77.【え】 『燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志(こころざし)を知らん』 (2001/05/14)
『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らん』
燕(つばめ)や雀のような小鳥に、菱食(ひしくい)や鵠(くぐい)のような大きな鳥のことが分かろうか。つまり、小人物には、大人物の大志を悟ることなどできはしないということ。
故事:史記−陳渉世家」「燕雀安知鴻鵠志」 秦を滅ぼすきっかけを作った陳勝(ちんしょう)がまだ日雇いの若いころ、仲間に「自分が出世したらお前たちのことを忘れず思い起こそう」と言ったとき、人々が嘲笑ったので言った言葉。
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鴨太郎が立てた計画はこうだった。
お咲には申し訳ないが、やはり餌(えさ)になって貰って、英二たちを堺屋徹右衛門のところまで連れて来させる。
これで、徹右衛門の依頼の件は一先ず格好が付く。
英二たちが堺屋にどういう申し出をするのかを確かめて、もしそれが政道に背くような内容だったら、その場で縄を打つ
少々の褒美(ほうび)で大人し引き下がるようだったら、その真意を探(さぐ)り直す。・・・以上。

>熊:何が最良の段取りだよ。ただの成り行き任(まか)せじゃねえか。
>鴨:まあそう目くじらを立てるな。こいつは役人の正攻法だ。長年培(つちか)われてきた正しい段取りが一番良いのよ。
>熊:何を抜かしてやがる。大体な、そんなんじゃおいらの気が納(おさ)まらねえじゃねえか。
>鴨:なんだ? 頭の一つでも殴(なぐ)りたいってんなら、お目溢(めこぼ)ししてやるぞ。なんなら土下座でもさせるか?
>熊:そうじゃねえ。うーん、どう言ったら良いのかな、悔い改めさせてえっていうか、目を覚まさせてえっていうか・・・
>鴨:改心させるだと? 無理無理。ああいう輩(やから)の曲がった根性はどうやったって直りゃしねえ。
>熊:強請(ゆす)りくらいじゃ大して重い罪にはならねえんだろ? すぐに出てきてまた同じことを繰り返すんじゃあ、なんにも片付きゃしねえじゃねえか。
>鴨:そうか? そんときゃぁまた俺が捕まえてやるさ。
>熊:どうせまた何かをやらかさない限り捕まえられねえんだろ? 捕まえるまでの間に仕返しさせるとしたら、おいらたちやお咲坊なんだぞ。
>鴨:なるほど。そいつも困りもんだな。
>熊:なに暢気(のんき)なことを言ってやがる。もう少し気の利いたことを思い付けってんだ。
>鴨:ふむ。・・・。

結局気の利いたことなど思い付きもせず、頭を寄せ合って考えれば良い方策も浮かぶだろうということで、「
だるま」に集まることにした。
折角(せっかく)だから伝六も混ぜようということになり、鴨太郎は早速(さっそく)伝六の元へと出掛けていった。
熊五郎は、与太郎に声掛けがてらお咲の様子を見てみようと、長屋へと帰った。

与太郎の話だと、生駒屋の前には如何わしそうな人は見当たらなかったという。
与太郎に、お咲が英二に目を付けられた経緯(いきさつ)を話し、今夜そのことについて話をするからと、言い付けた。
お咲の部屋を覗(のぞ)くと、六之進が沈痛な顔をして出迎えた。

