130.【か】 『枯(か)れ木(き)も山(やま)の賑(にぎ)わい』 (2002/05/27)
『枯れ木も山の賑わい』
枯れた木でも山に趣を添えるくらいの役には立つものである。つまらないものでも無いよりは益しである。
類:●枯れ木も山の飾り●枯れ木も森の賑やかし●餓鬼も人数(にんじゅ)●A bad bush is better than the open field.(ひどい茂みも何も無い野原よりまし)●Anything is better than nothing.(何もないよりはあった方がまし)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
*********

一黒屋与志兵衛は、相当な持て成し上手(じょうず)である。
鬼瓦のような仏頂面をしている源五郎でさえ、終いには恵比寿か大黒のような顔付きになっていた。

>源:ご隠居さん、話は尽きねえんですが、あんまり長居する訳にはいかねえんですよ。
>与志:なあに、どうせ明日からうちで仕事をするんでしょう? 昼過ぎからにすれば宜(よろ)しいじゃないですか?
>源:そうもいかねえですよ。日が高いのにまだ寝てるなんてったら、母ちゃんに蹴飛ばされやす。
>与志:それなら、ここにお泊りになったら如何です? こっちは一向に構いはしませんから。
>八:なるほど。そいつは良いや。流石(さすが)ご隠居、伊達(だて)に長生きしていねえや。酸いも甘いもご存じでいなさる。
>与志:そう言う八兵衛さんも、世の中の機微(きび)に通じていらっしゃる。
>八:おいらがですかい? そりゃあ黍団子(きびだんご)なら吉備(きび)の国でしょう? 黍餅(きびもち)なら越前(えちぜん)だ。そのくらい常識ってもんですとも。

>与志:ほう。黍餅を知っていなさるのですか? 八兵衛さん、意外と隅に置けませんね。
>熊:ご隠居様。こいつは、食いもんのこととなると、知らなくてもいいようなことまで知ってるんですよ。
>与志:ほっほ、そうですか。それにしても、黍餅とは懐(なつ)かしいです。私はね、越後の生まれでして、越前に嫁(とつ)いでいた伯母(おば)の土産(みやげ)の黍餅が格別に好きでした。
>八:大店(おおだな)のご隠居ともあろう方が黍餅じゃあ、いくらなんでも情けなさ過ぎやしやせんか? 越後にゃあ美味い銀舎利が在るじゃあありませんか。
>与志:生まれ付いての大店って訳じゃあないんですよ。・・・口減らしで奉公に出されたようなものです。五六蔵さんと似たようなものですね。
>五六:だからご隠居、あっしは勘当(かんどう)されたんですって。何度言やあ分かるんですか。
>与志:分かってますとも。態(わざ)と
憎まれ口を叩いてきたんでしょう?
>五六:だから、あれは、文士の先生の捏(で)っち上げだってんですよ。
>与志:分かってます分かってます。
>五六:本当に分かってるんですかねえ?

酒が入っていると、言葉尻ばかりを捉(とら)えてゆくもので、話題がとんでもない方向に転がっていってしまう。
源五郎が折を見計らって「そろそろ失礼しやすよ」と切り出すが、与志兵衛は知ってか知らずか、話をはぐらかし続けている。

>源:ご隠居。もう、飲めねえ。帰らして貰いやすぜ。
>与志:おや、豪傑(ごうけつ)の源五郎さんはお酒に弱いんですか?
>源:豪傑? そんなこと誰から聞きなすったんで?
>与志:昔っから知っていますとも。本郷の生駒屋さんでのことも、木場の衣笠屋さんでのこともです。
>八:ええっ? 知ってなさるんですか?
>熊:五六蔵、お前ぇまた余計なことをべらべらと・・・
>五六:あっしじゃあありやせんって。
>与志:こんな隠居所に引っ込んではいますが、世の中の評判は寄り集まってくるもんですよ。・・・言ったでしょう? 客が次々やってきて世間話をしていくって。
>八:へえ、こりゃ大したもんだわ。でも、おいらが内房のご隠居さんと臭(くさ)い仲だってことは知らないでしょ?
>与志:え? あの石部金吉(いしべきんきち)とお知り合いなんですか?
>八:巧(うま)いねえ、「臭い仲」だから「お尻合い」だってよ。
>熊:下品な駄洒落(だじゃれ)なんか言ってんじゃねえ。

>与志:迂闊(うかつ)でしたね。八兵衛さんのことは殆(ほとん)どなんにも知らないんですよ。
>八:なんだ、そうなんですか。寂しいでやすねえ。
>与志:ですが、源五郎さんのことは詳しいですよ。昨年「静(しずか)」という名前の赤ちゃんに恵まれて、丁度1年が過ぎたところでしたね? それから、ご内儀の「あや」さんは、実は、源五郎さんに内緒で、ある人の祝言(しゅうげん)話を進めているそうですよ。・・・おや、これは、あまり言ってはいけないことでしたね。
>熊:ご隠居さん、いくらなんでも、本人が知らないことまで知ってるってのは、尋常じゃありませんぜ。
>与志:あの、正直に言ってしまいますが、実は、源五郎さんも倅にしてみたかったんです。

案の定である。

>八:親方ぁ、こりゃあ、青物の件もなんとか巧く運ぶように、面倒見ねえ訳にいかなくなりやしたね。
>源:そんなこと大工の俺たちが立ち入る話じゃねえ。
>八:ご隠居のお供をして日光街道とか甲州街道を旅するってのはどうですか?
>源:大工仕事を放っぽり出してそんなことができるか。
>八:名前を「佐々木源三郎」かなんかに変えてみちゃどうです?
>源:俺は一介(いっかい)の大工なんだぞ、苗字なんか名乗ってたらしょっ引かれるだろ。・・・もう付き合い切れねえ。俺は帰る。こちとら昨日っから寝不足なんだ、お前ぇらの
世迷言(よまいごと)になんか付き合ってられるか。
>五六:あ、あの、親方。あっしも連れて帰ってお呉んなさい。
>源:お前ぇはもう暫(しばら)く厄介になってろ。
>五六:そんなあ・・・

