340.【と】 『毒(どく)を以(も)って毒を制(せい)す』 (2006.07.23)
『毒を以って毒を制す』
悪性の病気を毒性の強い薬で治療するように、悪を除くために、悪を利用すること。悪人を退治するのに、悪人を使ってする。
類:●油を以って油煙を落とす●邪を禁ずるに邪を以ってす●楔を以って楔を抜く●夷を以って夷を制す
出典:「嘉泰普灯録」「以機奪機、以毒制毒」
出典:嘉泰普灯録(かたいふとうろく) 禅書。雷庵正受編。嘉泰4年(1204)。30巻。『景徳伝灯録』 『天聖広灯録』 『建中靖国続灯録』の後を継承し、その欠けたるを増補した禅宗史伝の書の一つ。前三書が出家沙門の事に偏しているのを改め、広く王公・居士・尼僧等の機縁を集める。示衆機語、聖君賢臣、応化聖賢、広語、拈頌、偈賛、雑著の八門に分って録し、およそ南岳下17世、青原下16世に及んでいる。

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どういうことになっているのか、熊五郎の考えを聞かなければならない。
八兵衛は、三吉も引き連れて長屋へ帰ってきた。

>八:お花、おっ母、帰ったぜ。
>花:雨の中、遅くまで大変だったわね。
>八:すっかり濡れ鼠って奴だ。乾いた手拭いを出して呉れねえか。三吉の分も頼(たの)まぁ。
>花:はあい。・・・でも、三吉さんだけなの? 四郎さんと五六蔵さんは?
>八:ちょいと訳ありでな。三吉とは、とっくりと話さなきゃならねえ。
>花:お酒を飲みながら、でしょ?
>八:まあそういうことだが、今日ばっかりは、飲むための方便(ほうべん)って訳じゃねえぞ。
>花:あら。お前さんにそんな度量があるなんて、ちっとも知らなかったわ。
>八:お前ぇも言うねえ。・・・ま、当たらずと言えども遠からずって奴だな。追っ付け熊が来るからよ。考える方は熊に任(まか)しとくとすらぁな。
>花:その方が良いみたい。
>八:お前ぇなあ。三吉がいるってんだから、もうちっと亭主を持ち上げといたらどうなんだ?
>花:身内みたいなもんなんだから、構わないでしょ? ・・・ねえ、三吉さん?
>三:ははは。
>八:笑って誤魔化(ごまか)すんじゃねえ。
>三:済みません
>八:まあ良いか。・・・胡瓜(きゅうり)かなんかがあったら、「恐縮千万」のとこへ持ってきて呉れ。

お花は、はいはいと言って、愚図(ぐず)るお芳(よし)の方へ行ってしまった。
寝かし付けるまでは、胡瓜は出てきそうもない。

程なく、徳利(とっくり)をぶら下げて、熊五郎がやってきた。

>熊:お、なんだ、三吉も来てたのか。
>三:ええ。なんだか変な話になっちまったようで。
>熊:親方、なんだって?
>八:・・・まあまあ、そう慌(あわ)てるなって。駆け付け三杯と行こうじゃねえか。
>熊:刻限に遅れたって訳じゃねえぞ。
>八:良いってことよ。余計に飲めるんだから有り難く思え。
>熊:おいらはお前ぇとは違うの。
>八:・・・おおっ、好い飲みっ振りじゃねえか。
>熊:明日が休みとなりゃあな。酔い潰れちまったって構わねえとなりゃ飲むさ。
>八:そんな気さらさらねえ癖に良く言うよ。恋女房のとこへ帰りてえ癖しやがって。
>熊:そんなことあるか。偶(たま)には羽を伸ばさねえと息が詰まる
>八:お咲坊が聞いたらお冠(かんむり)だぞ。
>熊:それがそうでもねえのさ。「万ちゃん千ちゃんにお酒の飲み方でも仕込んできたら」だってよ。なんだか気持ち悪いくれえだ。
>八:ほう。お咲坊にまで見捨てられたか。
>熊:そんなんじゃねえや。
>八:言い切れるか?
>熊:そ、そんなこと真顔(まがお)で聞くもんじゃねえ。
>八:そら見ろ。
>熊:放(ほ)っとけ。

