05.【あ】  『秋の日は釣瓶(つるべ)落とし』 (1999/11/29)
『秋の日は釣瓶落とし』
秋の夕日は沈み始めると忽(たちま)ち落ちるということを、釣瓶落としに喩えた言葉。
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暮れ六つ(18時頃)ともなると町のそこここに明かりが灯(とも)り始める。
夏場だと、あと一時(いっとき)ほどは明るいのに、今はもう、上弦の月が天頂(てっぺん)辺りで光っている。

>熊:もうすぐ親方が呼びに来るぞ。どうするよ。
>八:どうしよう。
>熊:まだ終わってねえとか言ってしらばっくれとくか?
>八:そんなことしたって遅かれ早かれ行くことになるんだろう。
>熊:お前ぇ、癪(しゃく)を起こしたとかで行けなくなったことにしちゃあどうだ?
>八:手前ぇ1人がご馳走(ちそう)に与(あず)かって、おいらはうちで不味(まず)い飯か? 嫌だね。お前こそ、そうしたらどうだよ?
>熊:そんなさもしいこと言うなよ。親方が店に行くんじゃぁおんなじなんだよ。そうだろう?
>八:あそうか。そんじゃあ、2人とも具合い悪いことにするか?
>熊:だけどよ、おいら頑丈(がんじょう)なのだけが取り柄(とりえ)だもんなあ。
>八:そりゃあおいらだっておんなじよ。
>熊:違(ちげ)えねえ。・・・じゃあ、何をしたって「だるま」に行くことは変わんねえのか。
>八:そうだな。ま、どうにかなるんじゃねぇのか?
>熊:それもそうだな。

2人はあれこれ考えるのは止(や)めて、後片付け始めた。

>八:今思い付いたんだがよ、どっちかが先に行って場所取りがてら、あやさんにそれとなく聞いてみるってのはどうかな。
>熊:お前ぇ、閃(ひらめ)くときには閃くねぇ。よし分かった。おいらが先に行く。
>八:なに言ってやがんだ。こういうのは思い付いた方がやるって決まってんだろう。
>熊:そんなこと誰が決めた?
>八:昔っから決まってんだよ。親方を引き止めるのは任(まか)せたからな。序(つい)でにおいらの鑿(のみ)も手入れしといてくれよな。頼んだぜ。
>熊:おいこら、待て。こら、八。 あーあ、行っちまいやがった。

そこへ親方が現れた。

>源:八の野郎、
なに慌ててやがるんだ? 俺にも気が付かねえで走っていきやがった。
>熊:へ、へい。あの店は繁盛(はんじょう)してるもんで、「一等良い席を取るんだ」って勢い込んで行きやした。
>源:そうかい、繁盛してるんだったら、酒も肴(さかな)も良いもんを出すんだろうな。
>熊:そこそこですが、干物(ひもの)も新香も塩(しょ)っぱいだけでして、決して美味いとは言えやせん。
>源:じゃあ、御足(おあし)がとんでもなく安いのか?
>熊:別に他と比べて違いはありやせん。
>源:それじゃあ何か? 親爺の気風(きっぷ)が良くて、親身(しんみ)になって話を聞いて呉れるとか。
>熊:それが愛想のねえ親爺でして。
>源:それじゃあ、掃除が行き届いて、気持ち良ーく居られるんだろう?
>熊:いいえ、小汚(こぎたな)くて、厠(かわや)なんか、呑んだ物を吐き出しちまいたくなりそうなほどで。
>源:あれも違うこれも違う。そいじゃあ、いってえどうして繁盛してるっていうんだ。
>熊:いつもは、おいらたち常連が3組ばっかり居るぐらいでして、小上がりなんか、年に3べんと使っちゃあいねえ状態でして。

>源:それじゃあ、何も、先に行くことなんかねえじゃねえか。
>熊:それがあるんでさ。
>源:どういうこった。
>熊:親父が、今日から女中を雇(やと)いまして。
>源:女中1人で店が繁盛すりゃあ、どこの店だって雇ってるだろうよ。
>熊:そいつが、ちょっと違うんで。
>源:どう違うんだ。料理がとんでもなく巧いと評判だとかか? それとも女だてらに鯔背(いなせ)で粋だだとかか?
>熊:どうしてこのお人はこうなんだろうねえ。女といやぁ「小粋(こいき)で婀娜(あだ)だろう」って、そう考えてえのが男の人情ってもんでしょうに。
>源:なんだいその「婀娜」ってのは? 「仇」なら知ってるがな。
>熊:婀娜ってのはねぇ、たよやかであでやかってことですよ。
>源:益々分かんなくなってきた。どうでも良いからさっさと行くぞ。
>熊:待ってお呉んなさいよ。八の分まで道具を手入れしねぇとなんねえんで。
>源:さっさとやれよ。こちとら気が短えんだ。

ちぐはぐな掛け合いをしているだけだったが、ある程度の時間は稼(かせ)げたようだ。
一方の八兵衛の方はどういう具合いかというと、こちらの方もまた、負けず劣らず頓珍漢(とんちんかん)な訳である。
つづく)−−−≪HOME