226.【し】 『重箱(じゅうばこ)の隅(すみ)を楊枝(ようじ)で穿(ほじく)る』(2004/04/05)
『重箱の隅を楊枝で穿る』[=突付く]
些細な点まで詮索(せんさく)すること。どうでも良いようなつまらない事柄にまで口出しして、干渉をすること。
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伝蔵の約束通り、2日後に、4人の似顔入りの瓦版が配られた。揃いも揃って一癖も二癖もありそうな面構(つらがま)えである。
あっという間に売り切ってしまった太助は、することがなくなってしまって、熊五郎たちのところへ昼飯を集(たか)りにやってきた。

>熊:よう、太助。読売りの売れ具合いはどうだったい?
>太:飛ぶように売れるっていうのは、ああいうことを言うんでしょうね。手分けして配ったから、400枚は売れたんじゃないかと思いますよ。
>熊:そうか。それなら、あとは梨元の旦那の首尾(しゅび)次第ってことだな。
>八:梨ちゃんは頼りねえけどな。まあ、伝六が付いてりゃ大丈夫だろ。
>太:それじゃあ、もう解決したも同然ですね? あの、昼飯でも・・・

そこへお咲が「大変よーっ」と叫びながら走ってきた。

>八:なんだお咲坊、そんなに泡を食って
>咲:泡を食いもするわよ。太郎兵衛が姿を暗(くら)ましちゃったのよ。
>八:なんだと? 本当かそれは?
>咲:この目で確かめてきたんだから間違いないわ。
>熊:お前ぇ、また独(ひと)りで行ってたんじゃねえだろうな?
>咲:え? ・・・えへへ。ちょっと気になっちゃってね。
>熊:危ねえから止(よ)せって言ったじゃねえか。権太(ごんた)の野郎にでも捕(つか)まったら、何をされるか分かったもんじゃねえんだぞ。
>咲:だって、じっと待ってなんかいられなかったんだもん。
>熊:松つぁんでも半次でも引っ張ってきゃ良いじゃねえか。どうして独りでなんか・・・
>八:もう良いじゃねえか。こうやって無事に帰ってきてるんだからよ。
>熊:そうは言うけどな。1回や2回だったら仕方がねえが、いつもだぞ。・・・まったく、心配するこっちの身にもなれってんだ。
>咲:・・・でも、あたしが行ってなかったら、太郎兵衛が逃げたのだって分からなかったじゃない。
>八:そうだよ。誉(ほ)めてやれよ、熊。
>熊:他人に心配を掛けるような奴を誉められる道理がねえ。図に乗らせるだけじゃねえか。
>八:分かった分かったって。お前ぇがお咲坊に惚(ほ)れてるってのはもう分かったから、もうそのくらいにしとけ。
>熊:そ、そ、そういうことじゃねえだろ。
>太:・・・あの。そういうことじゃあ、なかったんですか?

騒ぎを聞き付けて、源五郎たちが寄ってきた。

>源:油なんか売ってるんじゃねえぞ。
>八:怠(なま)けてる訳じゃねえんですよ、親方。
>源:近頃、また何かこそこそとやってやがるようだが、変なことに首を突っ込んでるんじゃねえだろうな?
>八:変なことなんかじゃありませんよ。大変なことになっちまったんですぜ。
>五六:どうかしたんですかい?
>咲:太郎兵衛が雲隠れしちゃったのよ。
>三:なんだって?
>四:それじゃあ、伝蔵さんの計画も駄目になっちゃったんですか?
>八:そういうこったな。
>源:待て待て。太郎兵衛ってのは、あの淡路屋の太郎兵衛か?
>五六:そうでやすとも。年寄りばかりを狙(ねら)うっていう騙(かた)りが起きてるでしょう? 後ろで糸を引いてたのが太郎兵衛だったんでやすよ。
>源:なんだと? お前ぇら、そんなことに関わってやがったのか?
>熊:へい。黙ってて済(す)いやせんでした。

>源:そうか・・・。しかしな、相手はちんぴらじゃねえんだぞ。やくざの親分だ。ちっとは、自分らの心配もしろ。・・・まあ、細かいことを聞いたからって、止(や)めろとは言わなかったろうがな。
>熊:経緯(いきさつ)を聞かねえんで?
>源:だって、当の太郎兵衛の野郎がいなくなっちまったんだろ? 今更(いまさら)根掘り葉掘り聞いたところで、どうしようもねえじゃねえか。
>咲:ねえ親方、手伝って呉れないの? 折角(せっかく)追い詰めたのに、放っといたらほんとに逃げられちゃう。
>源:太郎兵衛くらいになりゃ、顔だって割れてるんだ。舞い戻ってくれば、どうせまた追っ掛け回されるさ。
>熊:でやすが、いなくなっちまったとあっちゃ、今回のことの詮議(せんぎ)はもうできねえんでしょう? 戻ってきたときはなんの咎(とが)もねえじゃねえですか。
>源:そんなこともねえだろ? 幾(いく)ら当人がいねえったって、手配書きくらいは作るだろうよ。
>八:あの盆暗(ぼんくら)同心じゃ、それだって、知れたもんじゃねえけどな。

