51.【い】 『衣鉢(いはつ)を伝(つた)う』 (2000/11/06)
『衣鉢を伝う』
師から弟子へその奥義を伝える。
故事:伝燈禄」 禅宗の始祖達磨大師が、仏法を伝えた証拠として門弟に法衣と鉄鉢の二品を授けたということから出た言葉。
出典:伝燈禄(でんとうろく) 宋の僧、道原の著で、釈迦以来の仏教の伝授を記述したもの。「景徳伝燈録」。
同上:
景徳伝燈録(けいとくでんとうろく) 仏書。1004年、宋の道原(生没年不詳)撰。30巻。過去七仏に始まる禅宗の法系を明らかにし、祖師の伝記を述べ、優れた法語、詩文なども収めた書。
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暮れ6つ過ぎ、お夏がいつもより早目にやってきた。

>夏:みんなお揃(そろ)いのようね。
>八:後からもう1人来るぜ。8人で、蛸の足の数と一緒だ。
>夏:もしかして、親方?
>熊:いやいや、こんなことに親方を巻き込む訳にはいかねえよ。鴨太郎だ。
>夏:え? 鴨太郎さん?
>二:おいおい、捕り方だろう? 良いのかよ。
>熊:うーん。おいらも止(よ)した方が良いんじゃねえのかって言ったんだがなあ。
>八:徹右衛門のことだって話したらよ、どうあっても仲間に入れろって頼むもんだから。
>夏:まあ、ものは考えようね。心強いって言えば心強いものね。
>熊:あっさりしたもんだな。
>夏:考える頭は一つでも多いに越したことないじゃない。
>八:よし。それじゃあ早速(さっそく)始めようじゃねえか。なんか良いやり方思い付いたかい?
>夏:それがね、これはっていうのが思い浮かばないのよ。あたしって過激なのかなあ、毒薬を盛るとか、あそこをちょん切っちゃうとか、そんなのしか思い付かないの。
>熊:あそこって、お前ぇ・・・
>咲:良いじゃない。端(はし)たないだとか子供だとか言ったら怒るわよ。説得しても分からないような奴は、あそこを切るくらいしないと懲(こ)りないのよ。
>熊:ああ情ない。六さんが聞いたら卒倒(そっとう)するぜ。
>八:おいらは構わねえよ。切っちまえ切っちまえ。
>熊:良い訳ねえだろう。捕まりてえのか。
>夏:言い出しといてなんだけど、やっぱり殺(あや)めたり怪我させたりしちゃ拙(まず)いわよね。
>八:そうだそうだ、拙い拙い。
>二:お前ぇはどっちなんだ。はっきりしろ。
>八:どっちって、決まってんじゃねえか。お夏ちゃんの言うことに賛成だ。
>二:能天気な奴だねえ、まったく。
>熊:だろ?

別の客から注文が入り、お夏は料理を給仕しに行った。
「行っちゃうの? お夏ちゃん」という八兵衛の淋しげな問い掛けも敢(あ)え無く黙殺(もくさつ)された。

>熊:そうすると、今のところ一番良さそうなのは四郎の奴だな。
>二:どういうのだい?
>八:おいらが説明しようか? おいらもおんなじこと考え付いたんだからよ。
>熊:止(や)めとけ。恥の上塗りになるだけだ。
>八:上塗りの前の恥なんか掻いてねえじゃねえか。
>熊:お前ぇが気付いてねえだけだ。
>八:なんだお前ぇら、おいらが厠(かわや)へ立った隙に悪口言ってやがるのか?
>熊:何を抜かしてやがる。今日は一遍も厠へ行ってねえじゃねえか。
>八:そうだったっけ? まあ良いや。じゃあ、四郎、やっとけ。
>四:へい。

