215.【し】 『肉(しし)食った報(むく)い』 (2004/01/19)
『肉食った報い』
神の使いである鹿の肉を食った報いに罰を受けるということで、悪事をした当然の報い。
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翌朝、友助は4つ(8時頃)前に来てしまった。源五郎はまだ朝飯を食べている最中だった。
居間へ上がるようにと、あやが勧めたが、「いえ、ここで待たせて貰います」の一点張りだった。
作業部屋には大工道具が整然と並べられ、材木や木っ端(ぱ)が所狭しと散らばっていた。
友助は、それらを興味津々(しんしん)に眺め回していた。

>源:随分早いんだな。
>友:急(せ)かしちゃったようで申し訳ありません。
>源:なあに。早飯早糞は大工の常だ。構わねえってことよ。・・・それより、ここじゃ寒くてしょうがねえんじゃねえか?
>友:寒さがどうのなんて考えてる余裕もありませんでした。喜びと不安が半々で、複雑な気分です。
>源:そうだろうよ。・・・ま、気負い過ぎねえようにな。職人は一人前になるのに3年は掛かるんだからな。
>友:3年ですか。先は長いですね。
>源:嫌だとは思わねえのかい? 大店(おおだな)で手代までやった人間なんだからよ。何が悲しくて若造職人の下働きをしなきゃならねえのかって。
>友:手代といっても下働きのようなものです。自分がしたいことなんて、何一つさせて貰えないんですからね。大店というところは、そういうところなんです。
>源:そうか。まあ、そういう了見なら、続くかも知れねえな。・・・まあ、そんなとこに突っ立ってねえで、こっちへ上がれや。うちの家族に会わしとくからよ。
>友:は、はい。宜しくお願いします。
>源:予(あらかじ)め断わっとくが、俺の母ちゃん、つまり大女将(おおおかみ)はうちで一番がらっぱちだからよ、「御座います」だなんていう口の利き方をすると張り飛ばされるから注意しとけよ。
>友:はあ・・・

間もなく4歳(数え年)になる静(しずか)は、相変わらずのお転婆で、友助が居間に入った途端に体当たりを食らわせてきた。
「なあんだ、八じゃないのか」と、こともなげに言って、あやの方へ逃げてしまった。

>源:親父(おやじ)、こいつが友助だ。宜しく頼むぜ。
>友:ご厄介になります。
>棟梁:お前ぇさん、力仕事は大丈夫なのかい?
>友:は、はい。だいぶ鈍(なま)ってるとは思いますが、足腰は健康ですので、やがて慣れると思います。
>棟:そうかい。それじゃあ宜しく頼むぜ。・・・と言っても、お前ぇさんの親方は源五郎だからな。泣き言垂れたって俺は聞く耳なんか持たねえぜ。
>友:はい。慣れてますから。
>源:酷(ひで)え物言いだな、まったく。棟梁とは思えねえぜ。・・・そんでもって、そこにいるのが大女将だ。
>友:宜しくお願いします。
>雅:一日でも早く食い扶持(ぶち)を稼(かせ)げるようにお成りよ。そうじゃなくたって大食らいが3人もいるんだからね。
>源:五六蔵と八兵衛の2人だろ。俺まで勘定に入れるなってんだ。
>雅:そうかい。そりゃあ失礼をしたね。・・・それにしても、なんだってお前のところにばっかり弟子が集まるのかねえ? それも、選りに選って一癖も二癖もありそうなのばっかり。
>源:そんなの、俺の方が聞きてえよ。
>雅:きっと、昔世話になった恩人にでも、足を向けて寝てるせいだろうよ。
>源:そんなことするかってんだ。

残りの弟子たちも、日頃より早めにやって来た。物珍しいものは気になって仕方がない質(たち)なのだ。
尤(もっと)も、八兵衛に至っては、弟弟子を迎えるなどという気は毛頭なく、少しでも早く「一黒屋」のご隠居に紹介したくて仕方がないのである。

>八:親方ぁ、みんな出揃(でそろ)いましたぜ。引き合わせてくださいよ、もう来てるんでしょう?
>源:・・・なんだお前ぇたち、随分早えじゃねえか。
>八:そりゃあ、大店を辞めて大工になろうなんていう
お人好し、じゃなくってええと、奇特(きとく)なお人なら、誰だって見てみてえですぜ。
>源:自分から進んで辞めた訳じゃねえってんだ。そこんとこは間違うなよな。・・・おい、みんなに顔を見せてやりな。
>友:友助といいます。
>八:おいらは八兵衛ってんだ。年は下だが、一番弟子だからおいらの方が兄弟子だぜ。
>友:宜しく面倒を見てください。
>八:こいつは熊で、厳(いか)ついのが五六蔵、敏捷(はしこ)そうなのが三吉で、末成(うらな)りの瓢箪(ひょうたん)みてえなのが四郎だ。覚えたかい?
>友:そんなに一遍には無理です。
>八:駄目だなあ。お夏ちゃんなんか全部覚えちまったぜ。
>熊:あっちの方が特別なの。・・・ああ、おいらは「熊」だけじゃなくて、熊五郎だ。今月は特に忙しくって、昨日から3箇所に分かれて仕事をこなしてるんだ。おいらが1人だから、暫(しばら)くの間はおいらに付いて貰うことになる。
>八:待てよ。お前ぇんとこだと、ご隠居さんのとこにはちょっと遠いじゃねえか。それじゃあ困るんだよな。
>熊:困るってったって仕方ねえだろ。大工仕事ってのはよ、1人じゃどうにもならねえんだよ。
>八:それじゃあこうしよう。三吉をやる。それなら文句はねえだろう?
>熊:三吉はお前ぇんとこのを始めちまってるじゃねえか。途中から替わっちまったら段取りが狂っちまうだろ?
>八:そんなことないない。三吉ごときいなくったって仕事は回るから。
>三:そいつは酷えですぜ、八兄い。
>源:五月蝿(うるせ)えな。ぐだぐだ言ってやがるんじゃねえ。決めるのは俺だ。・・・当面、友助は俺と一緒に回る。
>熊:ちょ、ちょっと待ってくださいよ、親方。するってえと、おいらは当分1人てことですか? そりゃあねえですよ。
>源:口答えは許さん。

