133.【か】 『邯鄲(かんたん)の夢(ゆめ)』 (2002/06/17)
『邯鄲の夢』[=枕]
1.枕中記」の故事:邯鄲で盧生(ろせい)が見た栄華の夢のこと。
2.派生して、枕をして眠ること。人の世の栄枯盛衰は儚いものだということ。
類:●盧生の夢●黄梁(こうりょう)の一炊●一炊の夢邯鄲の枕●邯鄲夢の枕●Pleasure and joy soon come and soon go.(悦楽は長くは続かない)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
故事:枕中記」 貧乏で立身出世を望んでいた盧生という青年が、趙の都、邯鄲で呂翁という仙人から、栄華が意のままになるという枕を借り、転寝(うたたね)をしたところ、富貴を窮(きわ)めた50余年の夢を見たが、覚めてみると炊き掛けていた粟(あわ=黄梁)がまだ煮えないほどの短い間であった。
出典:枕中記(ちんちゅうき) 中国の伝奇小説。唐の沈既済撰。李泌撰と題するものもある。「邯鄲(かんたん)一炊の夢」の故事を題材にしたもので、後世、文学の題材として好んで使われた。
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五六蔵が3日振りに解放された。
どうせだから、「だるま」に寄ろうかということになった。豪勢でない肴(さかな)も乙(おつ)なものだという訳である。
菜々と松吉を呼んでくるようにと三吉を迎えに走らせた。序(つい)でに、与太郎にも声を掛けるように言い付けた。
三吉は、「またですかい?」と言いながらも、案外、この役が気に入っているようでもあった。

>五六:たった3日だってのに、妙に懐(なつ)かしい気がしやすよ。うーん、この卯(う)の花も塩(しょ)っぱくって美味(うま)い。
>八:鮭のなんとかだの、鮃(ひらめ)のどことかだの、上等なもんばっかり食ってやがって、口が肥えちまってるんじゃねえのか?
>五六:八兄い、上等だから美味いとは限らねえですよ。あっしはこの通り山育ちでやすから、蛸(たこ)だ鮑(あわび)だなんていって出されたって、ちっとも美味いと感じねえんでやすよ。
>八:蛸と鮑をおんなじように並べるなってんだ。
>五六:だって、ちょいと火で炙(あぶ)ると、どっちもうねうねと身を捩(よじ)るじゃあありやせんか。
>八:そりゃあ、「踊り食い」ってんだ。そんな贅沢な食い方したのか? この罰当たりめが。
>五六:そんなこと言ったって、あの「さち」って方がやって呉れるんですから、仕方がないじゃぁありやせんか。
>八:嗚呼(ああ)、猫の餌と珍味との違いが分からねえような男に、鮑なんか出すなってんだよな。おいらなら、先(ま)ず神棚に上げてから有り難くいただくぜ。
>五六:蛸ってのは猫の餌なんですかい?
>八:そうじゃあねえけどよ、鮑に比べりゃ餌みてえなもんだってことよ。いや、もしかすると、2つ並べたら、猫だって蹴飛ばすかも知れねえな。言うだろ? 猫跨(また)ぎって。
>熊:何をほざいてやがるんだか。猫飯(ねこまんま)をお代わりする奴がそんな話をしたって、全然、それらしく聞こえねえぞ。
>八:あれは、背中の皮とくっ付いちまうくらい腹が減ってたんだから、仕方がねえだろ。
>熊:いっそのこと、毎日腹を空(す)かしてりゃあ、目刺しでも豪勢な肴になるかも知れねえな。
>八:また芋の話か? その話はもう勘弁して呉れよ。考えただけでも腹が張ってくる。

