61.【う】 『嘘(うそ)から出た実(まこと)』 (2001/01/22)
『嘘から出た実』[=より〜]
初めは嘘のつもりであったことが、結果として本当になってしまうこと。思いも寄らず良いことが実現したときなどに言う。
類:●瓢箪から駒が出る
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案の定(じょう)、六之進は蒟蒻(こんにゃく)みたいな状態になってしまい、松吉に背負われてのご帰還(きかん)となった。
結局、松吉は菜々と直接話すことができなかった。
「仕方ない。また明日でも菜々を訪(たず)ねて行ってみよう」と、松吉は考えていた。

>松:なあ、お咲ちゃん。今日の昼間、菜々さん、何か言ってなかったかい?
>咲:松吉さんがいけないのよ。真剣そうな顔して聞くから、菜々さん本気で考え込んじゃってるのよ。
>松:それで? 何か思い付いたみたいだったかい?
>咲:さっぱりだって。
>松:そうかい。
>咲:まあそう落ち込まないで。
>松:親方がおいらを見込んで頼んできたってのによ、叶(かな)えてやれねえんじゃな・・・
>咲:それじゃあさ、こっちから聞いちゃったら? 簪(かんざし)なんかどうでしょう、手鏡なんかどうでしょうって。
>松:そうだな。そういうのも手かもな。

>八:おいおい、お前ぇら何をこそこそ話してやがるんだ? もう少し速く歩けねえのか? 先に行っちまうぞ。
>咲:しょうがないでしょう、酔い潰れを負んぶしてるんだもの。そんなこと言うんだったら代わってあげたらどうなの?
>八:松つぁんがどうあっても負んぶしてえって言うもんだから譲(ゆず)ってやったんじゃねえか。おい、熊、代わって差し上げろってよ。
>熊:どうしておいらに振るんだよ。
>八:どうしてって、お前ぇとお咲坊の仲じゃねえかよ。
>熊:何を言いやがる。勝手に決めるんじゃねえ。さあて、先帰って寝よっと。
>咲:なによ、人でなし。熊がそういう根性なら、あたし、鴨太郎さんに猛然(もうぜん)と言い寄っちゃうんだから。
>熊:何? 鴨太郎だ? あいつは駄目だ。あいつには心に決めた人がいるだろ。
>咲:だってお夏ちゃんが構わないって言ったんだもん。
>熊:お前ねえ、そういうのを友達甲斐(がい)のないって言うんだ。
>咲:そんなの分かってるわよーだ。どう? ちょっとは妬(や)けた?
>熊:何を言いやがる。勝手にしろ。おいらは寝る。

熊五郎は1人すたこらと長屋に戻っていってしまった。
八兵衛はどっちに付こうかと迷った末に、六之進の方を選んだ。

>八:あいつ、ああ見えて応(こた)えたんだぜ。
>咲:へへーだ。あたしの色気に完全に参ってるのよ。
>八:色気だぁ? 十年早いぜ。
>咲:八つぁん。そんなこと言ってると誰も紹介してあげないわよ。お夏ちゃんもよ。
>八:そいつは困る。お咲坊、いやさ、お咲様、何でも思(おぼ)し召しの通りにいたしやす。
>咲:宜しい。
>八:だけどよ、お咲坊が鴨の字ってのは冗談だろ?
>咲:さあ。分からないわよ。
>八:止(よ)せやい。初めは冗談でもよ、段々そんな気になってきちまうってことだってあるからよ。
>咲:真逆(まさか)。あたしに限ってはそんなことないわよ。それに、鴨太郎さんったらお夏ちゃんにぞっこんなんだもの。
>八:そうなのか? なんだよ、それりゃぁおいらと張り合おうってことか? 上等じゃねえか。
>咲:なによ、まだそんなこと言ってるの? お夏ちゃんはもう諦(あきら)めた方が良いわよ。
>八:そんな悲しいこと言うなよ。それじゃぁ、おいらまた振られちまったってことか?
>咲:振られたも何も、端(はな)っから、なあんにもなかったの。
>八:こんなに真剣なのに。
>咲:どうだか。
>八:そんなぁ。そんじゃ、菜々ちゃんにでも鞍替えするかな。
>咲:そういうところが真剣じゃないって言うの。菜々さんも駄目。
>八:なんでだ? 親方じゃねえんだからそんなの分からねえじゃねえか。おいらから親方に頼み込んでみようかな?
>咲:止しなさいって。もう遅いのよ。

