238.【す】 『粋(すい)は身(み)を食(く)う』 (2004.06.28)
『粋は身を食う』
花柳界(かりゅうかい)などで、粋人と持て囃(はや)されたりしていると、遊興に深入りし過ぎて、最後には身を滅ぼすことになる。
類:●芸は身の仇
反:●芸は身を助く
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源五郎たちが働きに出ている間に、あやはお咲の元を訪ねていた。
久々の外出ということもあって、遠回りして、毘沙門(びしゃもん)様へも寄ってきていた。

>あや:六之進様、すっかり、ご無沙汰(ぶさた)してしまいました。
>六:おお、これは、あやさんではありませんか。親方には、お変わりなく?
>あや:はい。みんな息災(そくさい)です。
>六:ささ、むさ苦しいところではありますが、お上がりになってください。・・・咲、お茶をお煎(い)れしなさい。上等な方だぞ。
>咲:はーい。・・・ねえ、あやさん、後で慶二ちゃん、抱かせて貰っても良い?
>六:これ、端(はし)たない口の利き方をするもんじゃない。
>咲:はーい。気を付けまーす。・・・ねえあやさん、それって、例のお煎餅(せんべい)?
>あや:そうよ。お土産(みやげ)。お咲ちゃんも好きでしょう?
>咲:だーい好き。父上は下戸(げこ)だから苦手よね、塩煎餅?
>六:何を言うか。煎餅は塩辛いものと相場が決まっておる。それに、男子として苦手なものなどあろう筈がない。
>咲:強情(ごうじょう)なんだから。
>あや:味の好みは人それぞれですからね。苦手だとか得意だとかじゃなくって、好きか嫌いかということで良いんじゃありませんか? うちの親方だって、煎餅より饅頭(まんじゅう)の方が好きみたいですし。
>六:そうですな。拙者も、饅頭の方が好きではありますな。
>咲:それに、お酒よりはお汁粉(しるこ)、でしょ?
>六:酒については、目下(もっか)修行中である。やがて酒豪にもなろう。
>咲:それは無理。

あやは、煎餅とは別の包みから「金太楼(きんたろう)」の「小金饅頭」を取り出して、六之進に差し出した。
流石(さすが)気が回るわね」というお咲の言葉ににっこりしてから、あやは本題を切り出した。

>あや:お咲ちゃんはもう気付いているでしょうけど、うちの八兵衛が、お花さんと一緒になりたいって思ってるようなの。
>六:ほう、八つぁんが・・・
>咲:あたし知ってる。もう、ばればれよ
>六:そうなのか? 私はまったく知らなんだ。
>咲:父上は一々口を挟まないで。間怠(まだる)っこくなるから。
>あや:良いのよ、お咲ちゃん。・・・それでね、その前に、お咲ちゃんの見た感じではどうかっていうことを聞きたいのよ。
>咲:あたしの感じ? うーん、どうかな。そうね、他のお客さんよりは悪くないかもね。少なくとも、三吉さんよりは良く思ってるわね。・・・でも、一緒になる気があるかどうかってことになると、ちょっと難しいかもね。
>あや:どういう風に?
>咲:まだ用意ができてないっていうのかな。そんな感じ。
>あや:そう。なんとなく分かるわね。わたしも最初はそうだったもの。
>咲:親方とのとき?
>あや:いいえ。その前のとき。・・・まだ子供だったわ。お飯事(ままごと)をしているみたいだった。
>咲:今は違う?
>あや:稚児(やや)が産まれちゃうとね。それどころじゃなくなるもの。毎日が一所懸命よ。

>咲:じゃあ、先に稚児を作っちゃえば良いのよ。
>六:こ、これ。お前、何を言っているのか分かっているのか?
>咲:そのまんまよ。
>六:そのようなふしだらなことは許さんぞ。
>咲:何言ってるの? あたしがそんなことするっていうことじゃないの。お花さんのことよ。
>六:お花ちゃんでも誰でも、許さん。
>咲:まったく、父上ったら頭が固いんだから。

