21.【あ】  『鞍上(あんじょう)人なく鞍下(あんか)馬なし』 (2000/04/03)
『鞍上人なく鞍下馬なし』
鞍上の人と鞍下の馬とが一体となったように見えるということ。馬を巧みに乗りこなす様子を表した言葉。
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程なくして、左官の二助が、呼びに行った方の三吉を案内して現われた。

>二助:おう、みんな盛り上がってるね。源五郎親方、新年明けましてお目出度う御座いやす。
>源:今年も宜しく頼むぜ。・・・ときに、新年早々から毘沙門(びしゃもん)さんで一騒動起こしたらしいじゃねえか。
>二:耳が早えですね。ですがね、なんてこともなく収まりやしたんで。
>源:そう思うかい?
>二:と、申しやすと?
>源:淡路屋太郎兵衛とやらに「左官の二助で御座い」って名乗っちまったらしいじゃねえか。
>二:何か問題でもありやしたか?
>源:問題にならないうちに教えといた方が良いと思って来て貰ったんだ。ま、座って駆け付け三杯といこうじゃねえか。
>二:へい。ご馳(ち)になりやす。

太郎兵衛のことを聞いても、二助は、却(かえ)って鼻息を荒くするばかりで、源五郎の話を忠告として受け取らなかった。
自分の武勇伝を並べるばかりで、少しも真剣みがない。
取り敢えず、何かあったら報(しら)せるように、ということだけは約束させた。

>二:おいら、はしっこいことに懸けちゃあ誰にも負けねえ。いざとなったら三十六計、掴(つか)まりゃしねえさ。
>八:喧嘩っ早くて逃げ足も速いってか。
>熊:幾(いく)らすばしこいったって、相手が馬に乗ってたら追い付かれちまうだろう。お前ぇさん、馬になんか乗れやしねえだろ?
>二:あれ? 話したことなかったっけ? 一昨年(おととし)一橋(ひとつばし)の殿様のところにお子が産まれたとき、穴八幡(あなはちまん)で流鏑馬(やぶさめ)があっただろう? あのときいっとう上手(うま)く的を射た奴、一郎太っていうんだが、あいつとは幼馴染みでね。遊び半分に仕込んで貰ったことがあるんだよ。弓の方はからっきしだったけど、乗り方は上手いって誉められてよ、試しに走り比べをやろうってんでやってみたら、3回やって3回ともおいらの勝ちだった。
>八:そいつぁあ相手が手を加減したんだろうよ。
>二:なにをぉ。べらぼうめ。一郎太は真面目(まじめ)一本で、そんなことのできる奴じゃねえ。手綱(たづな)捌(さば)きが完璧だとかで、左官なんか辞めて馬に乗る仕事しちゃあどうかって言われたくれえだ。
>熊:へえ、人は見掛けに依らねえな。
>二:太郎兵衛だろうが太郎冠者(かじゃ)だろうが、おいらちっとも怖くねえや。
>八:だけどお前ぇ、馬なんか持ってねえじゃねえか。
>二:それを言われると返す言葉もねえ。

刻限(こくげん)は、丁度昼時になっていた。
五六蔵たちは一時(いっとき)半も飲み通していることになる。
血の気の多い二助が若いもんと悶着(もんちゃく)を起こしてはいまいかと、棟梁の源蔵が様子を見に来た。
倅(せがれ)が連れてきた女性2人のことも、当然、気になってのことだ。

>棟梁:お前ぇたち、酒ばっかり飲んでねえで、雑煮(ぞうに)でも食っちゃあどうなんだ?
>源:そうだな。五六蔵もそろそろ限界みてえだしな。
>五六:何を仰(おっしゃ)るんで。あっしゃまだまだいけやすよ。
>八:酔っ払いほどそう言うんだよな。
>熊:違(ちげ)えねえ。見ろよ、四郎のやつは、大人しいと思ったら、寝ちまってやがる。
>五六:意気地のねえ野郎だな。
>源:寝かしといてやんな。幸せそうな顔してやがるじゃねえか。
>棟:・・・なあ源五郎、そちらの綺麗なお二人さんはどちらさんなんだ?
>咲:あたし、お咲って言います。熊さんたちと同じ長屋に住んでるんです。
>あや:あやと申します。甚兵衛さんのご厚意で、昨年の秋に長屋に越して参りました。
>棟:そうかい、あんたがあやさんかい。甚兵衛親方から名前は伺っておりやすよ。
>あや:新年早々押し掛けまして申し訳ありません
>棟:良いってことよ。こういうことは人数の多い方が楽しいってもんだ。
>あや:お勝手の方、お手伝いしましょう。
>棟:あっちはうちの奥がやってるから、気にしねえで楽しんでてお呉(く)んなさい。
>あや:ご挨拶(あいさつ)もしておきたいですし。
>咲:あたしもお手伝いする。
>あや:良いのよ。お咲ちゃんは熊さんと行く末のことでも相談してらっしゃい。
>咲:あやさんまで揶揄(からか)う・・・

>八:お咲坊、大人の女ってのはなあ、なにかってえと内緒話をしたがるもんなのよ。
>咲:あたしも内緒話したい。
>八:お咲坊には内緒ごとのねえすっぱりした女になって貰いてえな。なあ熊?
>熊:なんでおいらに話を振るんだよ。関係ねえって言ってんだろ。
>八:良いじゃねえか、3年後は小町だぞ。大事にしておけ。
>三:なんですか? お咲ちゃんが3年後に小町になるんですかい?

途中の話が抜けている三吉に成り行きを説明している一同を残して、あやは女将(おかみ)さんのところへと席を立った。
(内緒話?)  あやが母といったいどういう内緒話をしようというのか、まったく思い至れない源五郎は、呆然(ぼうぜん)とあやの後ろ姿を見送っていた。
目を転じると、父の源蔵が自分の方を見ながらにこにこ笑っていた。
つづく)−−−≪HOME