344.【と】 『図南(となん)』 (2007.02.25)
『図南[=の翼・の志]』
鵬(おおとり)が南方に向かって翼を広げようとしているという意味で、大志を抱き、遠くの地で大事業を成そうとすること。
 類:●南するを図る●図南鵬翼
 
例:「図南の翼を張る」
故事:「荘子−逍遥遊」「絶雲気、負青天、然後図南、且適南冥也」 極北の海にいた鯤(こん)という巨大な魚が鵬(ほう)という鳥に化け、海上を三千里飛び、旋風(ゆむじかぜ)に乗って九万里の高さに上り、南の空へ飛んでいこうとしている。
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武兵衛爺(じい)さんからの希望で、というより命令で、2日後から五六蔵と四郎の2人が駆り出されることとなった。
四郎の方は、ここのところ材料や道具の差配(さはい)ばかりしているので、腕が鈍(なま)ってるんじゃないかと心配顔である。
それに、ほんの少し、武兵衛爺さんを恐れてもいる。

>四:おいらじゃ、足手纏いになっちまうんじゃありませんか?
>源:そんなことはねえさ。お前ぇだって、伊達に何年も玄翁(げんのう)振ってきた訳じゃあるめえ?
>四:そりゃまあ、そうですが・・・
>源:一遍身に付いたもんはそうそう忘れやしねえもんさ。
>五六:「昔取った杵柄」って奴ですかい?
>源:そういうことだ。
>熊:「習い性となる」なんて風にも言うそうですぜ。
>源:そんな小難しいことなんか知らなくっても良い。それより、どうでも良いから爺さんを上手く丸め込んで、1日でも早く帰ってきやがれ。
>五六:へい。分かりやした。
>四:でも、武兵衛さんも中々手強(てごわ)いですよ。
>源:分かってる。そういう面倒ごとをなんとかするのが、四郎、お前ぇの役割りなんじゃねえのか?
>四:そうは仰(おっしゃ)いますが、それとこれとは・・・
>源:それでもなんとかして来い。
>四:は。はあ。

一方、戻って来られることになった八兵衛と三吉は満面の笑みを浮かべている。
やっと肩の荷が下りたというところである。
この数ヶ月間で何がどう変わったかというと、少々心許ないものがある。
相も変わらず、食いしん坊のちゃらんぽらんである。

>八:どうだ、三吉。今晩辺り「だるま」で一杯?
>三:良いですねえ。こういう寒い季節は、やっぱりお田(でん)ですかね?
>八:おっ、良いねえ。ちょいとばかし熱めの燗(かん)にして貰おうじゃねえか、なあ?
>三:おいらは、なんてったって蒟蒻(こんにゃく)が好きですねえ。
>八:蒟蒻だと? そんなもん、女子供の食うもんじゃねえか。
>三:そんなことありませんよ。確かに町じゃ「とかく女の好むもの、芝居蒟蒻芋南瓜(しばいこんにゃくいもかぼちゃ)」なんてことを言ってるようですが、男が食っちゃいけねえってもんじゃないでしょう?
>八:そりゃそうだ。おいらだって味噌田楽(でんがく)は食うしよ。・・・だがよ、お田と言やあ大根だろうよ。おいらはよ、真っ黒に醤油が滲(し)みたのが良いな。
>三:大根は、どっちかってえと烏賊(いか)と一緒の方が好きだなあ。
>八:うん。それも良いよな。うっしっし。
>三:なにが「うっしっし」ですか。蒟蒻の話はどうなったんです?
>八:そんな細かいことはどうでも良いの。要は、小鉢にこそっとか、丼(どんぶり)に山盛りかってことじゃねえのか?
>三:おいらはこそっとでも良いんですけど。
>八:お前ぇは欲がねえな。そんなんだから、いつんなったって半人前扱(あつか)いされるんだ。でっかく行こうぜ、な?
>三:丼のお田ごときの、どこがでっかいんですかねぇ。

