174.【け】 『芸術(げいじゅつ)は長く人生は短(みじか)し』 (2003/03/31)
『芸術は長く人生は短し』
人間の命は短いが、優れた芸術作品は作者が死んだ後も、長くその名声や評判を残す。
★元の意味は、医術を修めるには長い年月を要するが、人生は短いから勉学に励むべきである。
類:●Art is long and life is short.「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
出典:ヒポクラテスの言葉。ラテン語のArs longa, vita brevisの訳。
人物:ヒポクラテス(Hippokrates) 紀元前5世紀から4世紀の古代ギリシアの医者。生没年不詳、紀元前460年頃。経験的知識に基づく医術を主張し、医道の基礎を確立した。「医学の父」と称される。現在でも、「ヒポクラテスの誓詞」9か条を誓う医学校が少なくない。
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「荒療治」などと勿体を付けた言い方をしたが、詰まるところ八兵衛は、磯次郎とお夏を会わせて2人の間柄を確かめてみたかっただけである。
「だるま」での報告会のときに、熊五郎や五六蔵に協力を求めた。

>熊:そんなこと言ったって、ご当人のお夏坊が会いたがらねえんだから、どうしようもねえだろ?
>八:そこはお前ぇ、昔馴染みの「熊お兄ちゃん」から頼まれりゃ、嫌とも言わねえだろ?
>熊:もう言ってんじゃねえか。「分教場には案内するけど磯次郎には会わない」ってよ。
>八:そう言うなって。小豆(しょうど)の旦那だって可哀想(かわいそう)だろ? それによ、磯次郎本人だって、このままじゃ鼻持ちならねえ小生意気なお山の大将で終わっちまう。折角(せっかく)ご立派なお頭(つむ)を持ってるってのによ。
>熊:そりゃあおいらだって、このまま知らん振(ぷ)りしようって訳じゃねえけどよ・・・
>八:じゃあ、良いじゃねえか。
>熊:また不機嫌になって、お花畑なんかに逃げ込まれたって知らねえぞ。
>八:そんときゃ、嫌われるのは熊だからよ、おいらは平気の平左ってもんよ。
>熊:戯(たわ)けたことを言ってんじゃねえ。お前ぇの申し出だなんてことは、3つの子供だって気が付くぜ。
>八:好い加減なことを言うな。賢(かしこ)い静(しずか)嬢ちゃんだってそんなの分かりゃしねえって。
>熊:例え話だっての。・・・どっちにしろ、お前ぇは暫(しばら)く口も利いて貰えねえな。
>八:暫くってどのくれえだ? 1日か? 3日か?
>熊:さあな。・・・だがよ、磯次郎が神妙に自分の間違いに気が付いて、心を入れ替えるってんなら、お夏坊からお褒(ほ)めの言葉でも貰えるかも知れねえな。
>八:ほんとか? ようし、おいらが磯次郎の野郎を、ご立派な人間にさせてやろうじゃねえの。・・・ようし、やったるぞ。
>熊:大丈夫かよ? ・・・でもま、自分から動こうって気になっただけめっけもんかな?

やがて、お夏がやってきた。

>夏:あれ? お咲ちゃんは一緒じゃないの? 何かあった?
>熊:いやなに、ちょいとばかし昂(たか)ぶっちまってな、今日連れてきたら、荒れちまいそうだったからよ。
>夏:ふうん。そう。・・・あんまり怒らせちゃ駄目よ。あの子ああ見えて繊細なんだから。
>八:あれが繊細って面(つら)か?
>夏:八兵衛さんはなんにも分かってないのよ。・・・あ、分かった。八兵衛さん、またなんか気に障(さわ)ることを言ったんでしょう?
>八:またってことはねえだろ、またってことは。
>夏:へへ。ご免なさい。言い過ぎちゃった。
>八:良いの良いの。お夏ちゃんなら何言われたって平ちゃらさ。なんだったら、もっとどんどん言って呉れちゃっても良いんだぜ。
>熊:馬鹿かお前ぇは。調子に乗るのも好い加減にしとけよ。
>八:違うんだっての。こうやって雰囲気(ふんいき)を柔(やわ)らかくして、お前ぇが話を切り出し易くしようってんじゃねえか。
>夏:なあに? あたしに相談事でもあるっていうの?
>熊:ああ。ねえ訳じゃねえが、後にしとく。

>夏:ははあ。そういうこと? ・・・嫌よ。絶対に嫌。
>八:まだなんにも話してねえじゃねえか。熊の頼みも聞いてやったらどうだ? 昔馴染みなんだろ?
>夏:それを好いことに、あたしに何かさせようって魂胆(こんたん)なんでしょ、八兵衛さん?
>八:ぎくっ。
>夏:やっぱりそうだ。あたし、絶対、磯次郎には会わないからね。お生憎(あいにく)様
>八:お、おいら、何も、そんなこと言い出しちゃあいねえぞ。
>夏:顔に書いてあるわよ。あんまり八兵衛さんの考え付きそうなことなもんで、呆れちゃってるわ。・・・何か良いことをしようってのは分かるんだけど、こればっかりは駄目。6尺(約1.82メートル)以内に寄られただけで、怖気(おぞけ)が立つわ。
>八:やっぱり駄目なのか? 6尺よりも外ならどうだ?
>夏:駄目。
>八:小豆の旦那のためでもか?
>夏:
申し訳ないとは思うけど、駄目。
>熊:・・・なあ、お夏坊。お夏坊は、今の磯次郎が嫌いなんだろ? ならよ、罷(まか)り間違って磯次郎が、真っ当な男になったら、話を聞いてやっても良いと思うか? 思わねえか?
>夏:それこそ、罷り間違ったらね。でも、今はどうあっても会わない。8尺以内に近寄るのも許さない。
>八:増えてるぜ。

