26.【い】  『医者(いしゃ)の不養生(ふようじょう)』 (2000/05/15)
『医者の不養生』
患者に摂生(せっせい)を薦める立場の医者が自分では意外に不摂生なことをしているという意味で、一般に、他人には立派なことを教えておきながら実行が伴っていないこと。
類:●坊主の不信心●儒者の不身持ち●紺屋の白袴髪結いの乱れ髪易者身の上知らず
出典:「風流志道軒伝
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源五郎は、置いてきてしまったあやの分もお札(ふだ)を買おうかと思ったが、商売繁盛にしても家内安全(かないあんぜん)にしても、独り暮らしのあやには意味のないものに思えて、結局自分の分の札だけを買い求めた。
それにしても自分はあやの家族のことも、家柄のことも、何も知らないんだなということに思い当たり、物寂しくなった。
せめて護身(ごしん)のお守りでも渡そうかと、別の列の後ろに並び直すと、隣の御籤(みくじ)のところに五六蔵たちが並んでいた。

>源:なんでえ、お前ぇたち、お祓(はら)いに行ってたんじゃねえのか。
>五六:それがね親方、お祓いは幾らくらい掛かるかご存知でやすか? 1朱(約5千円)からですぜ。
>源:へえ、吹っ掛けやがるな。
>五六:それも、松竹梅の下の並(なみ)が1朱ですぜ。並なんて聞いたことありやすか?
>源:それじゃあ松になるとどのくらいだってんでえ。
>五六:梅が1分で、竹が1両、松に至っては5両以上だってんですから。そんなの出す人がいるんですかねえ。一度面を拝(おが)んでみてえもんです。
>源:値段が高けりゃご利益(りやく)があるってもんじゃあねえんだろうがな。きっと、松じゃねえと名のある神主さんが拝んで呉れねえんだろうな。
>五六:そうするってえとなんですかい? 並で頼んだ人には見習いで十分てことですかい?
>源:そこまで阿漕(あこぎ)とは思わねえけどな。似たようなもんなんだろう。
>五六:そんな訳で御籤で急場を凌(しの)いどくことにしやした。
>源:随分安いもんで凌いじまうんだな。それで、御籤は幾らなんだ?
>四:ひとつ3文(60円)です。
>源:ここに波銭(4文)が3つあるからこれで払っとけ。
>四:1枚分残りやすが、親方も引いてみますか?
>源:ああ、適当に引いといて呉れ。
>三:いけませんよ親方、こういうもんは自分で引かないと意味がありやせんから。
>源:分かったよ。直(すぐ)に行くからそこで待ってろ。・・・ときに、他人の銭で引くってのはどうなんだ?
>四:お足の出所は、この際あまり拘(こだわ)らない筈です。
>源:なんだか眉唾だな。

不慣れな売り子が手間取ったせいで、源五郎が人集(だか)りから抜け出すのに四半刻(約30分)近くを要してしまった。
その間、五六蔵たちは、手馴れた御籤の売り子からあれこれ話を聞いていた。

>五六:親方、揉(も)みくちゃにされてやしたね。
>源:ここの巫女(みこ)さんは小銭の勘定も碌(ろく)にできないのかね。
>四:巫女さんじゃありませんよ、親方。日払いで雇(やと)われてる町娘なんだそうですよ。
>源:道理でな。お前ぇたちも待たされたのかい?
>六:それがね、こっちの娘は何度もここで働いたことがあるそうで、手際(てぎわ)が良いのなんのって。終(しま)いにゃあっしらと世間話までするくらいでして。
>源:何か面白いことでも言ってたか?

>五六:ここの神主はとんだ生臭(なまぐさ)ですぜ。肉は食らうわ、酒は飲むわ、おまけ手を付けた巫女も2人や3人じゃねえってんですから。
>四:あの娘も、小判をちらつかされてその気になり掛けたってんですから。
>源:銭の力に溺(おぼ)れちまってるって訳か。
>五六:へい。神様じゃなくって千両箱を拝んでるってんですから。
>源:どうやらご利益も期待できそうにねえな。
>五六:そのうち罰(ばち)でも当たるんじゃねえかって思ってたら、ほんとに罰が当たったらしいですぜ。
>源:どういうこったい?
>五六:大晦日に、やくざもん2人を連れた親分が来て、ごっそりふんだくって行ったってんです。お布施(ふせ)
たんまりせしめるつもりでいたところ持ってかれちまったんですからね、2層倍辛(つら)かったんじゃねえですか?
>三:やっこさん、昨夜(ゆうべ)は随分飲んだくれたらしくて、昼近くまで起きてこなかったそうです。
>四:銭に溺(おぼ)れる奴は、結局、銭で泣くんですよね。
>源:その親分てのは淡路屋の太郎兵衛か?
>五六:恐らく
>源:お前ぇ、そっちの方の伝手(つて)で、太郎兵衛のことをもう少し調べてみちゃあ呉れねえか?
>五六:分かりやした。・・・ですけどね親方、調べるのは明日っからでも良いですよね?
>源:そうだな。元日(がんじつ)から働かす訳にもいかねえか。
>五六:そんなんじゃねえんで。親方のために働くのは嬉しいんでやすが、帰ってからの酒がふいになっちまうのが悲しくて。
>源:まったく、簡単なやつだね、お前ぇは。八兵衛とちっとも変わりゃしねえ。

源五郎が引いた御籤は「小吉」だった。
「縁談」のところには「自重して待てば思う通りに結ばれる」、「待ち人」のところには「すぐには来ない」と書かれていた。
少し切なくなった。
つづく)−−−≪HOME