322.【て】 『出(で)る杭(くい)は打(う)たれる』 (2006.02.13)
『出る杭は打たれる』[=出る釘は〜]
1.頭角を現す者は、兎角(とかく)他人から憎まれ、妨げられるものである。
2.出過ぎた振る舞いをする者は、人から責められ制裁を受ける。
類:●出る釘は打たれる●出る杭は波に打たれる●喬木は風に折らる高木は風に嫉まる●槍打出頭鳥●Envy is the companion of honour.(嫉妬は名声の伴侶)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
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3日経(た)って、お花が三吉の足の具合いを見に行くと、昼間だというのにお町が介護に来ていた。

>花:おや、お町ちゃん。
>町:まあ、お花さん。出歩いたりなんかして大丈夫なんですか?
>花:ええ。まだ暫(しばら)く平気よ。丁度三吉さんの足が良くなるのと一緒くらいになるんじゃないかしら。
>町:それにしても、なんだか大変そう。
>花:身体(からだ)を動かした方が良いんですって。お義母(っか)さんから言われちゃったの。
>町:重くないの?
>花:ずうっとこうなんだもの、慣れちゃったわ。・・・さあて、あんまり長居してもお邪魔そうだから、さっさと診(み)て帰るわね。
>町:そ、そんなことないのよ。ゆっくりしてって。別に・・・
>花:分かってるって。今はまだ手探(てさぐ)り。そういう時期ってのが大事なものよ。
>町:な、なんのこと?
>花:もう少ししたら、お父つぁんにちゃんとお話しなさいね。
>町:あ、あたし、あの・・・
>花:それと、親方んとこのお内儀(かみ)さんにもね。・・・まったく、あの人の手に掛かると、あたしたちみんなお釈迦様の手の内の猿(ましら)みたいね。
>町:何それ?
>花:そういうお話があったんだってさ。あたしも良く知らない。

お花は三吉の足の腫(は)れの様子を確かめて、満足そうに頷(うなず)いた。
袂(たもと)から新しい膏薬(こうやく)を取り出して貼り、木を添えて、サラシを巻き直した。

>花:順調みたい。流石(さすが)に、鍛(きた)え方が違うわね。
>三:でも、まだ痛みますよ。
>花:何を言ってるの。まだ3日じゃないの。・・・でも、ぐんと楽になったでしょう?
>三:ええ。そりゃもう。
>花:もうちょっとして、腫れが引いたら杖(つえ)を突いて歩いても大丈夫よ。
>三:ほんとですかい?
>花:でも、お酒は駄目。遠出も駄目。あたしが良いっていうまで、お仕事も駄目。
>三:やっぱり駄目尽(づ)くしですか。
>花:生涯(しょうがい)杖を突くようになりたくなかったらね。・・・お町ちゃんは、無茶をしでかさないようにちゃんと見ててね。
>町:は、はい。

もう一度満足そうに頷くと、お花は、大きい腹を抱えるようにして帰っていった。

>町:ねえ、お花さんって、ちょっと感じが違ってない?
>三:2、3日前に、五六蔵兄貴ともそう話をしてたとこだよ。八兄いに似てきたって。
>町:ああ。そういうことなの? 夫婦(めおと)って似ちゃうものなのかしら?
>三:そうとも限らねえんじゃねえかな? おいらの二親(ふたおや)はあんまり似てなかったぜ。
>町:いつ頃亡くなったの?
>三:もう10年も前のことさ。おっ母(か)ぁは病気で。親父(おやじ)は酔っ払いの喧嘩を止めようとして。
>町:喧嘩の仲裁(ちゅうさい)?
>三:ほら、家(うち)は代々(ざる)だって話したろう? 今にも殴(なぐ)り合いになりそうだってんで、止めたのよ。そしたら、どういった拍子(ひょうし)にか、「少しくらい酒が強いからって威張(いば)るな」なんてことなってな。ドンと胸を突かれて縁側から落っこちて、打ち所が悪かったんだとよ。呆気(あっけ)ねえ死に方だったな。
>町:まあ。可哀想(かわいそう)に。
>三:なあに、日頃っからお節介(せっかい)だったからな。いつもだったら、おっ母ぁが抑(おさ)えて呉れたんだけどな。
>町:じゃあ、同じ頃に?
>三:「後を追うように」って奴さ。おっ母ぁの葬式の直ぐ後だったからよ。・・・そういう見方をすると、仲が良い夫婦だったかな。
>町:「お前百までわしゃ九十九まで」ってとこね。
>三:そんなご立派なもんじゃねえさ。
>町:助けて助けられて。良いわね、そんなのも。
>三:ま、まあな。


>町:序(つい)でに聞いて良い? ・・・なんでこっちに出てきちゃったの?
>三:なんだか、親父と一緒に飲んでた人らがあんまり済まなそうな顔をするもんでよ、居心地が悪くなっちまって。
>町:田舎(いなか)の家はどうしてきちゃったの?
>三:家ってったって小作の百姓だからな。なんにも言わねえでおん出てきちまった。
>町:そうなの。それじゃ、ほんとに天涯孤独なのね?
>三:まあ、そういうことだ。
>町:・・・ねえ。お正月は、あたしの家で過ごさない? そのくらいなら遠出のうちに入らないでしょう? ・・・それに、その方があたしも助かるし。
>三:そ、そりゃあ・・・
>町:お父つぁんにはちゃんと話すから。源五郎小父(おじ)ちゃんとあやさんにも話す。
>三:良いのか?
>町:うん。きっと許して貰う。だって、ここにこうして通って来るのって、見る人によっては、よっぽど怪しいじゃない?
>三:それもそうか。午之助(うまのすけ)父つぁんが許して呉れるってんだったら、おいらには願ってもねえことだ。
>町:それじゃ、そういうことにしましょう。