>八:もう遅いって、何か? 親方はもう決めちまってるってことか?
>咲:そうよ。
>八:誰だ? おいらの知ってる奴か?
>咲:教えてあげない。
>八:本当に知ってるのか? 出任せだろう?
>咲:そう思ってなさい。
>松:そうか、もう決まっちまってるのか・・・
>八:なんだ、松つぁん。お前ぇも菜々ちゃんに気があったのか?
>松:い、いや、そんなんじゃねえんだけどよ・・・
>八:良いって良いって。あんな好い娘そうざらにいるもんじゃねえもんな。気があるのは、お前ぇが真っ当な証(あか)しだって。
>松:そんな道理があるのか?
>咲:松吉さんには少しは見込みがあるかもね、八つぁんと違って。
>八:どういうことだ。
>咲:八つぁんと添わせるつもりなら、もう疾(と)っくに祝言(しゅうげん)が終わってる筈でしょうってこと。
>八:そういうもんか?
>咲:そういうものなの。それに比べて松吉さんは今日会ったばかりだものね、見込みは十分よ。
>八:松つぁん。見込みがあるんだったら、がんがん行っといた方が良いぜ。あんな娘逃(のが)したとあっちゃ一生の不覚だからな。
>松:そんなこと言ってもよ、親方はもう決めていなさるんだろう? おいらの出る幕じゃねえよ。
>八:そうだな。今日はお互い不貞腐(ふてくさ)れて寝るしかねえな。あーあ情ねえ情けねえ。お咲坊もよ、見込みあるかも知んないなんて、お追従(ついしょう)言うことねえぜ。どうせ駄目なんだからよ。
>咲:そんなの分かんないじゃない。最後に決めるのは菜々さんなんだから。親方がこの人って言っても、本人が嫌だって言えば白紙に戻るでしょ。
>八:そう簡単に行くかよ。大人(おとな)の世間じゃ引っ繰り返らねえことだってあるの。
>咲:それじゃあ菜々さんが可哀相じゃない。
>八:そりゃあそうだけどよ。まあ、親方がちゃんとした人に決めて呉れてるのを頼むしかねえわな。お咲坊が言うように、松つぁんにでも決まってて呉れりゃあ話は早いんだがな。
>咲:あたしもそう思う。

>松:・・・なあ、お咲ちゃん。おいら、もしかすると、菜々さんに惚(ほ)れちまってるのかな?
>咲:当たり。
>八:そうなのか? 本人が知らねえってのにどうしてお咲坊が分かるんだ?
>咲:分かるの。どうしてかなんて説き聞かせられない。
>八:それじゃあ、菜々ちゃんの方はどうなんだ?
>咲:さあ。・・・知ってても教えてあげない。
>八:なんだよ。面白(おもしろ)くねえな。・・・まあ良いや。兎(と)に角(かく)、おいらは、松つぁんに見込があるっていうお咲坊の嘘が本当であって呉れるのを祈るとするわ。
>咲:嘘って、酷(ひど)い言われようね。・・・まあ良いわ。あたしもそうなって呉れるのを祈るとしましょう。

そのとき、背負われた六之進が「うっ」と苦しそうに呻(うめ)いた。

>八:おっといけねえ、嘘じゃなくって「うっ」が本物にならねえうちに横にしてやらねえと。それにしてもよ、牛の乳は嘘だったな。
>咲:そうじゃないのよ。普通の人ならちゃんと効(き)き目があるんだって、お夏ちゃんも言ってた。父上が弱過ぎるの。
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