与志兵衛は、去っていく源五郎の背中を見送りながら大きな溜め息を漏(も)らした。落胆がありありと窺(うかが)えた。

>与志:客を見送るのはいつだって寂しいものです。それが、倅にしたかった源五郎さんでは尚更(なおさら)です。
>八:まだ五六蔵がいるじゃありやせんか。親方から、ここに住む許しも出たことですし。
>与志:そうですよね。五六蔵さんがいますからね。それに仕事が始まれば、源五郎さんとも毎日会える訳ですからね。
>八:そうですとも。それに、おいらや熊の野郎も来ますから。
>与志:はは。それはそれで賑(にぎ)やかで結構なことですかねえ。
>八:尤(もっと)も、三吉や四郎じゃ、気の利いた話もできねえから、刺身の妻くらいの役にしかならねえでしょうけど。
>三:細切り大根だって、立派に手間隙(てまひま)掛けた料理でしょうに。
>八:まあそうだよな。付いてねえと、主役の刺身が引き立たねえ。なんかの役には立ってるってことだな。

>与志:それに比べて源五郎さんは、例えば「鮃(ひらめ)の縁側」というところですか。
>八:なんですかい? その、「白髪(しらが)で縁側」ってのは。なんだかうらぶれちまっちゃいませんか?
>四:八兄い、鮃ですよヒラメ。鰭(ひれ)の辺りの肉のことを「縁側」って言うんです。貴重なものですよ。
>八:そうなのか? 世の中には、おいらが知らねえ食い物もあるんだな。
>熊:下(くだ)らねえことに感動してるんじゃねえ。
>八:ねえご隠居さん。親方が鮃なら、五六蔵はなんでやすかねえ?
>与志:それは、なんと言っても鰹(かつお)でしょう。それも、青葉の頃の「初鰹」。「目に青葉山不如帰(ほととぎす)・・・」
>八:なんですかそれ?
>与志:聞いたことありませんか? 山口素堂という俳人の句ですよ。今くらいの季節の素晴らしさを詠んだものです。
>八:へえ。不如帰も食えるんですか?
>与志:食べ物を並べた句ではありませんよ。・・・ほんと、面白い方ですね、八兵衛さんは。
>八:それほどでも・・・
>熊:誉められてるんじゃねえっての。

刻限は5つ(20時頃)になろうという頃だった。
茶屋の方が一段落着いたさちが、徳利と肴(さかな)を持ってきた。

>与志:皆さんは源五郎さんと違って、まだ居てくださるんでしょう?
>八:勿論ですとも。刻限だってまだ宵の口、腹の方だってまだ序の口でさあ。
>熊:調子が良いことばかり言ってるなってんだ。腹を壊しても知らねえからな。
>八:大丈夫だって。
>与志:それは良うございました。取って置きの肴をお持ちしましたので。鮭の酒浸(びた)しです。
>八:へえ。噂には聞いてやしたが、食べるのは初めてでやす。
>熊:ほんとに聞いたことがあるのか? 江戸じゃあ殆(ほとん)ど見掛けねえぞ。
>与志:ほう、熊さんでしたね? 熊さんも中々良いところを突いてきますね。酒浸しは、越後は村上藩の「喜っ川(きっかわ)」というところのものが最高でして・・・

与志兵衛は、村上の塩引き鮭がどうの、季節の魚がどうのと、説明し始めた。

>八:なんだか、魚の話ばっかりでやすね。いっそのこと、青物なんか止(や)めにして、魚を商っちゃどうです?
>与志:はは。魚だって構いやしませんけど、着物に臭いが移ってしまいますからね。ちょっと具合が良くないんです。
>八:やっぱり。・・・もしかして、ご隠居は、青物にはそれほど詳しくないんじゃねえですか?
>与志:魚に比べてしまうと、素人も同然ですね、確かに。
>三:そんなんで良いんですか?
>与志:道楽(どうらく)の積もりですから、それほど困りはしませんよ。
>八:おいらの長屋にね、匂いを嗅いだだけでどこの産か分かるっていう青物売りがいるんですけど、使ってみる気はありやせんか?
>熊:おい、八、勝手に決めるなよ。
>八:良いんだよ。どうせ与太郎は、おいらの申し出を断れやしねえんだからよ。
>与志:そんな凄いお人がいらっしゃるんですか? 是非お目に掛かりたいですね。
>八:「お目に掛かる」だなんて勿体ねえですよ。直ぐにでも、犬っころかなんかみてえに引っ立ててきやすよ。でも、あんまり期待しねえでくださいよ。ちょっと見には寝惚けた茄子(なすび)みてえな顔してるんですから。
>与志:はは。面白い喩えですね。分かりました。明日でも明後日でも、お好きな刻限に来るように伝えてください。
>八:承知しやした。但(ただ)し、くれぐれも念を押しときやすが、客あしらいとか力仕事とかはからっきしですからね。
>与志:良いですとも。
>八:尤も、茄子の隣に突っ立ってりゃ、茄子売りの役にくらいは立つでしょうがね。
>熊:どういう言われようだ。いくら名前通りの与太郎だからって、何もそこまで落とすこともあるめえに。
つづく
−−−≪HOME