330.【と】 『問(と)うに落(お)ちず語(かた)るに落つ』 (2006.04.24)
『問うに落ちず語るに落つ』
問われると、用心して中々真実を語らないものであるが、何気なく語るときには、ふと真実を漏らしてしまうものだということ。
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翌朝、五六蔵は、熊五郎と源五郎に尋ねてみた。
八兵衛の行動が、どうしても腑に落ちないのである。

>五六:熊兄いは聞いてませんか、八兄いのこと?
>熊:八のこと? またなんかやらかしたのか?
>五六:やらかしたって訳じゃねえんです。・・・「だるま」に、もう5日も顔を出してねえんです。
>熊:なんだと? ほんとか? ・・・うーん、信じられねえな。
>五六:でしょう?
>源:お芳(よし)坊が熱を出したとか、そんなところじゃねえのか? 赤ん坊なんか直(す)ぐに病気んなるもんだからな。
>五六:それならそれで、そわそわしてみたり、愚痴(ぐち)の1つも出そうなもんじゃねえですか。なのに、相変わらずのご機嫌さんでやすぜ。
>源:うーん。そう言われてみると、そうだな。ありゃあ、どう見ても満足に飲み食いしてるって面(つら)だな。
>五六:そうなんですよ。心配事があるとか、腹の具合いが悪いって風でもなさそうでやすし。
>熊:・・・しかし妙だな。ここいらじゃ、あそこほど安上がりで済む縄暖簾(なわのれん)なんか、他にねえんだがな。
>五六:一黒屋(いちこくや)さんとか内房(うちぼう)のご隠居さんって線はねえんですかねぇ?
>熊:まあ、まったくねえとは言い切れねえが、4日も5日も続けてってのはな。
>五六:そりゃそうですよね。あちらさんは喜んで呉れるんでしょうが、毎日毎日集(たか)りに行くような、面の皮の厚いことはできませんよね?
>熊:そのくらいのことなら、しちまうかも知れねえがな。
>五六:しやすか?
>熊:するな。・・・でも、そんなことがあるんなら、喜んじまって、自分の方から捲(まく)くし立ててるだろうな。
>源:なんとかの刺身が出たとか、どこの酒を飲んだとかな。
>五六:そうでやすよねぇ。博打(ばくち)打ちと一緒でやす。博打で懐(ふところ)が重くなった奴は、口が軽くなるってのが相場でやすからね。
>源:喩えは変だが、通じるとこはあるな。・・・まあ、そのうち、自分の方から喋(しゃべ)るんじゃねえか?
>五六:まあ、それなら良いんですが。

そんなところに、万吉と千吉に引き摺られるようにして、八兵衛がやって来た。
昨夜は、半端(はんぱ)に飲んだものだから、いま一つ寝付けず、少々瞼(まぶた)が腫(は)れぼったい。


>八:こいつらがお行儀(ぎょうぎ)良く正座して飯なんか食ってやがるもんで。
>万:止(よ)してくださいよ、人のせいにするのは。上がり込んできて「茶漬けで良いから1杯食わせろ」って言ったのは兄さんなんですからね。
>八:へへ。そうだったっけ。
>千:私の汁椀を使ったじゃないですか。
>熊:お前ぇなあ。おいらたちと違ってこいつらは育ち盛りなんだからな。取り上げるのだけは止して呉れよな。
>八:だってよ、お湿(しめ)を替えてるとこで食う飯より、美味そうなんだもん。ちょいとむさ苦しいけどな。
>万:むさ苦しいのは仕方ないでしょう?
>千:文句を言うんなら来ないでください。
>八:まあ、そうつんけんするなって。ご愛嬌(あいきょう)みてえなもんなんだからよ。
>熊:なんだか、お前ぇに任(まか)しとくと、だんだんこいつらが悪くなっちまうような気がしてならねえんだがな。
>八:そんなことあるか。一から十までおいらのやる通りのことをやってれば、一端(いっぱし)の大工になれるんだからよ。
>熊:そいつはどうかな? ・・・ねえ、親方?
>源:まあ、大工は口や食いっぷりじゃなくて、腕だからな。全部を見習うことはねえ。
>熊:少なくとも、駆け出しもんの飯を横取りするのだけは、真似して欲しくねえもんだな。

