181.【け】 『毛(け)を吹(ふ)いて疵(きず)を求(もと)める』 (2003/05/19)
『毛を吹いて疵を求める』[=過怠の疵を〜]
1.毛を吹き分けて頭皮の傷を探し出すという意味で、好んで人の欠点を指摘すること。
2.わざと他人の弱点を暴(あば)いて、却(かえ)って自分の欠点を曝(さら)け出すこと。
類:●藪を突付いて蛇を出す
類:●It is ill to waken sleeping dogs.寝ている犬を起こすのはよくない<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典

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市毛大路郎が千場功次郎のところに顔を出すのは、年賀以来ということになる。
恩義あるがゆえに却(かえ)って、そうちょくちょくは行き来できない大路郎である。

>大:千場殿、ご無沙汰しております。己の無作法(ぶさほう)には、呆(あき)れ返るばかりです。
>功:いえいえ、便りのないのは無事な証(あか)しと申します。往来(おうらい)がないからといって、間遠(まどお)になった訳ではありませんよ。
>大:そう言っていただけると、胸の痞(つか)えも下りる思いです。
>功:しかし、そんなことを言っているこちらの方から、無理にお呼び立てをしてしまったようで申し訳御座いません。
>大:とんでもないです。私が受けたご恩に比べれば、このくらい物の数ではありません。・・・とはいえ、巧くお役に立てるかどうかは、甚(はなは)だ疑問なのですが。
>功:仮令(たとえ)そうであろうと、これほど早く駆け付けてくださったことだけで、私は嬉しゅう御座います。

>内:ご挨拶(あいさつ)はもう宜しいですかな?
>大:は、はい。ええと、千場殿。こちらは内房様と仰(おっしゃ)ってですね・・・
>内:旅籠(はたご)の隠居爺いです。・・・伺(うかが)いますれば、ご友人の娘御ということですが、相手が奉行所の同心でも良う御座いましょうか?
>功:はい。条件さえ外(はず)れてなければ、家柄や役職は気にしないとのことです。
>内:ほう。それは珍しい。時代の流れというものですかな。昔は親交のあるご家中(かちゅう)でないといけないとか、禄高がこれこれ以上でないと嫌だとかと、随分面倒なことを言ったものですが。
>功:唯(ただ)ですね、厄介(やっかい)なのは、その条件なのですよ。
>内:ほう。やはり訳ありですか。
>功:ええ。人によっては、そんなことどうでも良いと思うんでしょうけれど、何をどう思い込んでしまっているのか・・・
>内:どういう条件なのですか?
>功:それが、お酒を飲むときの癖のことだと言うのです。
>内:泣き上戸(じょうご)とか笑い上戸とかのことですか?
>功:そうです。酒癖が悪い者は、素面(しらふ)のときにどんな良い質(たち)でも嫌だと申すのです。
>内:至極(しごく)尤(もっと)もな条件ですな。大方、お父上か身近の方がそういうお方なのでしょう。
>功:それが、そうではないようなのです。私の僚友(りょうゆう)であった桃池(ももち)冬蔵は、決して乱れぬ酒飲みでした。・・・実はですね、娘御の名は五條(ごじょう)というのですが、酒癖が悪いのは、そのご当人のようなのです。
>内:なんと。
>功:笑い上戸に泣き上戸、終(しま)いには怒り上戸になり、傍(そば)にいる者を捕まえて、誰彼(だれかれ)構わず説教をするというのです。
>内:それはまた、難儀ですねえ。
>功:お酒を飲んで、夫婦(めおと)の2人とも乱れてしまっては滅茶苦茶になってしまうので、せめて婿殿には酒癖の良い殿御が必要だと言うのです。
>八:おいらだったら、怒り上戸の女房なんか願い下げでやすね。
>熊:お前ぇに来た話じゃねえっての。

>功:やはり、難しい話でしょうか? 確かに女子(おなご)の酒乱など、見場(みば)の良いものではありませんよね。
>内:しかし、隠し通してしまえばどうとでもなろうというものを、正直に明かしてくださっている訳ですから、それこそ誠意のある方ではありませんか。人は得てして他人の粗(あら)探しばかりして、自分の欠点は隠そうとするものです。それを自分から言い出すのですから立派な娘さんなのでしょう。そんなちょっとした欠点をずっと
気に病んでいらっしゃるのなら、あたしなぞ、ずっと傍に付いていて、守ってあげたいと思いますがね。
>八:おやご隠居さん、真逆(まさか)、本気で色気付いちまったんじゃないでしょうね?
>内:ほっほっほ。隠居爺いが色気付いてどうしますか。喩えの話ですよ。・・・どう思いますか、市毛様?
>大:確かに、真摯(しんし)な方ではあるようですな。
>功:それでは内房殿、この話、進めてくださると受け取って良いのですか?
>内:あたしは乗り気ですよ。まあ、結局のところはご当人次第なのですが、説得してみましょう。
>八:こりゃあ決まったも同然ですぜ、大(おお)先生。ご隠居に掛かりゃ、どんな強面(こわもて)のお侍(さむらい)だって、すぐに丸め込まれちまいやすからね。赤子の手を捻るってんですか?
>内:八つぁん、そういう言い方は止(よ)してくださいと言ったではありませんか。
>八:あ、そうでやしたね。言うんなら「気が付かないうちに術中(じゅっちゅう)に嵌(は)めちまう」ってことですやね。
>熊:あのなあ・・・