源五郎は、「うちではその話はするなよ。あやの奴が興味を持つと困る。臨月(りんげつ)だってのに・・・」と、ぶつぶつ言いながら仕事に戻っていってしまった。
「あの、昼飯は・・・」という太助の声には、誰も耳を貸さなかった。

>熊:できることなら、並助の母ちゃんの臍繰(へそく)りくらいは、取り戻してやりたかったな。
>八:こうなっちゃ無理だな。
>咲:ちょっと、諦(あきら)めるのが早過ぎよ。行ってみなくちゃ分からないじゃない。
>八:行くってどこへだ?
>咲:梨元の盆暗旦那のところよ。太郎兵衛と権太はいなくなっちゃったけど、片棒を担いでた多作とかいう元目明かしくらいは捕まえられるでしょう?
>熊:居所が分かればな。・・・一緒に逃げちまってるんじゃねえのか?
>咲:伝蔵さんが言ってたじゃない。太郎兵衛たちが一番信じていないのが目明かし上がりだって。
>熊:成る程。そういうことなら、連れてきゃしねえな。
>五六:消されちゃってませんかね、権太の野郎に?
>四:有り得ますね。
>熊:・・・まあ、ここで考えてても仕様がねえ。確かめに行くとするか。
>三:でも、まだ昼飯前ですぜ。みんなで抜け出すって訳にもいかねえですよ。
>熊:そうだな。それじゃあ、おいらと三吉の2人が行くとしよう。親方に頼んでくる。
>咲:ちょっと待ってよ。あたしも行く。
>熊:お前ぇは大人しくしてろ。
>咲:嫌よ。並助さんの長屋を知ってるのはあたしだけだもん。あたしが案内しなきゃどこへ言って良いか分からないでしょ?

源五郎の了解を得て、熊五郎と三吉、それにお咲が奉行所へと向かった。
門の前には、丁度伝六がうろうろしていて、梨元が出てくるのを待っているところだという。

>咲:ねえ伝六さん、太郎兵衛が逃げちゃったの知ってる?
>伝:ああお咲ちゃん、俺もさっき見てきたよ。
>咲:それで? これからどうするの?
>伝:伝蔵さんが立てて呉れた計画だけでもやっとかないとな。多作と、もう2人を探し出すんだ。
>咲:できるの?
>伝:なんとかなるだろう。・・・でも、その前に、瓦版に書いてあった4人を召し取りに行ってくる。淡路屋の奥の部屋に縛(しば)り付けられてたんだ。見張りを付けてそのままにしてある。
>咲:だって縛られてるんでしょ? そのまま引っ張ってきちゃえば良いじゃない。
>伝:梨元の旦那の手柄(てがら)にしてやらねえとな。
>咲:何よそれ。太郎兵衛が縛ったんならあの盆暗の手柄でもなんでもないじゃない。
>伝:役人には役人の遣り方ってのがあるのさ。

>咲:馬鹿みたい。そんなら、似顔絵を描いた伝蔵さんにはちゃんと礼金みたいなのは出るんでしょうね?
>伝:さあな。あんまり期待はできねえな。
>熊:それじゃあよ、手柄は盆暗同心1人だけってことか?
>伝:そうかもな。
>咲:納得できない。・・・良いわ。太助さんに言って、縛り上げたのは太郎兵衛だっていう瓦版を配って貰うから。
>伝:それはあまり賢(かしこ)い遣り方とは思わねえな。瓦版を読む者たちにとっちゃ捕り方が縛ろうが誰が縛ろうが、そんなことどうでも良いことだろう?
>熊:太郎兵衛を捕まえられなかった以上、こっちにとってもどうでも良いことだな。
>咲:じゃあ、どうしたら良いの? 臍繰りを騙し取られた人たちに、どうやって説明できるっていうの?
>伝:届けがあって、分かってる家(うち)には、奉行所から何がしかのものは下されるだろうよ。
>咲:どうせ端(はし)た金でしょう?
>伝:出ねえよりは増しさ。
>咲:随分及び腰なのね、伝六さん。
>伝:俺だって、食っていかなきゃならねえんだ。・・・あんな旦那でも、無下(むげ)にはできねえのさ。
>咲:良いわよ。こっちはこっちであの盆暗同心を脅してやるんだから。伝蔵さんの分と並助さんの分を毟(むし)り取ってやるんだから。
>熊:まあ、そう熱くなるなって。

>伝:桃山の旦那だったら、太郎兵衛のことを地の果てまで追っ掛けただろうにな。
>熊:違えねえ。
>伝:あーあ。今頃何をしてるんだろうな。ちゃんと長崎ってとこには着いたのかな?
>熊:「太郎兵衛が逃げた」って文(ふみ)でも書いたら、すっ飛んでくるかも知れねえぞ。
>伝:そんな野暮天(やぼてん)みてえなことを、この俺がするとでも思うか? 盆暗役人に媚(こ)びはするが、人の恋路の邪魔なんてことは、死んでもするかっての。
(第25章の完・つづく)−−−≪HOME