お花にその気を起こさせるということが先決ということなのだろうか。
あやはちょっと考え込んだ。 が、考えたからといってどうなるものではない。

>あや:ねえ、頼んじゃっても良いかしら?
>咲:あたしが縁結びの役をやるってこと? ・・・こりゃあ難題だわ。
>あや:嫌?
>咲:嫌な訳ないじゃない。難しいことほど、やる気盛り盛りなのよね。よーし、引き受けた。
>あや:六之進様、お借りして宜しいですか?
>六:八つぁんといえば家族も同然です。存分に使ってください。・・・咲、くれぐれもあやさんの指図(さしず)に従うのだぞ。出過ぎた真似だけはせぬよう。
>咲:分かってるわよ。・・・それで? 先ずどこから始めようか?
>あや:そうね。お花さんのお父様とお話してきて貰えないかしら。
>咲:八つぁんの話を出しちゃて良いの?
>あや:それはまだ待って。・・・お仕事以外のことを、それとなく見てきて欲しいの。
>咲:仕事以外のこと?
>あや:そう。好物とか、仲の好い人は誰かとか、そういうこと。
>咲:良いけど、それが何かの足(た)しになるの?
>あや:なるかも知れないし、ならないかも知れない。・・・でもね、お花さんが中々本気になれない訳が分かるかも知れないわ。それが分かれば、お花さんは自然とそういう気になる。きっとね。
>咲:成る程。そういうことか。この縁結び役、お咲、確かに拝命(はいめい)いたしました。

お咲からの報告は2日後に来た。
お咲は、大工たちが出払った頃合いを見計らって訪ねてきた。

>咲:近所の女房連(れん)の話に混じってきたわ。あたしって、小母(おば)さん方には受けが良いみたい。
>あや:評判はどうかしら?
>咲:上々(じょうじょう)。人柄は柔らかいし、近所付き合いも良好。女房は大事に扱うし、お花さんとも良く散歩に出掛けてたほど仲良しだったって。それに、足の具合いももう治ったみたいなもんだって。
>あや:言うことなしってとこかしら?
>咲:唯(ただ)ね、1つだけあったわ。
>あや:なあに?
>咲:歌が巧いんだって。
>あや:歌?
>咲:あちこちの祝言やら寄り合いに呼び出されて歌うんですって。「高砂や〜」って。
>あや:それがいけないことなの?
>咲:うん。なんかね、ほんのちょっと包んで貰った駄賃(だちん)よりたくさん振舞い酒しちゃうんですって。耳掻きで集めて熊手で掻き出すってなもんよ。

>あや:そんなにしょっちゅうじゃないんでしょう?
>咲:隣りの小母さんに言わせると、月に6回や7回ですって。4,5日に1回よ。こりゃあもう、趣味の域を越えちゃってるわね。
>あや:それがお花さんの悩みの種なのかしら? ・・・お母様はどうな風?
>咲:頼りにされてるんだから仕方ないって、諦(あきら)めちゃってるみたい。
>あや:お母様もそんな具合いだとすると、ちょっと大変ね。・・・でも、なんとなく見えてきたわ。
>咲:次は何をすれば良い?
>あや:そうね。お花さんとお話してみたいわ。近いうちにお昼ご飯でも食べに来ない?
>咲:明日でも良い? 明日が駄目でも明後日(あさって)。
>あや:お義母(かあ)さんからお小遣いを貰ってるから、奮発(ふんぱつ)して鰻(うなぎ)でも取っちゃおうかしら。
>咲:やったあ。

そんなことになっているとは露知らず、八兵衛はじめじめした陽気にうんざりしながら働いていた。

>八:ねえ親方あ、なんだかこういうはっきりしねえ日が続くと、気持ちまで黴(か)びちまうような気がしませんか?
>源:なんだ? そいつは催促(さいそく)か? まあ待て。あやの奴が何かこそこそとやってるみたいだからよ。
>八:それもあるんですが、どっちかっていうとこっちの方で。
>源:なんだ、酒か? まだ真っ昼間じゃねえか。
>熊:懲(こ)りねえ野郎だね、お前ぇも。
>八:折角(せっかく)棟梁たちがいないんですから、ちょっとくらい馬銜(はめ)を外しても良いんじゃねえですか?
>源:お前ぇなあ、嫁が欲しいって言ってる割には、迎える準備ってもんが全然ねえじゃねえか。ちっとは我慢をして、銭を貯(たくわ)えるとか、そんなことを考えたことはねえのか?
>八:へい。そう言や、まったく考えたことがなかったです。
>源:それじゃあ今から考えろ。このままいくとお前ぇは飲み食いだけで身代(しんだい)を潰(つぶ)しちまいそうだ。
>八:そんなあ。いやあ親方、「身代」なんて呼べるほど立派な家(うち)じゃあありませんって。
>熊:褒(ほ)め言葉で言ってるんじゃねえっての。
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※お詫び 時代考証を誤っています。
  「ばればれ」は、現代の用法です。
  この時代(1804頃)にはこういう使い方はしていなかったと思われます。(上に
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