37. 【い】  『一刻千金(いっこくせんきん)』 (2000/07/31)
『一刻千金』
僅(わず)かな時間が千金にも値すること。大切な時や楽しい時が過ぎ易いのを惜しむときなどに使う。
類:●時は金なり
出典:蘇軾の詩句「春夜詩」 「春宵一刻値千金」
作者:蘇軾(そしょく) 中国、北宋の文人、政治家。1036〜1101。字は子瞻(しせん)、号は東坡居士(とうばこじ)。洵の子、轍の兄。洵の老蘇、轍の小蘇に対して大蘇と呼ばれる。唐宋八大家の一人。古文作家として、「赤壁賦」などの名作を残した。詩は宋代第一と称され、黄庭堅、陳師道らに影響を与えた。著に、「易書伝」「仇池筆記」「東坡志林」「東坡全集」など。
参考:赤壁賦(せきへきのふ) 賦(韻文の一種)。蘇軾。1082年。武漢市の西にある赤鼻山を古戦場の赤壁と誤って舟遊したときに作ったもの。「前赤壁賦」と「後赤壁賦」とがある。
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普請(ふしん)奉行所与力、鳴門渦次郎(なるとうずじろう)は、元来(がんらい)、肝の太い方ではなかった。
源五郎の推測が一々悉(ことごと)く当たっているので、唯(ただ)でさえ細い肝を、芯(しん)まで冷やしていた。

>鳴:あ、淡路屋、こ、この源五郎という奴は、一体(いったい)何者なんだ?
>太:はい、あたしにも確(しか)とは分かりません。只(ただ)の町人だと思いたいんですが。
>鳴:只の町人にここまで思い付けるものか?
>太:はい、確かに。・・・唯、その嫁というのが、泉州屋(せんしゅうや)さんにも曰(いわ)く付きの「あや」という女でして。
>鳴:いつぞや話していた後家(ごけ)のことか? たいそう別嬪(べっぴん)だとかいう、あの・・・
>太:はい。与力の伽(とぎ)にでもと狙ってはいたんですが、三月(きつき)
ほど前に、煙(けむ)みたいに消えちまいまして。
>鳴:まあ良い。その女のお陰でお主と泉州屋の関わりに思い当たったとしてだ、儂(わし)のことまでどうして知っているというのだ。
>太:内情に詳しい奴がいるのかも、としか・・・
>鳴:勘定方かどこかに縁者(えんじゃ)でもいるんじゃなかろうな。
>太:いま調べているところです。
>鳴:なあ、淡路屋、このまま打ち合わせ通り入れ札をしなければならないのか?
>太:泉州屋さんにはやっと巡(めぐ)ってきた機会ですからね。
>鳴:次回なんとかするからとか言って先送りにはできないか?
>太:できませんよ。襖絵(ふすまえ)だって貰ってしまったじゃあありませんか。
>鳴:二助があんなことになっているから、まだ建具屋に預けたままだ。代わりの左官もまだ見付かっていないらしい。
>太:お楽しみは先延ばしにした方が喜びも増すというものです。
>鳴:それどころじゃなくなってしまったじゃないか。儂は一体どうすれば良いのだ?

肝の細い者は、選択肢の一方がなくなると、身を翻(ひるが)したようにもう一方に縋(すが)り付くものらしい。

>鳴:淡路屋、いっそのこと、内情を知っていそうな奴らをみんな消してしまうというのはどうだ?
>太:いえいえ、そっちの方がもっといけません。いくら越前(えちぜん)さんから100年近く経(た)っていると言っても、お江戸の町奉行所はきっちりしていますからね。寺社方とか勘定方とかの方が増しってもんですよ。
>鳴:それじゃあ、唯びくびくしながら3日間過ごさなきゃならないのか?
>太:3日間だけじゃありません。入れ札の当日だって冷や冷やものです。その後だって、暫(しばら)くそいつらの出方を伺(うかが)っておかないといけませんし。
>鳴:やっぱり片付けてしまった方が良いんじゃないのか?
>太:ちょっとお待ちくださいまし。二助と小娘を無事に帰せば今回のことは目を瞑(つむ)るって言ってるんですから。
>鳴:信じられるのか?
>太:信じるしかないでしょう。
>鳴:その源五郎とやらを金子(きんす)で丸め込むというのはどうだ?
>太:どうでしょうかねえ、下手(へた)をすると藪を突付いて蛇を出してしまいますからねえ。まあ、3日間あります、どういう奴なのか調べておくことにしますよ。
>鳴:儂は唯待つだけか?
>太:そうです。お待ちください。
>鳴:辛(つら)いのう。胃の辺りがしくしく言い始めたぞ。

入れ札の融通(ゆうずう)の話を持ち掛けられたときは、鳴門渦次郎はやっと大所が巡ってきたかと小躍(こおど)りしたものだった。
それまで、小さな賂(まいない)を受けたことはあった。しかし、どれも後に余禄を残すようなものではなく、全て一晩で流れてしまった。
それが今回は、手付け金だけで悠に10日は楽しめた。
この職に就(つ)いて苦節15年。目の前には「退任」の2文字だけがちらついていた。そんな折の話であった。
(ああ、あの春の数日間に戻りたい)、そう考えてしまうのも無理からぬことである。
なにしろ、天候は雨催(もよ)い、やがて時節は梅雨なのだ。
待ち受ける運命といえば、入れ札の件の破談(はだん)か、処罰待ち。運が悪ければ、死罪まで有りうるのだ。
太郎兵衛の奴は、それでも実行しろと言う。
まあ、それも仕方ない。表立って行動が取れないのだから、3日後までは、流れに身を任(まか)せるしかない。

>鳴:二助とやらのことはどうする?
>太:手当てをして食事も取らしておいていただけますか?
>鳴:分かった。そうしよう。その代わり、1日2回誰かを使いに寄越(よこ)せよ。待っているだけじゃ気ばかり揉めて適(かな)わん。
>太:承知しました。・・・大丈夫ですって、あたしが丸く納めてみせますって。
>鳴:きっとだぞ。
>太:大船に乗った積もりでいてくださいまし。

(もう少し来るのが遅れていたら二助は死んでいたかもしれないな)と、太郎兵衛は思った。
兎角(とかく)役人というものは、小心者揃(ぞろ)いでいけない。
自分の利益ばかり考える割に、いつも金銭や進物に翻弄(ほんろう)されている。
自分の肩書きを守るためなら、自尊心だって蔑(ないがし)ろにする。
「自尊心を失った奴は駄目だな。」 ひとりでに言葉が漏(も)れていた。
太郎兵衛は、鳴門与力頼みはもう今回限りにしようと決心していた。また別の業突く張りを探さなければならない。
それにしても、半年も懸けて練(ね)ってきた企(くわだ)てが、たった1人の大工ごときに台無しにされては適わない。
なんとしても成功させて、泉州屋からたんまりふんだくって、深入りする前におさらばした方が良いようだ。

>太:いかんな。どうもあのあやという女とは、相性が悪いようだ。

いずれにせよ、この3日間を真剣に、抜かりなく立ち回らないと、一生を棒に振ることになる。
時間は限られている。
その限られた時間を有効に使った者だけが勝者となる。
それこそが、ここまで伸(の)し上がってきた自分の真骨頂(しんこっちょう)ではないか。
瀬戸際(せとぎわ)に置かれると血が滾(たぎ)る。博徒にとっては、今こそが、この上ない愉悦(ゆえつ)
の瞬間ではないか。
つづく)−−−≪HOME