36. 【い】  『一挙両得(いっきょりょうとく)』 (2000/07/24)
『一挙両得』
一つの行動によって、同時に二つの利益を収めること。
類:●一石二鳥●Kill two birds with one stone.(一石二鳥)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
出典:「晋書−束晰」「賜其十年之復、以慰重遷之情、一挙両得」
★晋の束晰(そくせき)が農業振興について建議した言葉による。
*********

源五郎からの文(ふみ)を読んで、淡路屋太郎兵衛が直々(じきじき)に顔を出してきた。
三吉と四郎は親分の威厳に気圧(けお)されて、無意識に腰を屈(かが)めていた。
土間には権太を初め胡散(うさん)臭そうな男たちがずらりと並んでいた。

>太:ときに、この文を寄越した源五郎さんてのは何者です?
>四:あやさんと一緒になりなすった方で。
>三:大工の親方でやす。
>太:大工の源の字か。聞いたことがありそうななさそうな、なあ、権太?
>権:どこにでもあるような名前でやすからね。
>太:まあ、そうだな。で? その源五郎さんとやらがどうして事の中身をこんなに知ってるんです?
>三:そりゃあ、てえしたお方だからとしか言いようがありませんや。
>太:そうか。まあ良かろう。それじゃあ、源五郎さんにこう伝えてお呉れ。お咲さんは3日後の午(うま)の刻の頃に長屋へ送り届けておくってね。
>四:二助さんの方はどう報告すればよろしいんで?
>太:二助は、然(さ)るお方の家に預けてある。ここには居ないし、あたしの自由にはならない。残念だが、どうなるかなんて、なあんにも請(う)け合えないね。
>三:そんな殺生(せっしょう)な。真逆、もう殺(あや)めちまったってことじゃねえんでしょうね。
>太:さあね。なんなら、明日辺り見に行ってあげても良いんですよ。
>三:二助さんが何をしたって訳じゃあねえでしょう。
>太:まあそう熱くなりなさんな。こちらだって事を荒立てない方が何かと良いですからね、できるだけ穏便(おんびん)に振舞いたいんですよ。源五郎さんとやらには、妙な気を起こすなって、ようく言っといてお呉れよ。
>権:あやの姐さんにもな。
>太:そうそう、あやさんには祝儀(しゅうぎ)を上げなきゃいけないねえ。近々若いもんに持たせるとしましょう。
>四:姐さんはそんなもん受け取らねえと思いますがね。
>太:おやおや、別に下心があってのことじゃありませんよ。以前良くしていただいたお礼も込みでのことですからね。尚一層懇意にしていただければ益々結構、ということですよ。

三吉と四郎には、何の成果もなく、体(てい)好く追い返されただけだったように思えたが、太郎兵衛の方こそ、内心穏やかではなかった。
権太は手下に、家を突き止めてこいと、目配せをした。
やがて2人は、後を付けられていることなどまったく気付かずに、親方の家に戻ってきた。

>熊:どうだった? お咲坊には会えたのかい?
>三:太郎兵衛本人には会えたんですが。
>四:3日後の午(うま)の刻の頃に長屋へ送り届けておくと、言ってました。
>熊:そうか、やっぱり3日後なのか。親方の文もご利益(ごりやく)無しか。
>八:少なくてもよ、無事だってことは分かったんだから良いじゃねえか。
>五六:それにしても、悪い奴って、どうしてこうも疑(うたぐ)り深いんでしょうかねえ。
>八:そんなの手前ぇの胸に聞いてみろってんだ。
>五六:そいつはひでえや、兄い。こちとら病人なんですぜ、労(いた)わってくだせえよ。
>八:病人? 聞いて呆れるぜ。自害のし損ないの癖しやがって。
>五六:面目ねえ
>三:・・・あの、一つ聞いて良いすか? 太郎兵衛にとって、姐さんってどういう風な人なんですか?
>五六:なんだお前ぇ、そんなことも知らずに使いに行ったのか?
>三:帰ってから聞こうかと思いやして。
>五六:暢気(のんき)な奴だね。
>三:兄貴は知ってるんですかい?
>五六:なんでも、昔のご亭主を殺(あや)めたのが太郎兵衛の手下で、その切っ掛けになったのが「泉州屋」っていう口入れ屋の女将(おかみ)らしい。
>三:もしかして、今度の入れ札で選ばれるかも知れねえってのがその泉州屋ってことですかい?
>五六:多分そうだろうよ。そうでもなきゃ、姐さんの口を塞(ふさ)いどかなきゃならない理由がねえ。
>三:下手(へた)をしてたら、姐さん、ほんとに口を塞がれてたかも知れねえんですね? 桑原桑原・・・
>五六:お咲ちゃんだって、殺めねえまでも、手込めにされて、折檻(せっかん)されてたかも知れねえな。
>熊:こら五六蔵、縁起でもねえこと言うもんじゃねえ。
>五六:ですが、そういう連中でしょう? 荒くればっかりですぜ。
>八:だから、親方がそんなことするんじゃねえって釘を刺して呉れたんじゃねえか。
>四:兄いは親方の文の内容を知ってなさるんで?
>八:いいや。でも、きっとそうに違いねえ。もしかするとよ、二助のことだってちゃあんと配慮して呉れていなさる。王手飛車取りみてえに、あっちもこっちもぐうの音が出ねえようにな。

その頃、太郎兵衛は鳴門の屋敷に向かっていた。
与力の家の者が、早まって二助に手を出していては面倒(めんどう)になる。無事に帰らなかった場合、斯(か)く斯く然々(しかじか)で御座いと直訴(じきそ)すると書かれていたのだ。一介(いっかい)の大工など高が知れているにしても、罷(まか)り間違ってお上の目に触れれば、与力・泉州屋共々、枕を並べて討ち死にというやつだ。

>太:鳴門様、いらっしゃいましたか?
>鳴:淡路屋、人目があるからここへは来るなと言ってあるだろうが。
>太:申し訳ありません。何分にも使いの者では用の足りない事態が起こりまして。
>鳴:真逆(まさか)、露見(ろけん)したとかそういうことか?
>太:いえ、まだそこまでは。唯(ただ)、それに近いことに成り得る可能性が出てきたということでして。
>鳴:何がどうしたのか、詳しく話してみろ。
>太:その前に、二助はどうしていやすか?
>鳴:弱ってるがまだ生きてる。
>太:それが、ある大工が、二助を無事返さないとお上に訴(うった)え出るって言ってきまして。
>鳴:大工ごときに何ができるというんだ。
>太:まあ、こいつを読んでください。ここまで内情を知られちまいますと。

>鳴:うーむ。

源五郎からの文を読み終えた鳴門は、どうしたものか思案した。
対処法として考えられるのは2つ。従うか、纏(まと)めて闇から闇に葬るかだ。
つづく)−−−≪HOME