230.【し】 『正直(しょうじき)の頭(こうべ)に神宿(やど)る』 (2004/05/06)
『正直の頭に神宿る』
正直な人にはいつか必ず神様の助けがある。神様は正直な人を守護し給(たま)う。
類:●神は正直の頭に宿る
反:●正直者が馬鹿を見る
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明くる日、およねが産気(さんけ)付いたということで、四郎は朝から仕事を休んだ。
五六蔵が抜けるのも時間の問題ということで、熊五郎と友助は目が回るような思いをしていた。
一方、八兵衛と三吉は、角蔵の指図(さしず)に従って、順調に仕事をこなしているようだった。
夕方戻った八兵衛は、源五郎に「明日で終わりそうですから、明後日(あさって)には合流できますぜ」と伝えた。

>源:どうだ、角蔵さんの仕事っ振りは? 大したもんだろう?
>八:へい。1つ片付くと、もう次の準備が整ってるって感じですよ。材木の仕入れ方ですかね、ありゃあ。とんとん拍子ってのは、ああいうのを言うんですね。
>源:そうか、そんなに凄いか。
>八:凄(すげ)えのなんのって、三吉なんか魂消(たまげ)過ぎて、咥(くわ)えてた釘を飲み込んじまうほどでしたよ。
>三:死んじまいますって。
>源:ほう、そうか。こいつぁあちょっと、見習わなきゃいけねえかも知れねえな。
>八:明日辺り、親方も見にきてみちゃあどうですか?
>源:そうさな。五六蔵次第だが、半日くらい抜け出しても平気かもな。
>熊:ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。その間こっちは、おいらと五六蔵と友さんとでやってなきゃならねえってんですか? そりゃあ困りますよ。
>源:まあ良いじゃねえか。明後日には八たちも戻ってくるんだからよ。1日くらい忙しい思いをしたってくたばりゃしねえ。
>熊:そりゃあないですよ。師走(しわす)んときでもう懲(こ)り懲りですよ。
>源:師走にできたんなら、明日できねえって道理はねえじゃねえか。・・・友助も気張れよ。
>友:は、はあ・・・

>熊:そんじゃあ親方、友さんに鋸(のこ)を持たしても良いってことですかい?
>源:そいつはまだ駄目だ。友助は今まで通りのことを・・・。あ、そうだ。
>熊:なんでやすか?
>源:今思い付いたんだが、友助、明日はお前ぇも俺と一緒に来て呉れ。
>友:良いんですか?
>源:お前ぇさんには、ちょいとばかしやって貰いてえことがある。
>熊:ってことは、おいらと五六蔵の2人ですかい? そりゃあねえですよ。
>源:半日だけだ。朝のうちはちゃんと手伝ってやる。
>熊:ほんとですね? また急に元締めから呼ばれたなんてことにはならないでしょうね?
>源:大丈夫だ。・・・多分な。

源五郎は何やら1人納得して、奥へ引っ込んでしまった。
熊五郎はがっくりと肩を落として、恨めしそうに奥の方を見ていた。

>八:なあ熊、決まっちまったことは仕方がねえ。明日は明日だ。今晩は今晩だってことだからよ。酒でも飲んで気を紛(まぎ)らわそうぜ。
>熊:そういう気分にはなれそうもねえ。
>八:まあそう言うなって。おいらが慰(なぐ)めてやるからよ。
>熊:お前ぇに慰められたって嬉しかねえや。
>八:そんじゃあ、お咲坊にでも声を掛けようか?
>熊:よ、止せったら。手前ぇは飲む前から、もう酔っ払ってるのか?
>八:おうともよ。おいらはな、飲むほどに酔いが醒(さ)めてって、お頭(つむ)がはっきりしてくるのよ。
>三:そうは見えないんですけど。
>八:何を? ようし、証(あかし)を立ててやるから見ていやがれってんだ。・・・おい、熊。お前ぇにも見せてやるから来い。
>熊:結果は見えてるがな。・・・仕方ねえ、茶番(ちゃばん)に付き合ってやることにするか。
>八:何が番茶(ばんちゃ)だ? 茶じゃねえよ。酒だってんだ。番茶はな、十八になった鬼が啜(すす)ってりゃ良いの。
>熊:訳が分からないこと言ってねえで、飲みに行くんなら行く。止すんなら止す。
>八:行くに決まってんじゃねえか。お前ぇのために行くの。そうだろ? な?

