119.【か】 『金(かね)は天下(てんか)の回(まわ)りもの』 (2002/03/11)
『金は天下の回りもの』[=回り持ち]
金銭は一つ所にばかり留まっている訳ではない。仮令(たとえ)今多くの金銭を持っていてもやがてはそれを失い、逆に今ない者にもやがては回ってくるだろうということ。
類:●Money comes and goes.<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
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お夏は、養生所も「だるま」も正月休みということで、暇を持て余していた。
お咲が迎えに行くと、待ってましたとばかりに、飛び出してきた。

>咲:お父上の方は良いの?
>夏:良いの良いの。おしかさんに任せとけば、その方が却(かえ)って喜ぶのよね。
>咲:取られちゃったって気はしない? あんた父上っ子だから。
>夏:あたしが? ご冗談。書物を読む時間が出来て物凄く嬉しいわよ。
>咲:とかなんとか言っちゃって、養生所への送り迎えは、おしかさんにはさせてない癖に。
>夏:なによ。正月早々、いやに絡(から)むわね。・・・ははあ、またなんか面白いことがあったんでしょう?
>咲:あら、分かった?
>夏:あんた、良いことがあると、変に勿体(もったい)振って、眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せたような顔をするのよね。
>咲:へへ。

>夏:で? 何があったの?
>咲:親方たちが豆撒(ま)きの鬼になったの知ってる?
>夏:いつ? 何処で?
>咲:毘沙門様。今朝方ね。
>夏:なんですって? それじゃ、あたしたちが挨拶した直ぐ後じゃないのよ。あー、もう少し張り付いてれば良かった。
>咲:あたしはばっちり見ちゃったもんね。
>夏:見たい見たい。もう一回やって呉れるように頼んでみてよ。
>咲:来年まで待つのね。来年は本厄だから、大々的にやるかもね。
>夏:来年までなんか待てる訳ないじゃないの。

お夏は、親方にもう一度やって呉れるように直談判(じかだんぱん)するのだと息巻いた
そんなお夏に、お咲は本題の方を切り出した。

>咲:お夏ちゃん。あのね、面白いことって豆撒きのことじゃないのよ。
>夏:え? これ以上に面白いことがあるの? 教えて教えて。
>咲:悪事を企(たくら)むお坊さんがいるのよね。
>夏:お坊さん? お坊さんにどんな悪事があるってのよ。
>咲:お寺の乗っ取り
>夏:えー? 仏様に仕える人がそんなこと考えてて良いの?
>咲:だから、懲(こ)らしめちゃおうってんじゃないのよ。
>夏
抹香(まっこう)臭いのって苦手だな。罰(ばち)が当たったりしない?
>咲:何言ってるの。悪人は悪人なのよ。仏様だって生臭坊主になんか味方しないわよ。そうでしょ?
>夏:それもそうね。・・・それで? あたしは何をやればいいの?
>咲:筋書きを書く人だって。
>夏:ええ? そんな事やらせて貰っても良いの? 凄いことになったって知らないんだから。
>咲:でも、正直な話、大方の流れは決まっちゃってるのよね。あのせっかちこの上ない内房のご隠居さんが絡んでるんだもの。おちおち御節(おせち)も突付いてられないわよ。
>夏:ご隠居さんが? そりゃ大変だ。それじゃあ早速経緯(いきさつ)を教えて貰わなきゃね。

お咲たちが戻ると、源五郎はまた奥に引っ込んでしまっていた。
源蔵も、3合立て続けに飲んだせいか、すっかり酔ってしまい、「後は任せたからな」と言い置いて引き上げてしまったという。

>八:なあ熊よ。厄は本人より親の方に降り掛かるってのは本当なんだな。
>熊:だから、それを食い止めようとして、態々(わざわざ)お夏坊にまで出張(でば)ってきて貰ったんじゃねえか。
>夏:あたしが来たからにはもう大丈夫よ。悪事を企(たくら)む人なんか、ぎゅうっと縛り上げて、ぐうの音(ね)も出ないようにしちゃうんだから。
>八:待ってました、お夏ちゃん。
>熊:大丈夫かよ。のっけか大風呂敷を広げるやつにゃあ碌(ろく)なもんはいねえぞ。
>夏:これまでにあたしが、いつそんなことをしましたかっての。要は、緻密且つ大胆に、よ。

三吉の話し振りも、3度目ともなると板に付いてくる。先の2回に比べてかなり短時間で説明を終えた。

>夏:ふうん。普請方の小豆内海と寺社与力の家島網綱ね。弟の方は今のところ真っ白ね。厄介(やっかい)なのは、色狂いの兄の方、・・・なんだけど、悪事の片棒を担ぐには、なんだかちょっと物足りないわね。
>熊:物足りねえって、お前ぇ、こっちまで一緒になってやらかそうってんじゃねえんだから、そんな言い方はねえだろう。
>夏:こういうことはね、向こうの立場になって考えるのも必要なの。
>熊:そういうもんかね。
>夏:あたしだったら、いつまでも埒(らち)が明かない色惚(ぼ)けじゃなくて、もっと違う伝手(つて)を使うわね。
>熊:小豆の家族とか、同僚とかのことか?
>夏:うーん。それも悪くないんだけど、ちょっと違うわね。
>熊:それじゃあ誰なんだ? 真逆(まさか)内房のご隠居とかお奉行様とかってんじゃねえだろうな。
>夏:真逆。そんな人たちを連れ出したら、折角(せっかく)出てきた鼠が巣に引っ込んじゃうじゃない。

