82.【お】 『驕(おご)る者(もの)久(ひさ)しからず』 (2001/06/18)
『驕る者久しからず』
栄華を窮(きわ)め、勝手な振舞いをする者は、いつまでもその地位にいることはできない。
類:●奢る平家久しからず●Pride goes before a fall.
★「平家物語」の冒頭の「驕れる人も久しからず」から出来た言葉。
出典:
平家物語(へいけものがたり) 鎌倉前期の軍記物語。「徒然草」には作者として信濃前司行長の名があるが、成立年とともに未詳。12世紀末の治承・寿永期の動乱を、平清盛を中心とする平家一門の興亡を軸としてとらえ、仏教的無常観を基調に、叙事詩的に描く。古くは「治承物語」と呼ばれ、3巻または6巻の時代があったようだが、次第に加筆・増筆され、多くの異本を生じた。世に行われている一方流の語り本は12巻で、巻末に「灌頂巻」がある。語りものとして琵琶法師によって語られ、広く愛好され後世の文学に大きな影響を与えた。「平語」。
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大女将のお雅を出汁(だし)に使おうなどという、実現もしない話は、飲みの席の与太話(よたばなし)と共に流れてしまった。
天候は曇り勝ちになり、空気は湿気を帯びてきていた。また、暇な梅雨(つゆ)の季節が訪れようとしているのだ。

>八:なんか面白(おもしろ)そうなことねえかな?
>熊:確か、去年もそんなこと言い出したばっかりに、とんだ騒動に巻き込まれたんじゃなかったか?
>八:去年? なんだっけ?
>熊:ほれ、二助とお咲坊が勾引(かどわ)かされた・・・
>八:おうおう、そうか、淡路屋か。近頃とんと名前を聞かねえが、元気でやってるのかねえ。様子でも見に行ってやろうか?
>熊:止(よ)せよ。変に突付くと、本当に何か持ち上がりそうだ。平穏無事が一番良いのよ。
>八:お前ぇはそれで良いかも知れねえけど、おいらは嫌なの。ごろごろしてたら体が蕩(とろ)けちまって、雨水と一緒に流れてなくなっちまいそうだ。
>熊:そこまで大袈裟(おおげさ)なことじゃねえだろう。
>八:おいらにとっちゃあ、一大事なの。なあ、五六蔵んところに青い梅でも持ってってやらねえか?
>熊:止せったら。本人が懲(こ)りてるんだから放っておいてやれ。

源五郎の家に集まり、さあ現場へ出掛けようかとした2人は、五六蔵がまだ来ていないことに気が付いた。

>八:三吉、五六蔵はどうした?
>三:へい。昨夜兄いたちと別れた後、長屋に戻ってから独りで飲み直したらしいんで。
>八:なんだよ、飲み過ぎか? ぶっ弛(たる)んでるんじゃねえのか?
>三:いえ、飲み過ぎとはちょいと違うみたいでして・・・
>八:なんだ? 食中(あた)りか?
>三:去年も似たようなことがあったの覚えてますか?
>八:真逆(まさか)、梅を食ったのか?
>三:ちっとも懲(こ)りてねえようでして。
>熊:そんなことより、大丈夫なのか?
>三:四郎が寄ってきやしたが、どうにか大丈夫みたいです。
>八:まったく、頑丈(がんじょう)だから良いようなもんで、普通だったら3〜4人死んでるぞ。・・・それで? 今年は何個食ったって?
>四:見せて貰ってきました。三角に4段でしたから、10個。去年と同じ数ですね。
>八:何か三角に曰(いわ)くでもあるのかな?
>四:さあ、どうでしょうか? それについては何も。
>八:よし。今夜は見舞いがてらその辺のところを聞いてくるとするか。熊、お前ぇも行くだろ?
>熊:そんな酔狂(すいきょう)なことはどうでも構わねえが、心配には心配だからな。

梅雨時で仕事が少ないということもあり、一行は早目に切り上げて五六蔵の長屋へ向かった。
妹の菜々が出迎え、今は眠っているところだが構わないということで、4人を部屋に上げた。

>八:菜々ちゃんもこんな兄貴を持って大変だなあ。
>菜:これはこれで、慣れちゃえば可愛いもんです。
>八:へえ、てぇした妹だ。松つぁんに取られちまって惜(お)しいことしたな。
>菜:まあ。
>熊:端(はな)っから相手になんかされてなかったじゃねえか。
>八:そうだっけ?