熊五郎のためだとかなんだとか言っておきながら、八兵衛は自分で飲み食いを楽しみ、好きなことを喋り捲(まく)って、勝手に酔った。
まったくもって、身勝手な酒飲みである。

>熊:どうにかならねえもんかな、こいつの質(たち)はよ。
>三:そりゃあ無理ってもんですよ。習い性となるとか言うじゃねえですか。
>熊:そりゃあそうだけどよ。こいつの悪いとこをぎゅうっと締(し)め上げて呉れる女房でもいりゃあ、しゃきっとするかも知れねえぞ。
>三:成る程。男なんて生き物は女房1人でがらりと変わる、でやすね?
>熊:そりゃあ、全部が全部って訳じゃねえがな。
>友:・・・変わってみたいもんですよねえ。
>熊:な、なんだよ友さん、藪から棒に。何を言ってるのか分かってるのかい?
>友:そりゃあ分かってますとも。私もね、真面目(まじめ)一本できましたが、そういうのももう飽きてきたということです。力仕事をして、汗を流した分をここで補給する。こういう暮らしに向く性分(しょうぶん)に変わりたいのです。
>熊:確かに、そいつは見上げた心意気ですよ。しかし何もそんなに思い切らなくっても・・・
>友:だから言っているのです。女房1人が変わるきっかけになるのなら、それを頼みにしたいのも当然のことでしょう?
>熊:しかしねえ。友さんはそういう風だから良いんじゃないですか。なあそうだろ、三吉?
>三:へ、へい。今のままで良いと思いますよ。
>友:まあ、そう言って呉れるのは有り難いですよ。・・・でも、この年から始めて、一人前の大工になれる訳もない。熊さんたちの足を引っ張るだけでは心苦しいんです。

>花:あの。・・・盗み聞きしちゃったみたいで悪いんですけど。あたしの知り合いの人と会ってみる気はありませんか?
>熊:お花ちゃん、そいつは真面目な話かい?
>花:勿論です。ちょっとばかし薹(とう)は立っちゃってるんですけど、中々どうして威勢の良い方です。
>友:ぜ、是非(ぜひ)お願いします。威勢の良い方なら願ってもないことです。
>三:そんなに簡単に決めちゃっても良いんですか?
>友:良いのです。こんな私でも構わないと言って下さる人であれば、こちらとしては何も求めません。
>三:おかちめんこでもですかい?
>友:そんなこと、一番どうでも好いことじゃありませんか。要は、間に立って呉れるお花さんが親身(しんみ)に考えて呉れる人かどうかということです。私は、お花さんの気持ちを疑いませんから。
>三:へえ。できたお人ですねえ、友さんは。おいらにゃ真似(まね)できねえな。
>熊:それだけ、たくさんの人を見てきたってことだろうな。おいらたちみてえな青二才とは年季が違うよな。
>友:そんなもんじゃないですよ。身の程を弁(わきま)えているというだけのことです。
>三:それにしても凄いですよ。
>花:それじゃあ、明日か、遅くとも明後日には本人と話してみますね。

>三:なあお花ちゃん。薹が立ってるって言ってたけどよ、年はいくつなんだい?
>花:あたしの2つ上だから、26でしたか、・・・確かそうです。
>三:なんだって? ちょっと待って呉れよ。そりゃあ、おいらとの方が釣り合いが取れる年頃じゃねえかよ。おいらのことも話して呉れよ。
>花:だって、「真面目を絵に描いたような人が良い」って言うんですもの。三吉さんや八兵衛さんじゃ無理でしょう?
>三:八兄いと一緒にしねえで呉れよ。そう思われねえようにするにはどうしたら良いかって、近頃、そればっかり考えてるんだからよ。
>花:友助さんみたいに、自分のことより誰かのことを思うようにならなきゃ無理かも知れませんね。
>三:おいらそういう風には見えねえかい?
>花:全然。
>三:八兄いは?
>花:八兵衛さんの方がちょっとはあるかも知れませんね。こうは見えても。
>三:そりゃあ解(げ)せねえな。こんな相手のことなんかお構いなしで、勝手に寝ちまうような八兄いなんだぜ。
>花:少なくとも、誤魔化(ごまか)したり、小さな嘘を吐(つ)いたり、そういう小手先のことはしないでしょう?
>三:全部が冗談みてえな人ではあるんだけどね。・・・まあ、そういう見方をすればそうだな。見え透いた冗談しか言わねえもんな、だからってって、おいらが嘘吐きだなんて思い込まねえで欲しいな。
>花:分かってはいるんですけど。・・・やっぱり、年季ってことなんでしょうか? でも、こんな考え方をするのって、あたしだけかも知れませんけど。
>熊:ふうん。こんな能天気野郎でも、ちっとは認めて呉れる娘もいるんだな。捨てる神あればなんとやらだな。

卓に突っ伏している八兵衛は「うん? 呼んだか?」と顔を上げたが、また直ぐに寝てしまった。
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