297.【ち】 『竹馬(ちくば)の友(とも)』 (2005.08.18)
『竹馬の友』
幼年時代に一緒に竹馬(たけうま)で遊んだ友人。幼(おさな)馴染み。
類:●幼友達
出典:「晋書−殷浩伝」「少時、吾与浩共騎竹馬、我棄去、浩輒取之、故当出我下也」
*********

翌日、熊五郎を起こしにきた八兵衛は、浮かない顔をしていた。

>八:よう。花火は楽しかったかい?
>熊:ああ。ちょっとした小火(ぼや)騒(さわ)ぎがあってな。そんなこんながあって、三吉とお町ちゃん、手を繋(つな)いで帰ってったよ。
>八:お、そうか。ああ見えても、一端(いっぱし)の男だな。決めるとこは決めやがる。
>熊:そっちは良いとして、お前ぇ、具合いでも悪いのか?
>八:おいらがか? 具合いが悪い? とんでもねえ。昨夜(ゆんべ)碌(ろく)に酒も飲まなかったから、素面(しらふ)過ぎて困るっくらいだ。ばりばりのぴんぴんよ。
>熊:飲まなかったのか? だって、ちょろまかすって言ってたじゃねえか。
>八:それがよ。なんだか知らねえけど、お花の奴が、糠味噌(ぬかみそ)が臭(くせ)えって良い出しゃがってよ。糠床の蓋(ふた)を開けるたんびに厠(かわや)へ駆け込む始末なんだよ。お陰で、今朝なんか漬け物なしだぜ。どうなっちまったんだろうなぁ?
>熊:そうか。・・・そりゃあ、お前ぇ、早速(さっそく)姐(あね)さんに聞いてみた方が良いな。
>八:なんでだ? 何も姐さんに話すほどのことでもねえだろう?
>熊:いやいや。こういうのはだな、大事(おおごと)になる前に誰かに聞いて貰ったのが良い。
>八:大事って、お前ぇなあ。心配になるようなことを言い出すなよ。お花の奴はな、自慢じゃねえが、病気しねえとこだけが取り柄(え)みてえな女なんだからな。
>熊:酷(ひで)え言いようだな。・・・少なくとも、義母(かあ)ちゃんには尽(つ)くすし、お八重ちゃんほどじゃねえにしろお三どんは上手(うま)いし、お咲坊みてえに跳ねっ返りじゃねえし、おいらから見りゃ、言うことなしだぞ。
>八:そ、そうか? そこまで褒(ほ)められると照れるな。
>熊:お前ぇのことを褒めてるんじゃねえっての。

熊五郎に勧(すす)められた通り、八兵衛があやに相談に上がった。
奥でひそひそと話しているようだが、八兵衛の歓声(かんせい)は上がらない。
はてどうしたことだろうと、熊五郎は奥を気にしていたが、源五郎から「行くぞ」と催促(さいそく)され、仕方なく腰を上げた。

>熊:あの、八の野郎はどうするんですか?
>源:ああ。なんだか知らんが、あやの奴がどっかに連れてくんだとよ。
>熊:八の長屋ですかい?
>源:いや。青物(あおもの)かなんかを買うんだとか言ってたな。
>熊:青物ですかい? なんでまた?
>源:知るか、そんなこと。・・・大方、昼の休みに食わして呉れるってとこだろうよ。
>熊:そんなことなんで?

なんだか拍子抜けである。
稚児(やや)を3人も産んでいるあやになら、お花が孕(はら)んだのだということが一発で分かる筈なのだ。
なのに、青物を買いに行くだけとは。

>三:なんですか? お昼に西瓜(すいか)が食えるんですかい?
>熊:何を持って来て呉れるかなんて、分かりゃしねえよ。茄子(なすび)かも知れねえしな。
>三:茄子ですかい? そんなの生のまんまじゃ食えねえじゃないですか。
>熊:そうだよな。それに、秋茄子は嫁に食わしちゃいけねえって言うしな。
>源:つまらねえこと言ってるんじゃねえ。そもそも、こっちに持ってくるかどうかも分かったもんじゃねえからな。
>三:へ? そうなんですか?
>源:あいつの考えてることなんか、俺に分かる筈がねえ。
>三:へえ。変わってますね。
>熊:それでも上手い具合いに釣り合っちまうんだから、夫婦(めおと)ってのは妙(みょう)なもんですね。
>源:馬鹿にしてるのか?
>熊:滅相もねえ。・・・円満(えんまん)で結構ですねってことです。おいらと八みたいに、もう30年も一緒にいて、何から何まで分かってるってのに、ちぐはぐだってこともありますからね。
>三:どこが「ちぐはぐ」ですって? それこそお似合いじゃないですか。
>熊:どこが「お似合い」だってんだ。好い加減にしやがれ。
>三:そんだけ凸凹(でこぼこ)なのに釣り合いが取れてるってんですから、立派なもんですよ。
>熊:八が凹でおいらが凸ってことだろうな? あべこべだなんていったら承知しねえぞ。
>三:ひゃあ。怖い怖い。
>源:そのくらいにしとけ。そんなのどうでも良いじゃねえか。・・・まあ、これは俺からの助言だが、お前ぇも精々(せいぜい)尻に敷かれるんだな。その方が何かと都合(つごう)が良い。
>熊:へーい。見習っておきます。