>八:ときに、変なこと聞くようだがよ、五六蔵の奴、梅の種を三角に並べる癖があるそうなんだけど、なんか訳でもあるのかい?
>菜:ええ。あたしはまだ小さかったから良くは分からないんだけど、あったみたいです。
>八:何があったんだ?
>菜:五六兄ちゃんの2歳年上の一太郎って人がいて、どうした訳か、何かに付けて五六兄ちゃんと張り合いたがったらしいの。
>八:ガキ大将の島争いか?
>菜:そうでもなかったみたい。五六兄ちゃん、別に子分を連れ歩くとかしてた訳じゃないし。どっちかっていうと、好かれちゃってたみたいなの。
>八:好かれてた? 男にか?
>菜:ええ。それでね、どうしたものの弾(はず)みか、梅の実の食べ比べをしようってことになったみたいなの。
>八:毒だって知らなかったのか?
>菜:桃の実と間違っちゃったみたい。
>八:なんだと? とんだ勘違いだな。それで? その一太郎ってのは? 死んじまったのか?
>菜:そういうこと。五六兄ちゃんも危なかったんですって。
>八:でも五六蔵は平気だった。・・・それで、その一太郎って人と三角とどういう関わりがあるんだ?
>三:家紋とかですかい?
>四:そんなの聞いたことありませんが。
>菜:一太郎さんていうのが意外と実(まめ)な人で、食べ終えた後に残った種をそういう風に並べてたんですって。それを真似(まね)してるみたい。
>熊:供養(くよう)しようっていう意味もあるのかな?
>菜:多分。
>熊:真逆(まさか)毎年そんなことしてたんじゃねえだろうな?
>八:梅雨の時期になると思い出して、青梅の種で供養する。美談(びだん)じゃねえか。

>五六:・・・そんなんじゃねえんです。
>八:なんだお前ぇ、起きてたのか?
>五六:ご心配掛けて申し訳ありやせん。ちょいと調子に乗り過ぎやした。何も10個食うことなんかなかったんです。
>八:供養するには10個食わなきゃならねえんだろう?
>五六:供養だなんて、そんな気はさらさらありやせん。
>八:なんだと?
>五六:青い梅を3個食っても死なない不死身の男とかなんとかで、瓦版のねたになりゃあしねえかと思いやして。
>八:なんだと? そんな訳なのか? じゃあ、一太郎って人のことは・・・
>五六:山育ちのあっしらはちょっとやそっとじゃくたばりませんや。平気な顔で歩いて帰りましたよ。
>八:だって死んじまったんだろ?
>五六:帰りにもう2・3個取って、齧(かじ)りながら帰る途中、種(たね)を喉に詰まらせて、息詰(いきづ)まりしちまったんです。
>八:息詰まりなのか?
>五六:へい。あっしとの食べ比べとは、全く関わりありやせんでした。
>四:頑丈を鼻に掛けてる人の最期(さいご)なんてものは、そんなもんなんですかねぇ。
>八:なんだよ。随分と分かったようなこと言うじゃねえか。
>熊:だがよ、四郎の言う通りだぞ。五六蔵だって現に去年と今年死に掛けてる。まだ若いからどうにか助かってるようなもんで、いつ本当に死んじまうか分かったもんじゃねえんだからな。
>五六:以後気を付けやす。
>八:まあ、良いじゃねえか。それよかよ、太助んとこの旦那に持ち掛けて、瓦版に仕立て上げられるかどうか聞いてみようぜ。
>熊:止(や)めた方が良いんじゃねえのか?
>八:何言ってやがる。五六蔵が命を張って作ったねただぞ。使わなくてどうする。・・・いっそのこと、お涙頂戴の美談に仕立て上げちまうってのはどうだ?
>熊:お前ねえ、そんな調子の良いことばっかりしてると、いつか必ず罰(ばち)が当たるぞ。
>八:へへーんだ。八方丸く納まるんだ、文句なんか出る道理がねえ。考えてもみろ、おいらが考えた筋書きで、江戸中の庶民が、感極(かんきわ)まって涙を流すんだぞ。なんだかわくわくするじゃねえか。
つづく)−−−≪HOME