やがて八兵衛が、源五郎から武兵衛(たけべえ)爺さんのところへ行けと言われたんだと話し始めた。
源五郎のところには寄らずに、出っ放しなのだと。

>熊:お前ぇと、三吉と友さんの3人でか?
>八:そういうことらしい。・・・どういうことなんだろうな?
>熊:友さんは大工仕事はしねえから、お前ぇと三吉の2人でこなせってことだな。
>八:家の1軒や2軒、おいらと三吉なら、ちょちょいのちょいだがよ。
>熊:なに言ってやがる。まだ梅雨が明けてねえんだぞ。休みながらじゃ、材木が腐っちまう。
>八:そこんとこは、友さんが巧(うま)くやって呉れるだろ?
>熊:成る程。そういうことで友さんもか。こりゃ抜け目ねえな。
>八:抜け目ねえのは良いがよ、おいら、あの爺さん、どうも苦手(にがて)だな。
>熊:碌(ろく)に喋(しゃべ)ってもいねえのに、なんでそんなことが言える?
>八:なんだかおいらのこと、じーっと見てただろ? 蛇に睨まれてるみてえに竦(すく)んじまったぜ。
>熊:お前ぇは蛙(かえる)か。
>八:人には相性ってもんがあるだろう? 親方に睨み付けられてるのとはちょいと違うんだよな。
>熊:どう違うってんだよ。
>八:だから、蛇みてえだっての。
>三:取って食おうとしてるって感じで。
>熊:三吉、お前ぇまでそんな目で見られてたってのか?
>三:ええ。舌なめずりされてるようで、怖気(おぞけ)が立ちました。
>八:止(よ)せやい。思い出しちまったじゃねえか。

八兵衛は、万吉と千吉が丁寧(ていねい)に剥(む)いた蚕豆(そらまめ)の皮に塩を付けて食っては、酒を呷(あお)っている。
既に、考える頭がなくなるほど酔いが回ってきているようだ。

>熊:もうそれくらいにしたらどうなんだ?
>八:ん? なんだ? ・・・ああ、酒か、大丈夫大丈夫。明日はどうせ休みだ。
>熊:そういうことじゃねえよ。明後日からのために、心の用意ってぇか、気構えが要(い)るんじゃねえのか?
>八:そんなもん、いつもの通り、行き当たりばったりよ。
>熊:またそれか。
>三:真逆(まさか)、本当に倅(せがれ)に迎えたいってことじゃないでしょうね?
>熊:そりゃぁねえだろう。
>八:分からねえぞ。建てた家に住めってことになったりしてな。
>三:おいらもですか?
>八:誰が悲しくってお前ぇと1つ屋根の下で暮らすかってんだ。
>三:それはおいらの方だって願い下げですがね。
>八:なにを
>熊:まあまあ。下(くだ)らねえところで噛み付くんじゃねえっての。

>八:下らねえことだと? おいらにとっちゃ分限(ぶんげん)になるかどうかの瀬戸際なんだぞ。
>熊:なれねえっての。お前ぇらは家を建てにいくだけなの。そうだろ?
>八:あ、そっか。すっかり忘れちまってた。
>熊:これだから困っちまうよな。

そんな頃になって、お花が胡瓜を持って入ってきた。

>花:またうちの人が困ったことをやらかしましたか?
>熊:い、いや、そうじゃねえんだよ。・・・明後日っから八と三吉だけ別んとこへ行くことになったんだが、なんで選ばれたか分からねえってことで、ああでもねえこうでもねえって首を捻(ひね)ってるとこなのさ。
>花:それは、今後2人で一家を構えるってことじゃないんですか?
>八:なんだと?
>花:だから、お前さんが親方になって、三吉さんと2人でお仕事をするようになるってことなんじゃないんですか?
>八:おいらがこいつの親方に? 真逆ぁ。
>花:だって、他に誰がいます? 五六蔵さんですか? 四郎さんですか?
>八:そりゃ、熊んとこみてえに、新米を宛がわれるんじゃねえのかって・・・
>花:お前さんに新米の面倒なんか見られますかって。
>八:そりゃ、ちいと厄介(やっかい)な話だがよ。
>熊:ふうん。成る程な。そういう考え方もあるか。
>八:そういうって、どういうことだよ。独(ひと)りで納得(なっとく)してんじゃねえよ。
>三:つまり、おいらが八兄いのことを「親方」って呼ばなきゃならなくなるってことですか?
>八:止せやい。
>三:こっちだって嫌ですよ。
>八:なにをー?
>熊:まったく、困った奴らだな。似たもの同士ってのか、ちっとも反りが合わねえってのか。
>花:ね、お似合いでしょう?
>熊:親方にそういう考えがありなさるんならな。

>万:それにしても、なんで武兵衛爺さんなんでしょうか?
>花:あら、本村町の?
>八:お前ぇ知ってるのか?
>花:知ってるわよ。お節介焼きで評判の人よ。
>八:そんな爺さんに目を付けられちまったって訳か?
>熊:そういうことだろうよ。・・・こりゃ、扱(しご)かれるぞ。
>八:止(や)めて呉れよ。舌なめずりしながら扱かれるんじゃ、こちとら身がもたねえよ。
>熊:偶(たま)には良いんじゃねえの? 案外、毒気(どっけ)に当てられてまともになるかも知れねえ。
>八:なんてえものの言い様だ。とっちめられるのはこっちなんだぞ。
>三:おいらもです。
>熊:2人纏(まと)めて面倒見て貰え。あっはっは。こりゃ良い。
>八:笑い事か?
>熊:これで笑わずにどこで笑えってんだよ。こりゃ、さっさと帰ってお咲の奴に教えてやらねえとな。
>八:なんだよ。羽を伸ばしてくんじゃなかったのかよ。
>熊:良いじゃねえか。後は、親方と弟子でとっくりと話をして貰おうじゃねえか。


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