新年(=新暦の2月初旬頃)は、もう直ぐそこまで来ていた。
今年は雪も降らず、大工仕事の方も順調に進んでいる。茶室の方は、楽々年内に完成しそうである。

>八:しかし、返す返す言うがよ、「犬小屋」が先で、母屋(おもや)は年が明けてからで良いってのが妙だよな?
>熊:だから言ってんだろ。家主(いえぬし)さんの言うことには従ってりゃ良いんだってよ。
>八:でもよ、6人で手分けして掛かりゃ、良いとこまでできちまうぜ。
>熊:そりゃあ、独楽鼠みてえに働けばなんとかなるかも知れねえが、それじゃあ、細かいとこまでちゃんと手が回らねえだろう?
>八:細かいとこなんてのは、半次と松つぁんとでやって呉れるんじゃねえのか?
>熊:まあ、建具と飾りで十分ではあるがな。・・・でも、なんてったって家主さんが・・・
>八:「家主、家主」って、お前ぇも堅(かた)いことばっかり言うねえ。良いじゃねえかよ。やっちまおうぜ。
>熊:お前ぇはどうしてそんなに急ぎたがるんだ? なんか魂胆(こんたん)でもあるんじゃねえのか?
>八:そんなもんあるもんか。・・・おいらは唯(ただ)、先に遣っ付けちまえば、正月の休みを1日や2日伸ばして貰えるかも知れねえと思ってだな。
>熊:なんだ。・・・するってえと何か? お前ぇは、お節(せち)とお屠蘇(とそ)のためにそんなことを言ってやがるのか?
>八:悪いか。
>熊:おっ、開き直りやがったな?
>八:良いじゃねえかよ。それによ、お花の奴の腹だって、もうこーんなになってるんだぞ。お前ぇは心配じゃねえのか?
>熊:お節より先に言い出してたら、ちっとは考えてやろうって気になってたかも知れねえがな。
>八:駄目?
>熊:何を今更言ってやがる。駄目に決まってんだろ。

源五郎親方は、本当に三吉と四郎を八兵衛の弟子に移そうと考えているのだろうか?
それより、三吉と四郎は、こんな八兵衛でも良いのだろうか? 熊五郎は、源五郎の心中を測(はか)り兼ねていた。

そんな頃、身重(みおも)のお花は、あやのところまで足を延ばしていた。

>花:三吉さんの足は、あと半月くらいで治(なお)りそうです。
>あや:そう。良かったわ。・・・お町ちゃんは?
>花:好い感じみたいです。なんだか、気持ちも固まったみたい。
>あや:ほんと?
>花:甲斐甲斐(かいがい)しくやって呉れてますよ。御飯の面倒もちゃんと見てますし。
>あや:それは助かったわ。どうなることかって長々と気を揉(も)んじゃった。
>花:そんなこと言って。企(たくら)み通りなんでしょう?
>あや:「企み」だなんて人聞きの悪い。・・・親方がずっと気に病んでたことだもの。2人が両方ともちゃんとその気になって呉れないとね。
>花:初めから「そういう話で進んでいる」って言っちゃっても良かったんじゃありません?
>あや:今となってみれば、それでも良かったって言えるけど、ほんとに分からなかったのよ。三吉さんの方の気持ちがはっきりし過ぎちゃってたってのも、お町ちゃんの心を決めるのには反対に働いちゃってたみたい。

>花:追い掛けられると逃げちゃうってことですか?
>あや:そういうことね。・・・内緒だけど、私も初めの頃はちょっと腰が引けちゃってたのよ。
>花:あら、あたしも。
>あや:夫婦が一緒になるときって、案外そんなものなのかも知れないわね。・・・ほんとに内緒よ。
>花:今が幸せそうだもの、それなら良いんじゃないですか?
>あや:お花さんもね。・・・ああ、そうそう。内緒序でにお話しとくわね。家の親方ったら、三吉さんと四郎さんを、八兵衛さんの弟子として付けるつもりらしいから、覚悟しといてね。女将(おかみ)さんになる訳だから、お産明け早々忙しくなるわよ。
>花:ええっ? ほんとなんですか? どうしよう。
>あや:熊五郎さんのところと違って、2人とも一人前だから、その点は安心できるわね。
>花:女房のあたしが言うのもなんですけど、あの人は人の上に立つような質(たち)じゃないと思うんです。
>あや:そうでもないわよ。人から疎(うと)まれないっていうところが、八兵衛さんの取り柄(とりえ)。頼りになるかどうかは二の次でも良いんじゃない?
>花:人一倍食い意地が張っているところは、褒(ほ)められたもんじゃないですけどね。
(第38章の完・つづく)−−−≪HOME