242.【す】 『杜撰(ずさん・ずざん)』 (2004.07.26)
『杜撰』
1.詩文などで、典拠が正確でないことを述べること。誤まりが多い著作。
2.誤まりが多く、好い加減なこと。ぞんざいで手落ちが多いこと。 例:「杜撰な工事」
類:●出鱈目好い加減
故事:野客叢書−二〇」 宋の杜黙(ともく)の作詩が、多く詩の律(=規則)に合わなかったことによる。「杜」が「撰」した詩、から。
出典:野客叢書(やかくそうしょ) 中国、南宋。王楙(勉夫)。30巻。中国の経学・史学・文学のあらゆる分野に亘っての、故事についての評語が記されている。
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翌日も、朝から猛暑だった。梅雨(つゆ)がないまま夏になってしまうのか、という気さえする。
午(ひる)過ぎから、お十三の両親を、源五郎とあやが訪(たず)ねることになっていた。
友助も一緒に行くことになった。

>八:いよいよ祝言(しゅうげん)の打ち合わせですかい?
>源:まだそこまでいってねえ。早まるな。
>八:またまた。おいらを騙(だま)そうったってそうはいきませんよ。
>源:騙すも何も、そういうことなんだから仕方がねえ。
>八:だって、お十三ちゃんは友さんにぞっこんだそうじゃありませんか。
>源:だからって、はいそうですかって訳にはいかねえものなの。
>八:でも、巧くいったら祝言なんでしょう? ほら、友さんだって好い年なんだし。
>源:俺と同じだ。どこが好い年だ?
>八:あいや、なんです、嫁を取るのには丁度良いってことですよ。ね?
>源:まあ良い。だが、浮かれてばっかりもいられねえんだからな。なんてったって、母(かあ)ちゃんが反対してるってんだからな。
>八:そりゃあいけねえ。途中で職を替えたのがいけねえんですかね? ・・・そんなら、十分に立派にこなしてるって、びしっといってやってお呉んなさい。そうすりゃ決まりですって。
>源:お前ぇは能天気で良いよな。・・・ま、こっちとしちゃ、誠心誠意頼んでくるしかねえんだろうがな。

>八:宜しくお願いしますよ、親方。
>源:お前ぇが頼む筋合いじゃねえだろう。
>八:とんでもねえ。友さんの件が片付かなきゃおいらの方に順番が回ってこねえじゃありませんか。それに、折角(せっかく)腹踊りをご披露しようってのに。
>源:なんだと? あれをやるってのか?
>八:偶(たま)には良いでしょう?
>源:うーん。前にやったときは甚兵衛(じんべえ)父つぁんが死にそうになったんじゃなかったか?
>八:ありゃあ、食ってた雑煮(ぞうに)の餅を詰まらせただけでしょう? 踊りを見たくらいで誰が死にますかって。
>源:分かったよ。・・・まあ、俺も久し振りに見てみてえしな。
>八:やったあ。

昼食を食べ終わったころにあやが迎えにきて、その足でお十三の家へと向かっていった。
抱かれた慶二は暑さには強いらしく、きゃあきゃあと愛想(あいそ)を振り撒(ま)いていった。

>熊:さてと、ここもあと少しで仕上がるな。ささっとやっちまうか?
>八:お前ぇも相変わらずだな。折角親方がいなくなったんだからのんびりしようぜ。なあ?
>熊:いなくなったってったって半時(=約1時間)もすりゃ戻ってくるんだぜ。ちっとも進んでねえとなりゃ雷が落ちるのは目に見えてるだろ。
>八:話がとんとん拍子にいってりゃそんなことにも気が付かねえさ。
>熊:そんな訳あるか。
>八:上(うわ)っ面(つら)だけちょちょいとやっときゃばれやしねえって。
>熊:お前ぇなあ、そいつは手を抜くってことだろ? そんな好い加減なことをしてたら、後々誰も仕事を出しちゃ呉れなくなるぞ。親方の名前にだって傷が付いちまう。
>八:そうか。そりゃあ困るな。将来の親方としちゃあ、そいつはおいらの傷になっちまうもんな。
>熊:お前ぇが元なんだっての。

>三:ねえ八兄い、その、甚兵衛さんが死にそうになったってのはいつのことなんですかい?
>八:そうさな、6年か7年前かな。なあ熊?
>熊:7年前だ。おいらたちが30丁度の年だったろう?
>八:そうか。大家の爺さんの還暦(かんれき)祝いだとかいって、少ない材料を持ち寄って雑煮を拵(こさ)えたんだったな。
>熊:お前ぇは食い物のことしか覚えてねえのか、まったく。
>三:そんで、ほかの人たちはどうだったんですか? 六之進様とかお咲さんとか、半次さんとかは?
>八:そりゃあお前ぇ、長屋の奴らの中には、おいらのお父つぁんの腹踊りを見たことがあるのもいるからよ。
>熊:天下一品だっていう評判だったもんな。