>五六:それはそうと、八兄い。
>八:なんだ? もう仕事の打ち合わせか?
>五六:違いますよ。・・・あのですね、八兄い、近頃「だるま」に行ってねえようですが、どうかしましたか?
>八:え? ・・・ああ。なんだ、ちょっとした野暮(やぼ)用でな。
>五六:5日も続けてですかい?
>八:ま、まあそんなとこだ。
>熊:なんだか怪(あや)しいな。
>八:な、なあに。怪しいことなんかあるかってんだ。
>熊:じゃあ、どんな野暮用なんだか、はっきり言ってみろ。
>八:そんなこと聞くもんじゃねえだろ。それこそ、聞くだけ野暮ってもんだぞ。
>熊:ふうん。おいらとお前ぇの間柄(あいだがら)で、今更野暮もへったくれもあるかってんだ。
>八:それでもだ。「親しき中にもなんとか」って言うだろ?
>熊:「礼儀あり」か? ・・・ほう、随分と杓子定規を言うじゃねえか。そうまで言われちゃ、引き下がるしかねえがな。
>八:へへ。分かりゃ良いのよ。・・・さてと、仕事に出掛けるとしますかね。

熊五郎にも、何かを隠しているということだけは分かった。
しかし、問い詰めたところで、はいそうですかと答えるとは思えなかった。
唯(ただ)、いつものように、自分から襤褸(ぼろ)を出すに違いないとも考えていた。

案の定(じょう)。

>八:万吉、お前ぇ、腹が痛くねえか?
>万:別に痛くありませんが。
>八:千吉、お前ぇは?
>千:私も特には・・・
>八:妙だな? おいらだけなんか余計なもん食ったか?
>万:朝飯を2回食べたせいじゃないですか?
>八:そんなこた、日常茶飯事じゃねえか。・・・昨夜(ゆうべ)なんか食ったっけかな?
>万:さあ?
>八:何か「さあ」だよ。おんなじもんを食ったじゃねえか。
>千:八の兄さん、それは・・・
>三:八兄い、なんですか? 万吉と千吉と、おんなじもんを昨夜食ったんですか?
>五六:どこで食いなすったんで?
>四:万吉と千吉を飲みに引き連れていくってことは、まず、なさそうですよね?
>八:な、な、なんだよ、手前ぇら。こっちの話を盗み聞きなんかしてんじゃねえぞ。
>五六:聞こえちまったんだから仕方ねえじゃねえですか。
>八:そんなこと聞くなっての。

>熊:八、そんで? 何を食ったんだ?
>八:そりゃ、ええと。・・・鯵(あじ)を酢で締めた奴だ。
>熊:なんだと? そんなもん、どこで仕入れてくるんだ?
>八:組み紐屋の竜(りゅう)が棒手振(ぼてふ)りからな。
>熊:竜だと? どういう関わりがあるんだ?

諦(あきら)めた八兵衛が、経緯(いきさつ)を洗い浚(ざら)い話した。

>熊:するってえと何か? お前ぇは竜の儲(もう)けに5日間も集ったってことか?
>八:そりゃぁ人聞きが悪いってもんだ。・・・仲立ちした手間賃だろ?

>熊:手間賃なんてものはだな、ほんのちょっとで済ますもんじゃねえのか?
>八:おんなじ長屋に住んでるってのに、これまでじっくり話したこともなかったからよ。顔繋(つな)ぎよ。
>熊:ものは言いようだな。・・・まあ、あいつらが文句を言わねえんなら、それはそれで良いんだがな。
>八:言わねえ言わねえ。あいつらも喜んでるんだからよ。
>熊:そうか。・・・でもな、万吉と千吉にまで巻き添えを食わすってのは困るぞ。いくら口止めされたからって、五六蔵たちに嘘を吐いたってことだからな。
>万:済みません、熊の兄さん。
>千:済みませんでした、皆さん。
>熊:許してやって呉れるか、五六蔵、三吉、四郎?
>五六:気にしちゃいやせんって。・・・でも、どうしたんですかね?
>熊:何がだ?
>五六:家島様が組み紐を纏(まと)めて買ってくなんて。
>熊:ふむ。ちょっとばかし気にはなるな、確かに。
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