取り付く島もないとはこのことである。
お夏抜きで、磯次郎攻略を推(お)し進めなければならない。
事ここに至っては、直接磯次郎に、武家のなんたるかを諭(さと)さなければならない。間違いなく、大工風情(ふぜい)には、出過ぎたことである。

>五六:あの、差し出がましいようでやすが、ちょいと提案さして貰っても良いですかい?
>八:なんだ? 良い提案だったら、なんぼでも受け付けるぞ。
>五六:お武家様は、大工の話なんぞにゃ聞く耳持たねえってのは仕方のねえことでやすよね?
>八:小豆の旦那とか、太市の旦那は良く聞いて呉れたぞ。
>五六:あの方たちは特別ですって。・・・そこででやす。あっしらの仲間内でお武家様っていうと?
>八:そりゃあ、鴨の字と、鹿の字と・・・
>五六:もっと近くにいるでしょう?
>八:真逆(まさか)、六さんなんていうことじゃねえんだろうな? ありゃあ、傘貼り浪人だぜ?
>五六:浪人だろうがなんだろうが、お武家様でありさえすれば良いんですって。それに、年の近い娘もいなさることですからね。
>熊:お咲坊は良いとして、六さんまで引っ張り出すのはどうかと思うぞ。
>五六:お飾りでさあ。要は、お咲ちゃんが全部を纏(まと)めて呉れるってことですよ。六之進さんは、そのお飾り。お武家様たちにゃあ、お飾りは必要不可欠なもんでやすからね。
>熊:ほう、言い得て妙だな。・・・分かった。六さんにはおいらから頼んでおく。で? 磯次郎の方はどうするんだ?
>五六:三吉が、ご内儀(かみ)さんに面(めん)が割れてやすから、使いに遣りやしょう。
>三:ええーっ? また小間使いですかい?
>五六:慣れてんだろ? ・・・巧(うま)いことやって呉れたら、お三千に友達を2、3人見繕(つくろ)わせるからよ。
>三:ほんとですかい? やったあ。おいらにも春が巡ってきたか。
>八:五六蔵、頼むから、おいらにも口利きして貰って呉れよな。な、きっとだぜ。
>五六:そ、そりゃあ八兄い、言われるまでもねえことでやすよ、ははは。

6人連れの団体客を見送り、卓を片付けてから、お夏が渋々近付いてきた。
六之進に出張って貰おうという話は、片耳で聞いていた筈である。

>夏:八兵衛さん、万が一、磯次郎が八兵衛さんたちの話を大人しく聞くようだったら、これだけ伝えておいて欲しいの。
>八:なんだい?
>夏:医術は、書物だけで身に付くもんじゃない。心の臓が悪い父親を持ってたあたしだって、満足に極めちゃいないの。医者っていう仕事はね、身を立てるための仕事じゃなくって、10年後の医者のために、分かったことを書き留めることが仕事なのよ。それが、百人を助けるってことなの。千人を助けるってことなのよ。・・・そんなようなことを、伝えといて。
>八:そんな長くっちゃ、おいらにゃ覚えらんねえぞ。
>熊:大丈夫だ、お夏坊。おいらがしっかり言っとく。・・・だがな、小豆様の跡を継いで、普請方にお勤めになるかも知れねえんだからな、そうなっても、恨むんじゃねえぞ。
>夏:当たり前じゃない。1人でも多いに越したことはないけど、それぞれの事情まで曲げて無理強いしたりするもんじゃないでしょ?・・・尤(もっと)も、意味もなく逃げ回ってるだけの腰抜けを労(ねぎら)ってるような暇は、あたしにはないんだけどね。
>熊:分かった。

お夏は、これが今夜の別れの挨拶よと言わんばかりに、別の卓に回っていってしまった。
名残(なごり)惜しそうに後ろ姿を追う八兵衛が、熊五郎に食って掛かった。

>八:お前ぇら、もっと分かる言葉で話しやがれ。・・・まったく、2人だけで盛り上がりやがってよ。妬(や)けるったら、この上ねえぜ、まったくよ。
>熊:八よ、どうやら磯次郎は、意外と医術に興味があるようだぜ。
>八:だからどうだってんだよ。
>熊:小豆の旦那にゃ申し訳ねえことだが、まだまだ隠居なんかしてられねえてことよ。逆に、今までより余計に稼(かせ)いで貰わなきゃならねえ。そういうこった。
>八:何言ってんだか、さっぱり分からねえ。
>熊:まあ、任しとけって。そうとなりゃ、お咲坊が人一倍活躍して呉れるだろうからよ。
>八:なんでだ? ・・・まあ、巧く行きさえすりゃあどうでも良いがよ、泣かせたりはしねえだろうな。おいら、そういうのが一番苦手なんだからよ。
>熊:大丈夫だ。・・・それに、間違いなく、磯次郎も心を入れ替える
>八:本当なんだな? よし。そうなりゃ、お夏ちゃんにとって、この八兵衛さんの株ももう、鰻登り間違いなしだな?
>熊:あんなこと言ってやがる。どう思う、五六蔵?
>五六:そこで、お咲ちゃんに取り入ろうくらいの機転が利きゃあ立派なもんなんでやすがね。
>熊:そいつは、端(はな)から
無理な相談ってもんだ。
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