42. 【い】  『一寸(いっすん)の虫にも五分(ごぶ)の魂(たましい)』 (2000/09/04)
『一寸の虫にも五分の魂』
どんなに小さく弱い者でも、それ相応な思慮や意地を持っているものだということ。小さくても、侮(あなど)れないということ。
類:●小糠にも根性●蛞蝓にも角痩せ腕にも骨八つ子も癇癪●Even a worm will turn.(虫けらさえも向き直って来る)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
★尺貫法で、一寸は約3センチ。五分はその半分。
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太郎兵衛の言葉通り、お咲は昼前のうちに長屋に戻ってきた。
使いの田ノ助は、六之進に小判を3枚押し付けて逃げるように帰っていった。
明後日(あさって)と聞かされていた六之進は、喜ぶよりも先に目を白黒させ、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。
熊五郎たちは親方の家にいると聞かされて、幣(ぬさ)も取り敢えずと、親子連れ立って報告に向かった。

>咲:どういうことかしらね? あの親分のところ大童(おおわらわ)だったわ。
>六:熊さんたちの親方の話だと、明後日(あさって)の昼に送り届けるって言われてたそうなのだがな。
>咲:何かあったのね。熊さんたち何かして呉れたのかしら。
>六:相手はやくざの親分だぞ、町人風情(ふぜい)が滅多なことをしたら只では済まないであろう。
>咲:そうよね。だけどね、もう二度と手は出さないって言われたのよ。
>六:そうか、でも真逆(まさか)な。・・・それはそうと、この金子(きんす)、どうすれば良いのだろう?
>咲:貰っちゃえば。酷(ひど)い目に会ったのはあたしなんだもの。それくらい良いんじゃないの?
>六:それくらいってお前、大金だぞ。
>咲:父上、あたしにはそんな価値がないって言うの?
>六:いや、そういうことではないんだがな・・・

源五郎のところには、五六蔵たちも集まっていて、八兵衛が何やら興奮気味に捲(まく)し立てていた。
六之進とお咲が玄関口から声を掛けると、あやが出迎え、にっこりと笑って二人を居間へ上げた。

>あや:お咲ちゃんご免なさいね、ほんとならわたしが行く筈だったのに。
>咲:やくざもんに聞かれて、はいそうですかって教えるほど浅はかじゃないもん。
>あや:手荒なことされなかった?
>咲:ええ、平気。でも、なんで急に帰されることになったのかしら?
>あや:実はね、今朝、淡路屋さんが来たのよ、ここに。
>咲:え? 今朝? 真逆あやさんを勾引(かどわか)しに来たの?
>あや:そうじゃないのよ。お話し合いに。
>咲:話して分かるような人じゃないと思うんだけどな。
>あや:そうね。でも、分かって呉れたみたい。あなたを開放して呉れたんだものね。
>咲:あやさん、何か奥の手を使ったんでしょう。
>あや:わたし? いいえ。淡路屋さんの方で勝手に喋(しゃべ)り過ぎて
墓穴(ぼけつ)を掘っただけよ。
>咲:やっぱり、助けて呉れたのね。有難(ありがと)う。
>あや:わたしじゃないのよ。お・や・か・た。
>咲:流石(さすが)、あやさんの旦那様。頼れるぅ。熊さんたちとは大違い。
>あや:そうでもないのよ。熊五郎さんも八兵衛さんも立派だったわよ。
>咲:ふうん。・・・父上、親方に良ぅくお礼を言っといてね。あたし、仕事場の方覗(のぞ)いてくる。
>六:親方は、お出掛けなのですか?
>あや:昔の話を持ち出されたりしたもので、なんだか照れちゃって、自分の部屋に隠れちゃっるんです。

仕事場は、寄席(よせ)でも見ているみたいに、盛り上がっていた。
八兵衛が手振りや顔真似(かおまね)をする度に、五六蔵はげらげらと下品な笑い声を上げていた。

>咲:杉田咲、只今戻りましたぁ。
>八:おう、お咲坊、無事かい?
>熊:良かったな、早く帰って来られて。
>咲:熊さんと八つぁんも手伝って呉れたってあやさんが言ってたわよ。
>八:とんでもねえ。親方の
一人舞台よ。
>熊:親方が、「なんだったら今すぐ淡路屋へ行こうか」ってどすの利いた声で言ったときの、太郎兵衛の顔ったら・・・
>八:真っ青(さお)になりやがって、逃げるように帰ってったぜ。
>熊:尻に帆掛けてってのはこのことだな。
>八:「頼むからもう自分らに関わらないでください」ってなもんよ。
>咲:あの親分が? 一体(いったい)どういう経緯(いきさつ)だったの?

待ってましたとばかりに、八兵衛が事の成り行きを、芝居っ気たっぷりに、初めから説明し始めた。

>咲:へえ、親方ってそんな凄い人だったの。
>八:なんだ、知らなかったのか? それじゃあ、姐さんがその場にいたってのも知らねえな。
>咲:初耳
>八:そのお店(たな)に奉公してて、ふん捕まってたうちの1人でよ、姐さんったら、親方に一目惚れしちまったんだってよ。あの鬼瓦にだぞ。それも、初恋だぞ。
>熊:八、そのくらいにしとけよ。あんまり親方を揶揄(からか)うもんじゃねえ。
>八:良いじゃねえか、目出度(めでた)く納まったんだからよ。
>熊:それにしてもだ。不謹慎極(きわ)まりねえ。
>八:なんでえ、お堅いこと言いやがって。無事一件が落着(らくちゃく)したんだ。ちょいとくらい羽目を外したって良いじゃねえか。お前ぇなんか、お咲坊連れて、どこなりと逢引きにでもなんでも行っちまえ。
>熊:手前ぇ、勢いに任せてなんてこと言い出しやがる。
>八:ほんとは嬉しい癖に。
>熊:二助の無事な姿を見ねえうちは落着じゃねえんだぞ。
>八:直(じき)に解き放ちになるさ。
>四:二助さんなんですが、変に歯向かったりしなきゃ良いんですけどね。
>八:お前ぇ、なんてこと言い出しやがる。
>四:あの性格ですからね。
>八:脅かすなよ。そんなことになったら打(ぶ)ち壊しじゃねえか。
>三:誰か見に行った方が良いんじゃねえですか?
>熊:そういう役回りはお前ぇって決まってんじゃねえか。
>八:そうそう。そんでもって道案内が四郎。
>三・四:へーい。行ってきやす。

>熊:二助の奴、弱い癖に喧嘩っ早いからなあ。
>八:相手がやくざだろうと役人だろうとお構いなしだからな。
>熊:いつだったっけ? 捕り方にいちゃもん付けてお縄を掛けられたのは。
>八:去年の夏だな。そんでもって、その前は火消しの小頭、その前が大店の若旦那。
>咲:懲りない人なのね。
>熊:憎めねえ奴なんだがな。
>八:そこなんだよな。小頭とも捕り方とも、その後結構付き合ってたりするんだよなあ。
>咲:侮(あなど)り難(がた)しね。「左官ごとき」なんて言ってられないわね。
>八:そうでもねえさ。その若旦那なんか、屁臭虫(へくさむし)でも見ちまったみてえに、ぐるっと避けて通ってるもんな。
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