四郎は徹右衛門が入り浸(びた)っている九八屋のことや、いつも傍(そば)にいる章太と十兵衛のことを織り交ぜながら、要領良く、大まかに話して聞かせた。

>二:成る程(なるほど)ね、まあそんなところかねえ。・・・だがよ、その程度で懲りる奴かい? その、若旦那は。
>熊:懲りることは懲りるだろう。ただ、生温(なまぬる)いんじゃねえかって聞かれりゃあ、確かに、生温いかも知れねえな。
>二:うん。生温いな。だけどよ、おいらとしちゃあ、お前ぇらが思うほど個人的恨みがある訳じゃねえから、そのくれえで良いんじゃねえかと思うな。
>八:そうなのか? 恨んでねえのか?
>二:そりゃ、野良猫みてえな扱いを受けるのは好い気はしねえけどよ、だからって痛い目に会わそうなんて思っちゃねえさ。
>八:子供の喧嘩に出てくる堺屋のこともか?
>二:どうせおいらの名前も顔も覚えちゃいねえさ。
>熊:それじゃあ、お前ぇとしちゃあ、こんな計画で構わねえってことだな?
>二:十分だろ。暫(しばら)くどこの女からも見向きされねえだろうし、下手にちょっかいも出せなくなる。そのうち親の決めた相手で満足して身でも固めりゃ、少しは商売っ気(け)も出てくるだろ。
>熊:そう思うようになりゃあ良いがな。
>二:まったく改まらねえってんなら、そういう性分なんだろう。世間様はな、そんな性根の腐った奴を甘やかし続けるほど甘かぁねえよ。そっぽ向かれた後に気が付いても後の祭りざまあ見ろだ。

>咲:あたしは生温いと思う。少なくともお萩さんと、お菊、桔梗っていう3人が身篭もっちゃってるのよ。どうして呉れるの?
>熊:そいつはなあ・・・
>夏:そんなこと他人が立ち入ることじゃないから、あたしたちは気に掛けなくたって良いのよ。当人たちで話し合ってどうとでもするわよ。
>八:なんでぇ、お夏ちゃん、戻ってきて呉れてたのか?
>咲:そんなんで良いの? 人の道を外れてるのよ。
>夏:実はね、今日、お萩さんに会ってきたのよ。
>熊:なんか言ってたかい?
>夏:それがね、別に堺屋に嫁入りしなくたって良いんですって。子供を育てるだけの金品(きんぴん)は分捕ってやるけどねって、捌(さば)けたもんよ。その、菊って人と桔梗って人のことも知ってたわ。相手がいるから変に張り合っちゃうのよね、だって。
>咲:そうなの。なんだか気抜けしちゃうわね。それじゃあ、止(や)めにする?
>夏:いいえ。やるわよ。若旦那と馬鹿旦那を立ち直らせてあげないとね。慈善活動よ。
>熊:そういうことなら、おいらは却(かえ)って混じり易くなるな。
>八:おいらも。
>熊:お前ぇの考えなんか聞いてねえっての。

>四:ただですよ、徹右衛門の誘い出し方の問題は片付いていませんから・・・
>夏:あたしに考えがあるの。
>熊:どうやるんだ?
>夏:痺(しび)れ薬を飲ませちゃうのよ。簡単でしょ?
>熊:そうは言うがよ、そんなの手に入るもんかよ。
>夏:何か忘れちゃいませんか? ・・・小石川の先生にね、大層気に入られちゃってね、医学書を何冊か借りてあるの。
>熊:何? 真逆(まさか)お前ぇ・・・
>夏:作れるのよ。・・・あたしが作るの。
>熊:拙(まず)いんじゃねえのか?
>夏:拙くなんかありゃしないわよ。先生から必ず医学を究(きわ)めなさいって、お墨付き貰ってるんだもの。
>熊:そういうことじゃなくて、薬を無闇矢鱈に使うってことがだよ。
>夏:何言ってるの、薬は人様を治すためにあるんじゃない。心を病んでる人間にあたしが処方するんだから、却って治療費をいただきたいくらいよ。誉められこそすれ、責められる謂(いわ)れはないじゃない。
>八:よし。決まりだな。
>熊:お前ねえ、あんまり安易に決めるなよな。
>八:どうしてだ? 墨袋を取り出してから縫(ぬ)って帰すよりも痛くねえぞ。
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