源五郎は奥へ引っ込んでしまった。
熊五郎はへなへなと座り込んでしまった。(「当分」というのは一体何日間なのだ?)

>八:なんだよ。そんじゃあ、ご隠居のとこへなんか連れていけねえじゃねえか。・・・うーん、参ったな。
>三:きっと、親方は八兄いの魂胆なんか、みんなお見通しなんですよ。
>友:私がどちらに付くかということは、そんなに重要なことなのですか?
>八:ああ、重要だとも。折角(せっかく)・・・
>三:八兄いはね、友助さん。あんたをあるお店(たな)の番頭か、然(さ)もなきゃ養子に仕立て上げちまおうって思ってるのさ。
>友:ですが、私はここに大工になるために来たんですよ。それでは話が違います。
>八:違いやしねえって。一旦うちに来たのには違いねえんだからよ。そんでもって、うちから次のとこへ行くんだったら、相馬屋の爺さんの顔を潰(つぶ)すことにはならねえだろ?
>友:それに付いてはそうでしょうが、私は大工仕事をしたいんです。だから、そういう話は困ります。
>八:まあ、そう泣きそうな顔をしなさんなって。何も追い出そうってつもりで言ってるんじゃねえんだ。こっちよりもあっちの方が向いてると思うってことよ。ご隠居さんも面白いお人だしな。・・・まあ、親方が連れて回るってんならしょうがねえが、そのうち、騙(だま)されたと思って一遍会ってみちゃどうだい?
>友:そういうことですか。・・・ご好意で言って呉れているのは分かりました。ですが、来た早々そんな気になれと言われても、それは無理というものです。
>八:そうかなあ? おいらは物凄く良い話だと思うんだけどな。
>三:八兄いにとっては、特に良い話なんですよね?
>八:しいっ。それ以上言ったら絞め殺すぞ。

昼間友助は、八兵衛から出た話のことを、源五郎にそれとなく尋ねてみた。

>源:ああ、その話か。昨夜(ゆうべ)飲んでるときに、そんな戯言(たわごと)を言ってたっけな。
>友:今朝も言ってたってことは、唯(ただ)の酒酔い話じゃないんですね?
>源:あいつには下心があるのさ。
>友:三吉さんもそんな言い方をしていました。なんですか、それは?
>源:笑っちまうくらい単純なことなんだ。・・・美味(うま)いもんを食いてえんだよ、早い話。
>友:私を紹介すると美味(おい)しいものが食べられるんですか、人買いじゃあるまいし?
>源:八兵衛というのは面白い男でな、そこいら中の隠居と仲良くなってきちまうんだ。その仲の良い隠居の1人が「一黒屋」の旦那なのさ。
>友:え? あの呉服問屋の「一黒屋」さんの大旦那様ですか?

>源:「ご隠居」って呼んじゃいるが、正確には、倅(せがれ)がねえから隠居していねえんだがな。・・・そんなご隠居さんがここのところ忙し過ぎて、道楽の宴会もして呉れねえって、八はそれを嘆(なげ)いてやがるのよ。
>友:それで、「番頭か然もなきゃ養子だ」なんてことを言ってたんですか。
>源:そんなことまで言ってたのか? まったく、どうしようもねえ大食らいだな。ははあ、さては・・・
>友:どうしたんですか?
>源:八の野郎、ご隠居さんのお店が近いからってあそこの仕事を選んだんだな? 道理で真っ先に選んだ訳だぜ。飲み食いのこととなると、途端(とたん)に頭が回りやがる。
>友:それも立派な一芸ですね。
>源:芸なもんか。芸ってのは世のため人のためになるもんだ。あいつのは、手前ぇの腹のためにしかなりゃしねえ。・・・あの野郎、昼時に抜け出してご隠居さんに会いに行ったなんてことしていてみやがれ、唯じゃ済まさねえぞ。
>友:何もそこまでするほどでは・・・
>源:いや。あいつには一遍がつんと言っておかなきゃならねえんだ。・・・なあ友助さんよ、そいつが俺のやり方だからな。ようく覚えときなよ。
>友:は、はい。
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