やがて、松吉と菜々が揃(そろ)って入ってきた。そして、2人の陰に隠れるようにして与太郎が顔を覗かせた。
更に、お咲も、である。

>咲:何よ、あたしに黙ってこそこそと、あんたたち何か悪いことでも始めようってんじゃないの?
>熊:子供はすっこんでろ。
>咲:なんですって? 訳も話さず、済まなかったの一言もなく、追い返すとはどういう了見(りょうけん)なのよ。そんな道理の通らない人たちの方がよっぽど大人気がないのと違うの?
>八:まあまあ、今日はな、五六蔵がお大尽(だいじん)様のところから追い払われて戻ってきたお悔やみの会だからよ。
>咲:何それ? 五六ちゃんがどうかしてたの?
>八:ありゃ? 話してなかったっけ?
>咲:聞いてなかったわよ、一切(いっさい)。
>熊:そう言やあ暫(しばら)く出っ会(く)わさなかったが、知恵熱でも出してたのか?
>咲:赤ん坊じゃないんだから知恵熱なんて出す訳ないじゃない。ちょっとお腹(なか)の具合いが悪かっただけよ。
>八:お咲坊、真逆(まさか)、梅なんか食ったんじゃねえだろうな?
>咲:五六ちゃんじゃあるまいし、そんな馬鹿なことする訳ないじゃないの。
>五六:馬鹿なこととはご挨拶でやすねえ。一応は、供養(くよう)ってことになってるんでやすからね。

>松:そんなことよりよ、五六蔵。一黒屋の爺さんに懐(なつ)かれた感想はどうだよ?
>五六:爺さんに好かれたってなあ・・・
>咲:ちょ、ちょっと、どういうこと? 一黒屋って、あの一黒屋なの?
>松:そうさ。凄(すげ)えだろ?
>咲:ねね、五六ちゃん、懐かれたってどういうことなの?
>五六:倅(せがれ)になっちゃ呉れねえかって頭を下げられたんでさあ。でも、断りやしたけどね。
>咲:あんたどうして「謹(つつ)んでお請(う)けいたします」って言わなかったのよ。一黒屋よ一黒屋。そこいらのちんけなお店(たな)とは違うのよ。
>五六:そりゃあそうでやしょうが・・・
>咲:どうしてあたしに一言相談して呉れなかったのよ。
>五六:だって、寝泊りさせられて、一歩も出さしちゃ呉れやせんでしたからね。
>八:そういうお咲坊だって寝込んでたんだろ? お相子(あいこ)じゃねえか。
>咲:それはそうだけど、悔しいわね。もしもよ、もしも五六ちゃんが一黒屋さんの跡取りになったら、あたしお嫁さんになってあげても良かったんだけどな。それでね、あたしは山吹色の力を借りて杉田の家を再興させるの。父上も悲願が叶(かな)って大喜びよね。それからそれから、小間物も扱(あつか)うようにしちゃおうかな。ほら、本郷の生駒屋さんとだって懇意(こんい)だし、何かと重宝(ちょうほう)でしょ? 着物と小間物って対(つい)みたいなものだもんね。流行(はや)るわよ。
>八:お咲坊。さっきも言ったけどよ、五六蔵は断っちまったの。その話はもうお終(しま)い。
>咲:そんなあ。あたしが寝てる間に物凄い話があって、あたしと関係ないうちにもう終わっちゃったっていうこと? ・・・なんだか虚(むな)し過ぎよ。

一頻(ひとしき)りの大騒ぎの後、与太郎が、自分はなんのために呼ばれたのかと尋ねた。

>八:あ、いけねえいけねえ、すっかり忘れちまうとこだった。・・・お咲坊、もしかすると、まだ全部済んだって訳じゃねえかも知れねえぜ。
>咲:五六ちゃんの次が与太郎さんだって言うの? まるっきり違うじゃないの。
>八:倅の話じゃねえんだよ。・・・一黒屋のご隠居がだな、青物を売りてえって言い出したんだよ。
>咲:呉服問屋が青物? 本気なの?
>八:本気も本気。これっぽっちもいかれちゃいねえ。小間物じゃなくって残念だったな。
>咲:それで、与太郎さんが養子になるの?
>与:そんなこと急に言われたって、あたいは困っちゃいます。
>八:そうじゃねえって。与太郎に青物のいろはを教わろうっていうことだよ。
>与:ご隠居さんって幾つなんですか?
>八:今度還暦(かんれき)だって言ってたからもう60だ。それがどうした?
>与:青物だけを相手に10年もやってれば嫌でも身に付くようになりますが・・・
>八:10年だと? そんなに掛かるのか?
>与:掛かりっ切りで、ですよ。呉服と半々ってことだと、もっとです。それに、ものを覚えようとするのには、年を取り過ぎてるんじゃないですか?
>八:そうさなあ。やっと覚えたのにおっ死(ち)んじまうんじゃ役に立たねえわな。
>五六:それじゃあ、やっぱり与太郎さんが倅になっちまうのが一番良いんじゃありやせんか?
>与:あたいなんか・・・

