第1章「掃き溜め甚兵衛長屋に鶴(仮題)」

01.【あ】『会(あ)うは別(わか)れの始(はじ)め』 
(1999/11/01)
『会うは別れの始め』 [=基(もとい)]
出会ったときから別れは始まっているという意味で、会った人とは必ずいつか別れるものだということ。人生の無常を表している言葉。
類:●To meet is to part.
出典@:法華経−譬喩品」 「愛別離苦、是故会者定離」
出典A:白氏文集−巻14」 「合者離之始、楽兮憂所伏」
出典:白氏文集(はくしもんじゅう) 中国の詩文集。71巻。もと75巻。唐の白居易(楽天)撰。長慶4年(824)に前集50巻が成立。全巻成立は会昌五年(845)。流麗で平明な詩を多く収め、平安時代に広く愛読されて、漢詩・和歌を初め平安朝文学に大きな影響を与えた。「文集(もんじゅう)」。
人物:
白居易(はくきょい) 中国、唐の詩人。772〜846。字は楽天。号は香山居士。官は武宗の時、刑部尚書に至る。その詩は平易通俗な語に巧みに風刺をもりこみ、代表作「新楽府」「長恨歌」「琵琶行」などは多くの愛読者をもった。その文集(白氏文集)は存命中に日本に伝来、大きな影響を与えた。

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はじめに。
この物語の時代設定をご理解ください。「現在から200年前」という想定になっています。
これを書き始めたのは、1999年11月第1週でした。
ということで、話の始まりは1799年(寛政11年)の神無月(10月)初旬頃ということになります。
なお、
お断りするほどのことでもないと思いますが、この物語はフィクションです。
実在する施設名や人名その他の固有名詞とは一切関係御座いません。
それと、
Webの特性上、「さらりと読めるもの」が望ましいと思いまして、「会話形式」にしております。
「どうしても小説体裁で読みたい」と仰る方のご希望には、当面副(そ)えそうにありませんので、ご理解の程、宜しくお願いいたしまする。

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さて、先ず登場するのは大工の八兵衛と熊五郎である。

先(せん)だってまで色付いていた紅葉や柿の葉も、見る見るうちに土と同じ色に変わってゆくこんな季節だというのに、長屋の空き部屋に越してくる者があった。
日頃から顔なんか出したこともない大家の甚兵衛が、朝から落ち付かな気(げ)に行ったり来たりしている。

>熊:おい八、大家の親爺どうしたってんだ、胴巻きでも落としたか?
>八:さっきおっ母に聞いたんだがな、新しい店子(たなこ)が入(へ)えるんだってよ。
>熊:ははあ、あの様子だと女だな。分かり易い爺(じじ)いだね、まったく。
>八:へえ、あの年になっても色気が残ってんのかい、てえしたもんだ。
>熊:なに感心してやがるんだか。おい、俺たちも見に行こうぜ。
>八:お前ぇも好きだねえ。人のことばかり言えねえな。
>熊:てやんでえ、行くのか行かねえのか。
>八:分かり切ったこと、聞くなってんだ。

ってなことで、大家・熊・八の3人が待っていると、やがて東の方から人足に大八車を引かせた女が現れた。
遠目にはすらりとした細身の女で、年の頃は三十路(みそじ)前といった辺りか。

>八:別嬪(べっぴん)さんだねえ。大家さんも隅に置けないねえ、どうやって騙(だま)くらかしたんだい?
>甚:馬鹿をお言いじゃないよ。・・・人伝(ひとづて)に頼まれましてね。詳しい事情は分からないんですが、独(ひと)りで住まいたいと言うものですから。「下品な奴らがいるからどうかな」とは言ったんですがねえ。
>熊:下品てえのはおいらたちのことかい? 店子(たなこ)といえば子も同然。それを下品呼ばわりたあな、嗚呼(ああ)情けねえ
>甚:店子てえのはね、ちゃあんと店賃を払ってる者のことを言うんですがね。
>熊:ひゃあ、薮蛇だあ。

そうこうしている内に大八車(だいはちぐるま)が3人の前に停(と)まり、女が丁寧に頭を下げた。
近くで見ると意外に愛想(あいそ)が良さそうだ。

>女:大家さん、ご面倒懸けます。あら、こちらさん方は長屋の?
>八:へい、おいらが八、こいつが熊と申しやす。長屋のなんでも屋みたいなもんで、雨漏(あまも)りの修理でも引越しの手伝いでも何でも言い付けてくだせえやし。
>女:あやと申します。宜しくお願いいたします。
>熊:こんな方と一つ屋根の下で寝起きするかと思うとぞくぞくしやすね。
>甚:これ、下品なことをお言いでないよ。
>熊:済いやせん。あんまりお綺麗なもんで、上(のぼ)せちまいやした。
>あや:まあ、お上手(じょうず)ですこと。
>熊:滅相(めっそう)もねえ。おいらたちは下品ですが嘘吐(つ)きじゃあありやせんから。なあ八?
>八:あたぼうよ。嘘と坊主の髪は結ったことがねえ
>甚:まあまあ、それくらいにしておきなさい。あやさん、後で皆に引き合わせますんで、取り敢えずは荷物を。熊さん、八つぁん手伝ってお上げなさい。
>2人:合点(がってん)でぇ。

熊五郎と八兵衛は、人足と共に部屋の方にすっ飛んでいった。

>あや:それより、大家さん。例のことなんですけど・・・
>甚:親方の源五郎というやつは見掛けこそ荒っぽいが、気風(きっぷ)の良いやつなんだがねえ、会うだけでも会ってみちゃあ呉れないかねえ。
>あや:連れ合いを亡くして間もないですし、いま少し考えさせてください。
>甚:別に急(せ)かしている訳じゃあないんだよ。まあ、なんだ、ここの暮らしに慣れてからでも。
>あや:はあ。

>甚:それはそうと、働き口は決まったんですか?
>あや:はい、お陰さまで。この先の「だるま」という縄暖簾(なわのれん)で。
>甚:そうかい。あそこはさっきの2人も贔屓(ひいき)にしてる店だからね。ちょいと騒がしくなるかも知れないが、宜しくやっておくれ。
>あや:こちらこそ、宜しくお願いいたします。
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