あやの考えそうなことは3つである。
本当に昼食のときに水菓子を持ってきて呉れるか、悪阻(つわり)に良さそうな果物(くだもの)をお花に届けるか、然(さ)もなければ、八兵衛に何かと目を掛けて呉れている一黒屋(いちこくや)与志兵衛に報(しら)せに行ったかだ。

>源:それはそうと、三吉。
>三:へ、へい。なんでしょう?
>源:お前ぇ、聞くところに拠(よ)ると、お町坊と一緒に花火見物(けんぶつ)に行ってきたんだってな?
>三:そ、その通りですが、なにか、いけませんでしたか?
>源:いけねえ訳はあるか。・・・どうだ? なんとかなりそうか?
>三:いや、なんとも言い難(にく)いとこでして。まったく駄目(だめ)かなって思ってると、幾らか脈がありそうだったりってな感じでして。
>源:そうか。ううむ。
>三:どうかしたんですかい?
>源:あ、いや。・・・なんだ。午之助(うまのすけ)さんに泣き付かれちまってな。
>三:真逆(まさか)見合いの話かなんかでも・・・
>源:うーん。まあ、似たようなもんかな。いや、ちぃと違うな。
>三:どういうことなんで?
>源:お町坊が欲しいって、どこぞの職人が元締めを通して言ってきたらしいんだ。
>三:元締めを通してってことなら、そりゃ、決まりじゃねえですか。
>源:それがな。午之助さんがよ、「源五郎の弟子に嫁にやると決まってる」って言って追い返しちまったってんだ。
>三:そ、それって、おいらのことなんですか? ・・・お、おいらしかいませんよね?
>源:まあ、そう慌(あわ)てるなって。お町坊がどう考えてるかなんざ聞いてねえってんだから困っちまうよな。
>三:やっぱり。おいらにって話は一時凌(しの)ぎの出任せですか。
>源:午之助さんの望みは、俺の弟子でなきゃってことなんだが、三吉ってのがどういうもんかなんてことを二の次にしてるってのが参(まい)っちまうとこなんだよな。・・・お前ぇ、午之助さんとは何度会ってる?
>三:へい。2度です。2度目ってのが昨日のことで。
>源:そうか。それじゃぁ、まったく分かってねえてことでもねえんだな。そうかそうか。
>三:そんなに切羽(せっぱ)詰まってることなんでやすか?
>源:なんだかな。その職人ってのが、本腰を入れてきちまってるってことらしくってな。揉(も)めなきゃ良いがな。
>三:聞いてると、なんだかおいら抜きでものごとが動いてるみたいですね。
>源:下手(へた)すると、当のお町坊だって抜きになってるんだがな。

源五郎と三吉がそんな話をしている頃、大きい西瓜を抱(かか)えて八兵衛が現れた。
喜色満面(きしょくまんめん)である。

>熊:なんだ、お前ぇ1人か?
>八:そうだよ。・・・親方ぁ、姐さんは、なんだか一黒屋のご隠居と話があるからって、おいら先に帰されちまいました。
>源:そうか。
>八:そんでもって、なんだか知りませんが、うちのお花んとこに寄って病(やまい)の具合いを見てから、午之助さんのとこへも顔を出してくるって言ってました。
>源:ほう。良くもまあ歩き回れるもんだな。こんなに糞(くそ)暑いってのによ。
>八:大女将(おおおかみ)さんから何やら言われてたようですから、そっちの用でもあったんでやすかね?
>源:まあ、そういうこったろ。・・・それより、そんなに後生大事に抱えてると、西瓜が温(あった)まっちまうんじゃねえのか?
>八:あ、いけねぇ。・・・やい三吉、井戸の水で冷やしといて呉れって、家主(いえぬし)さんに頼んでこい。
>三:へーい。
>八:なんだあいつ? 暑くって逆(さか)らう気にもなれねえのか?
>源:そうじゃねえよ。ちょいとばかし、訳ありでな。・・・どうやら、あやの奴に任せてみるしかねえのかも知れねえな。

驚いたことに、あやは熊五郎が思い付いた3つのことを一度に済ませて、更に、三吉の世話までこなしてくるらしい。
いやはや、これはやはり、相当なものである。
一体どういう育ちをして、どういう人と交(まじ)われば、ああいう人になれるものかと、熊五郎には不思議でならない。
それに引き換え、八兵衛とは餓鬼(がき)の時分からの付き合いと言うこともあり、一から十ま手に取るように分かる。・・・尤(もっと)も、長い付き合いでなくとも、八兵衛の考えていることほど分かり易いものはない訳だけれど。
大雑把(おおざっぱ)に言ってしまえば、「飲み食い」が全てに優先するということである。
つづく)−−−≪HOME