>熊:そんなことは後から決めれば良いことだよ。与太郎、お前ぇ、ご隠居さんと旅に出ることはできるか?
>与:旅ですか? あたい1人で?
>熊:四郎が一緒だ。下野(しもつけ)辺りに行って、道々青物のことを講釈(こうしゃく)してやって欲しいんだ。
>与:講釈なんてあたいには・・・
>熊:売り物になりそうな大根とか葱(ねぎ)とかを作ってる人と知り合いになれれば良いんだよ。尤(もっと)も、今の仕事を休めねえってんなら、この話、断ってきてやるがな。
>与:あ、いえ、休むのも、辞(や)めちゃうのだって、そう大変なことじゃないんです。代わりは大勢いますから。でも、あたいがそんな大店(おおだな)の商(あきな)いに口を出すなんて・・・
>八:そんなの気にするほどのことじゃねえと、おいらは思うんだけどな。お前ぇは唯(ただ)、美味いもん食って、あちこちの名所を見物(けんぶつ)してくりゃ良いの。
>与:だって、あたいのこと推挙(すいきょ)して呉れたんでしょ?
>八:こんな話を三吉が切り出さなきゃおいらが行けたってのによ。・・・やい、与太郎。宿場宿場で必ず名産物を見繕うように、しっかり見張っとけよ。
>与:なんの話です?
>熊:こいつ、てっきり自分が行けるものと思ってたんだ。大損扱(こ)いたと思っていやがる。・・・ま、あんまり深く考えずに、骨休めのつもりで行ってこい。
>与:はあ。なんだか良く分かりませんが、行っても良いかなって気になってきました。

>八:ちぇっ。与太郎が断ったら、またおいらにお鉢が回ってくるかと思ったんだがな。
>熊:親方が行って欲しくねえと思ってなさるんだから、止(や)めとけ。
>八:そんなこと一言も言ってねえじゃねえか。
>熊:言ったも同然だろ? そのくらい察しろよ。
>八:そうか? それじゃあ仕方ねえな。ま、宜しく頼むぜ、な、与太郎。
>与:はあ。

>咲:ねえねえ、あたしもご隠居様に会わせて呉れるんでしょう?
>熊:お前ぇ、何か企(たくら)んでねえか?
>咲:べ、別に。
>八:自分だけ取り入ろうってったって駄目だぜ。まあ、お夏ちゃんと一緒なら連れてってやらねえでもねえがな。・・・あれ? そう言えば、お夏ちゃんはどうしたんだ?
>咲:今日は来ないわよ。
>八:どうして?
>咲:お父上がちょっとした発作(ほっさ)を起こしちゃってね。寝ずの看病をしてたの。おしかさんが、あたしに代わって呉れないかって頼みに来たのよ。お夏ちゃんは今頃家で高鼾(いびき)よ。
>八:お夏ちゃんが鼾なんか掻くもんか。うちの母ちゃんじゃあるまいし。
>熊:・・・だがよ、そんなこと言って、お咲坊だって具合いが悪かったんじゃねえのか?
>咲:あたしのはどうってことないのよ。ほら、もうこんなに元気。・・・もしかして、心配して呉れたの?
>熊:ば、馬鹿なことを言ってんじゃねえ。
>五六:とか言いながら、暖簾(のれん)を仕舞うまで付き合ったりしちゃうんでしょ?
>熊:余計なことばっかり言ってるんじゃねえ。おいらは飲みたいから飲むし、居たいから居るだけだ。
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