>六:おお、熊さん。困ったことになったよ。
>熊:お咲坊がどうかしたんですか?
>六:うん、まあ、それなんだがね。まあ、お上がんなさい。
>熊:へい。
>六:さっき、貼り上がった傘を届けに行ってきた帰りに、妙な言葉遣いの男に呼び止められたのだよ。
>熊:上方(かみがた)言葉の、ですか?
>六:そうなんだよ。明日か明後日に娘御(むすめご)を借り受けに来るとだけ言って立ち去ったんだがね、なんか気持ち悪くてね。
>熊:ほんとですか? こいつは落ち落ちとし
ちゃぁいられねえな。
>六:熊さん、お咲に万一のことが起きたりはしないだろうねえ。
>熊:そんなことさせやしませんって。
>六:もしものことがあったら熊さん、あんたのせいだからね。
>咲:・・・父上。熊さんのせいじゃないでしょ。あたしのせいなの。それに、この期(ご)に及んで、責任の所在とかいう無意味なことを話してても仕方ないでしょう。
>六:まあ、それもそうだが。・・・熊さん。お咲のことを守って呉れるね?
>熊:へい。体を張ってでも。
>六:頼むよ。こうなったら、熊さんだけが頼りだからね。

そんな状態では、お咲は父親の元に居た方が良さそうだ。熊五郎は声掛けせずに、一旦、自分の部屋へ帰った。
それにしても、英二の奴はどういう遣り方で堺屋潰(つぶ)しを実行するのだろうか?
それが事前に分かりさえすれば、態々(わざわざ)お咲を危険な目に遭わせずに済むものをと、考えていた。
自分の想像力のなさが、これほど恨(うら)めしかったことはない。

夜。熊五郎は幾らか早目に「だるま」へと向かった。
八兵衛と五六蔵たち3人に、鴨太郎と伝六が混ざり、遅れて、与太郎が太助を連れて仲間に加わった。

>八:おや? 太助、お前ぇも来たのかい?
>太:はあ。おいらが売った絵のことが事の始まりだと思うと、他人事ではないような気がしまして・・・
>八:ほう。なかなか見上げたもんだな。・・・図体(ずうたい)も見上げるくらいでっかいがよ。
>与:八兵衛さん、詰まらないこと言ってないで、本題に入ってはどうですか?
>八:はは。こりゃ一本取られたな。それにしても与太郎よ、お前ぇ、この頃、なんだかしゃんとしてるみてえに見えるぜ。
>与:そんなこと・・・
>伝:あのう、八兵衛さんって、あの八兵衛さんですよね。
>八:そうだが。あ、あんた与太郎の親分さんだったね。伝七さんだったっけ?
>伝:伝六です。青物売りの下っ引きを作れば巧くいくって考え出したお人ですよね。
>八:そうよ。大当たりだったろ?
>伝:はあ、確かに、与太郎さんは良く働いて呉れています。・・・でも、なんですね、こっちで思ってたお人と余りにも懸け離れているんで、少々面食らっちまいましたよ。
>八:どういう風に違うっていうんだい? おいらはおいら。このまんまの大人物さね。
>伝:そうそ、それそれ。どう見ても大人物には見えないってことです。
>八:なあ、良く言うじゃねえかよ、能ある鹿は角を隠すって。
>与:八兵衛さん、鹿じゃなくてですよ。
>八:なんだと? だってよ、鷹には角はねえじゃねえか。
>与:だから、角じゃなくて爪なんですってば。
>八:そうなのか? おい、熊、そうか?
>熊:なにが大人物だ。お前ぇみてえのをな、愚の骨頂って言うんだ。
>八:骨頂だか九官鳥だかなんだか知らねえが、大物の気持ちは小物には分かりゃしねえのよ。

そんな頃、園部屋の客間では、英二が手下3人を集めて、これからの段取りを話していた。

>常:兄い、堺屋の身代(しんだい)を潰すて、どういう風にやらかしますのや?
>英:娘を連れてった謝礼の銭を使い尽くすまでは、何もせえへんよ。
>常:何もせえへんって、兄やん、そんな悠長に構えててよろしいのか?
>英:良いのや。お前らには分からんかも知れんな。梅の実は青い内に取ってしまうと食われへんやろ? 熟すまでじっくり待たなあかん。
>常:待ち過ぎてる内に烏(からす)に食われてまうってこともありまっせ。
>英:まったく、しょうもないやっちゃな。そんなやからいつまで経(た)っても小物て言われるのや。このわてがそんな間の抜けたことをするかいな。
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