寒い冬とはいえ、この冬はまだ一度も雪が降っていない。
妙な天気ではある。
そんな陽気に当てられてか、武兵衛のくしゃみは中々抜けない。
五六蔵と四郎が出掛けた日も、まだぐしゅぐしゅやっていた。

>五六:大丈夫なんですかい? 寝てても良いですぜ。八兄いから何をどうやれば良いのか聞いてきてやすから。
>武:こんな暖(あった)かい日に寝てなんかいられるかい。
>四:おいら、少しも暖かいとは思いませんが。
>武:そんなことを言ってて材木屋通いができるかってんだ。
>四:あまり関わりはないと思うんですけど。
>武:そんなことあるか。人より先に出掛けて人より遅くに帰るんだぞ。心持ちが負けてたら、端(はな)から勤(つと)まるまいよ。
>四:はあ。頑張ります。
>武:なんだその「はあ」ってのは? それがいけねえっての。「へい」とか「おう」とか言いやがれ。
>四:は、はい。
>武:駄目だな、こりゃ。「へい」だ「へい」、・・・へいっくしょん。
>四:済みません
>武:まあ良いや。・・・破落戸(ごろつき)の五六蔵とやら。
>五六:へ、へい。
>武:お前ぇ、内藤様の仕事を請け負うつもりはねえか?
>五六:は?
>武:「は?」じゃねえよ。内藤様。頼以(よりもち)様んとこのご家臣の家を建てる気はねえかって聞いてるんだよ。
>五六:そんな大それたことを・・・。
>武:良いんだってんだ。今どき、お大名の1人や2人に見知っておいて貰わねえと、箔が付かねえだろ?
>五六:箔どころか、手違いがあったら、首が飛びやすぜ。
>武:そんなこと気にするなって。でかいことをしようって奴が首の1つや2つ・・・
>五六:首は1つしかありやせんって。
>武:そういう気構えでやれってことだよ。・・・なんなら、今から行っとくか?
>五六:そ、そういうことは、源五郎親方とも話し合ってみねえと。
>武:源五郎なんぞ、河童の屁ぇっくしょん。

今日の今日では話が急だということで、内藤のお殿様へのお目通りは先送りとなったが、武兵衛は随分と五六蔵を買ったものである。
それにしても、大名とも馴染みとは驚きである。裏でどういうことをやっているのか知れたものじゃない。
まったく、食えない爺さんである。

>四:・・・あの、もしかして、内房(うちぼう)のご隠居様とお知り合いとか?
>武:ああん? 俺がか? ・・・なんだ、ええ勘してるじゃねえか。
>四:本当にお知り合いなんですか?
>五六:冗談でしょう? あちらは、ええと、なんだ・・・
>武:お奉行様と碁(ご)を打つ間柄だってんだろ? そんなこと知ったこっちゃねえやな。旅籠(はたご)の隠居と茶飲み話くらいしたからって、お奉行様は怒りゃしねえだろ。
>五六:そりゃそうでやしょうが・・・
>武:あいつぁあな、碁を打ってねえときゃ、瓦版かなんかのことに口を出して、それでも飽き足らなきゃ、死に損ないの具合いを見に来やがる。・・・まったく、忙(いそが)しいご隠居様だぜ。
>四:それで、八兄いとか五六蔵兄貴のことを?
>武:それだけじゃねえさ。俺だって、伊達に源蔵贔屓(びいき)を何年もやってきちゃいねえ。
>五六:親方じゃなく?
>武:源五郎か。・・・確かに面白え野郎だな。
>五六:それだけでやすかい?
>武:なあに、そんだけで充分だろうよ。
>四:なにが充分なんですか?
>武:うるへー・・・っくしょいん。こっちはか弱い病人なんだ。細かいことは聞くなっての。
>五六:都合(つごう)の良いときだけ病人になるとこなんざ、八兄いとそっくりでやすね。
>武:選りにも選ってあんなぐうたらと一緒にするんじゃねえ。
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