>咲:じゃあ誰なのよ。さっさと言いなさいよ。
>夏:それはお咲ちゃんのお仕事よ。
>咲:あたし? なによ。あんた、
訳知りみたいな顔して、何も思い付かないんでしょう。あたしに調べ回れってことなんでしょ?
>夏:違うわよ。・・・それじゃあ、さて問答(もんどう)です。撫道に小豆を紹介したのは誰でしょうか? そして、そいつには、どんな目論見(もくろみ)があるのでしょうか?
>熊:そんなの分かる道理がねえじゃねえか。
>夏:そう? 料亭の料理とか、芸子さんが目的じゃない人だとは思わない?
>熊:銭だ。
>夏:そう。表立ったことは小豆にやらせて、話が纏(まと)まったら小豆なんかよりたくさん・・・
>八:でもよ、表立ってねえんなら、見付けられねえんじゃねえのか?
>夏:そうかしら? 小豆本人に聞けば直ぐに分かるんじゃないの?
>八:なるほど。流石(さすが)お夏ちゃん、冴えてるぅ。
>熊:まあ待てよ。仮にもお役人だぞ、はいそうですかって教えて呉れる訳はねえだろう。
>夏:だからさ、小豆って人、よっぽどの色好みなんでしょう? それに、滅法(めっぽう)お酒に弱い。
>咲:真逆あんた・・・
>夏:そう、その真逆よ。「いろじかけ」。だから、お咲ちゃんの出番だって訳。面白そうな筋書きでしょ?
>八:うんうん、これは相当に面白い
>咲:あのねえ。
>熊:面白いとか面白くねえとか、そういうことじゃねえぞ。「色仕掛け」だなんて、そんなこと15のガキにさせることじゃねえ。
>咲:誰がガキですって? 熊さん、この正月で16よ、16。子供扱いしないで。
>熊:そんなこと、今ここで拘(こだわ)ることじゃねえだろ。
>咲:大事なことよ。馬鹿にしないで。・・・あたし、やる。
>夏:決まりね。
>熊:お前らねえ・・・。後の祭りになったって知らねえからな。

縁側で静をあやしていたあやが、徐(おもむろ)に声を掛けてきた。

>あや:あら、面白そうじゃない。わたしも一役買っちゃおうかしら?
>熊:あ、姐(あね)さんまで。
>あや:お正月の3箇日(さんがにち)だけのことなんでしょう? 家事も大変じゃないし、ちょっとくらいなら、ね?
>熊:親方が聞いたら泣きますぜ。
>あや:寝正月だそうだから、気が付きゃしないわよ。・・・ねえ、静。

静は、きゃっきゃと笑い返した。もしかすると、名前に似ないお転婆(てんば)になるかもしれない。

>あや:まあ、軽口(かるくち)はさて置き、「色仕掛け」をするのにも先立つものが必要でしょ?
>夏:そう、障(さわ)りがあるとしたらそこなのよね。当てがなければ内房のお爺ちゃんに頼もうかと思うんだけど。
>あや:頼めばなんとかして呉れるかも知れないけど、面倒でしょ? わたしが出すわ。
>夏:良いの?
>熊:姐さん、何もそこまで・・・
>あや:確か、厄落としの代金って1分(=約2万円)だったわよね。元々出さなきゃならなかったものなんだもの。使ってちょうだい。これじゃ足りないっていうんなら、もう少しなら用立ててあげられるわ。
>夏:十分よ。「見せ金」みたいなもんだもの。どうも有り難う。
>あや:とんでもない。元はといえば、お布施(ふせ)をけちろうなんてしたから、こんなことになったんだものね。こんなもので厄が落とせるなら、安いものよ。お坊様の祈願なんかより、よっぽどご利益(りやく)がありそうだものね。
>五六:済いやせん。あっしがみみっちいばっかりに。
>あや:みみっちいのはお坊様の方よ。巧くお布施をせしめた積もりでしょうけど、その騙(だま)した小銭が回り回って、自分の首を締めるだなんて、夢にも思わないでしょうね。
>夏:あやさん、話せるぅ。俄然やる気が出てきちゃった。

>五六:ようし、こうなったらどうあっても、撫道の野郎、すってんてんにしてやるぞ。
>熊:五六蔵、銭金のことばっかり拘(こだわ)るんじゃねえよ。飽くまでも、悪人退治なんだからな。
>五六:へい。心掛けやす。
>八:・・・なあ。考えたんだけどよ、肝心なとこでは、ご隠居か誰かに立ち合って貰わなきゃいけねえよな?
>熊:おや、お前ぇにしちゃあ、随分と気回しができた物言いだな。
>八:あたぼうよ。見届け人がいねえとこでぽかりとやったら、罪になるだろう。
>熊:またそれかよ。
>八:それに、巧くすりゃ、褒美(ほうび)
だって出るかも知れねえしよ。
>熊:だから、銭金にばっかり拘るなって、今さっき言ったばかりだろ。
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