>八:あんなことにならなきゃな・・・
>熊:そうだな。評判を取るのも善し悪(あ)しだよな。
>八:巧くすりゃ提灯(ちょうちん)持ちから太鼓持ちくらいにはなれたかも知れねえのによ。
>熊:それじゃあ一緒だっての。暖簾(のれん)を分けて貰って、お店(たな)持ちくらいになっとかねえとな。
>八:だってよ、提灯より太鼓の方が重いぞ。そっちの方が偉いんじゃねえのか?
>熊:そんなもん御幣(ごへい)持ちでも看板持ちでも一緒なの。あんまり誉(ほ)められたもんじゃねえから、そんな呼び方の職には就(つ)かせるな。人聞きが悪過ぎる。
>八:そうなのか? でもよ、提灯持ちのまんまで死んじまったんだから仕方がねえ。
>熊:だから、提灯持ちなんて言うなってんだ。「お店(たな)の旦那の小間使い」って言っときゃ良いの。
>八:そうか。なんだか分からねえけど、そういうことにしとこう。

御託(ごたく)を並べながらも、手だけは動かしていたので、仕事はそれなりに進んでいた。
三吉が「そろそろ一休みしませんか」と言った頃には、その日の予定の分まで済んでしまっていた。

>四:それにしても親方たちは遅いですねえ。
>五六:揉(も)めてるんでやしょうか?
>熊:どういう話に進展してるかは知らねえが、今日はこっちには帰ってこねえかもな。
>八:それってえのは何か? おいらたちを働かしといて、あっちじゃ銚子を傾(かたむ)けながら宜しくやってるってのか?
>熊:そうは言ってねえよ。
>八:いや、事は祝言話だぞ。手打ちとなりゃあ祝杯を挙げるって相場は決まってるじゃねえか。
>熊:そりゃあそうかも知れねえが、だからって親方たちを責められねえだろう? 良いじゃねえか、お目出度いんだったらよ。
>八:目出度いのは良いことだがよ、早めに終(しま)って良いぞとか、今夜は多めに飲んでも良いぞとか、そういう報(しら)せくらいねえもんか?
>熊:そんなこと言ったって、3人しかいねえんだから仕方がねえだろう? それとも何か? ご当人の友さんに報せに来いって言うのか?
>八:そりゃあ無理だがよ、そこいらで遊んでる子供らにちょいと握(にぎ)らせれば済むことじゃねえか。
>熊:何もそこまでしなくたって、こっちだって年端もいかねえ餓鬼じゃねえんだから・・・

>八:そうか。そういうことならこっちにだって考えがある。とっとと片付けて飲みに行っちまおうぜ。
>熊:待てったら。・・・そんじゃこうしようじゃねえか。三吉にでも遣いに行かせて、今日の分は終わったから帰るって、こっちから報せに行く。その間、お前ぇは日陰で休んでりゃ良い。
>三:へ? またおいらですかい?
>五六:三吉だと、迷いやしませんか?
>熊:あ、そうか。行ったっきり梨(なし)の礫(つぶて)ってことになるかも知れねえな。
>八:そうだよ。駄賃(だちん)に梨食ってこられちゃ堪(たま)ったもんじゃねえもんな。
>熊:そういう意味じゃねえってんだ。
>八:四郎なら真面目(まじめ)だから、梨も西瓜(すいか)も食いやしねえだろ。
>四:はい。構いませんよ。おいらが行ってきましょう。
>熊:済まねえな。
>四:いえ。序(つい)でに、成り行きを聞いてきます。後で報告します。

陽炎(かげろう)が立ち上る道を、四郎は走っていった。まだまだ暑そうである。

>八:なあ、「梨の冷(つめ)てえの」ってどこに行きゃあ買えるんだ? おいらも食ってみたくなったな。
>熊:だから違うって言ってるじゃねえか。礫だよ、礫。
>八:それって石っころのことか?
>熊:そうだよ。
>八:なーんだ。食いもんじゃねえのか。四郎の野郎、石でできた梨なんか好きなのか? おいらだったら欲しいとも思わねえけどな。
>熊:お前ぇ、本気で言ってるのか?
>八:なんだ、熊? お前ぇも集めてんのか? おいらは、良い道楽とは思わねえぞ。
>熊:お前ぇ、無茶苦茶だな。
>八:何がだ?
>熊:梨の礫ってのはだな、行ったっきり帰ってこねえってことだ。鉄砲玉(てっぽうだま)とおんなじこと。
>八:鉄砲漬(づ)けの方が美味(うま)そうだけどな。
>熊:お前ぇはなんでも食い物だな。
>八:悪いか? そいつがおいらのおいらたる所以(ゆえん)じゃねえか。
>熊:そんじゃあよ、「糸が切れた凧(たこ)」って言ったら、なんて聞こえるんだ?
>八:「岩牡蠣(いわがき)」と「取れたての蛸(たこ)」。
>熊:巫山戯(ふざけ)てるんだか、ほんとに間違ってるんだか分かったもんじゃねえな。
>八:さっきから小難しいことを言ってるがな、おいらにとっちゃ梨だろうが漬け物だろうが蛸だろうがなんだって良いの。ちまちまと文句ばかり言ってねえで、飲みに行く心支度(こころじたく)をしておけってんだ。
>熊:一遍(いっぺん)こいつのお頭(つむ)を開けて、中身を見てみてえもんだぜ。
>八:金太楼(きんたろう)の饅頭(まんじゅう)みてえに、中までぎっしり餡子(あんこ)が詰まってるのよ。
>熊:瓢箪(ひょうたん)みてえになってると踏んでるんだがな。振るとからから音がするぜ、きっと。
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