは・・・
>八:なんだ? お前ぇ、お咲坊が綺麗になっちまうと、人に取られちまいそうで嫌なんだろ?
>熊:そんなんじゃねえや。
>八:いつぞや四郎が言ってたみてえによ、「牛込小町」とかって呼ばれてたらどうする?
>熊:そんなことあるかよ。
>八:なんだったらよ、おいらが、東州斎(とうしゅうさい)って奴に絵草紙を描かせて、太助の店で売るように頼んでやるが、どうする?
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参考@:引き札(ひきふだ) 商品の宣伝や開店の披露などの主旨を書いて諸方へ配る広告の札。ちらし。また、それを配る人。
参考A:
引き札(ひきふだ) 1683年、呉服商越後屋(=現在の三越)八郎右衛門が「呉服物現金安売り、掛値なし」として市中に配ったものが、日本の引札(散らし)の第1号だと云われている。以後呉服屋間の引札合戦はエスカレートし、当時の川柳に「家のあるだけに呉服屋配って来」、「江戸中の家数を知る呉服屋」などとある。また、この時代既に江戸市中45万人(10万戸?)の戸別配達が行なわれ、当時のマスコミであったと考えられる。
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