翌日、内房の旅籠の丁稚(でっち)が持ってきた話では、同心の名前は新山隼人(にいやまはやと)というそうである。
困ったことに、新山は自他共に認める泣き上戸であるという。

>八:なんだと? それじゃあ、てんで話にならねえじゃねえか。
>熊:まったくどういう巡り合わせだ? 
選りにも選って泣き上戸とはな。お天道(てんと)様もつれねえことをしなさる。
>八:まあ、駄目なもんは仕方がねえ。千場の先生には申し訳ねえが、今度の話はきっぱりと諦(あきら)めて貰ってよ、自力(じりき)で探して貰うしかねえよな。
>熊:お奉行様の方も一から出直しか。・・・あんまり気は進まねえが、親方に相談に乗って貰うか?
>八:そうさな。ま、頭数は多い方が良いからな。
>小僧:あの、ご隠居様からの話には続きがあってですね・・・
>八:ん? なんだ?
>小:「ちょこっとだけ条件が違いますが、この話で押し切ってしまいましょう」だそうです。
>八:なんだと?
>熊:だって、たった1つしかねえ条件が外れちまってるんだぜ。そりゃあいくらなんでも乱暴過ぎやしねえか?
>小:「
当たって砕けろですよ、ほっほっほ」だそうです。
>八:砕けちゃ駄目だろってんだ。
>小:手前は言われたことをそのまま伝えただけですから。言いたいことがあったらご隠居様に直接言ってください。・・・ああ、それからもう1つ、最後に言うように言われたことを伝えますね。「五條様を明日の夜、手前どもの旅籠へご案内するように」です。確かにお伝えしましたからね。
>八:おい、そりゃあねえだろ。おいらたち五條さんとやらには会ったこともねえんだぜ。
>熊:それに、今日の明日じゃあな。あちらさんにだって都合(つごう)ってもんがあるだろうし。
>小:そんなこと、手前には一切関わりのないことですので、お2人でなんとでもしてください。

丁稚は帰りしなに、八兵衛に向かって掌(てのひら)を差し出した。駄賃を寄越(よこ)せというのである。
いつぞやもそうだったが、八兵衛は渋々波銭(4文=約80円)2枚を持たせてやった。小僧は不服そうに眉間(みけん)に皺を寄せたが、諦(あきら)めて帰っていった。

>熊:ご隠居様ったらよ、せっかちにも
程があるってんだよな。
>八:なんだかよ、おいらたちを振り回して面白がってんじゃねえのかって思うことあるんだよな。
>熊:おいらたちだってそうそう暇じゃねえってんだよなあ。
>八:でも、ま、見合いの席になるんならよ、目の前にはご馳走の膳(ぜん)かなんかが据えられるんだろ? おいら、そんなら別に構わねえぞ。
>熊:あのご隠居がやることだぞ。酒まで出すに決まってるじゃねえかよ。
>八:そりゃあ願ったり叶ったりじゃねえか。
>熊:お前ぇの腹の虫のことじゃねえよ。問題は酒癖が悪い娘さんと泣き上戸のお役人のことだよ。
>八:良いんじゃねえの? 破談なら破談。清々するじゃねえか。
>熊:新山っていうお役人の面子(めんつ)ってもんもあるだろう。泣き上戸のせいで婚儀を断られたって評判にでもなったらどうするんだ?
>八:そんなの知ったことかよ。巧く行こうが駄目だろうが泣き上戸には違いねえんだからよ。いっそのこと「泣き上戸で御座い」って書いた晒(さら)しかなんかを縫(ぬ)い付けて歩きゃあ良い。
>熊:お前ぇは無茶なことを言うな。
>八:だってしょうがねえだろ? 事実は事実なんだからよ。

>熊:そんなこと、五條さんっていう娘さんにも言えるか?
>八:そいつはちょっと可哀想(かわいそう)だな。
>熊:お前ぇ、男と女で、なんでそんなに態度が違うんだ?
>八:決まってんじゃねえか。世の男は女を好きになるようにでき上がってるからさ。
>熊:何が「世の男は」だ。唯の女好きの癖しやがって。
>八:なあ、じゃあ聞くがよ、お前ぇが嫁を貰えねえのはお前ぇが男好きだからなのか? どこぞの寺の坊さんじゃあるまいしよ。
>熊:な、なんてこと言いやがる。言って良い冗談とそうでない冗談があるぞ。
>八:はは。ちょっとからかっただけじゃねえか。そう熱くなるなっての。・・・それとも何か? 自分が若い娘好みだってのに気が付いてて、普通じゃねえってことを気に病んででもいるのか?
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