第8章「澄まし屋お咲の奮闘(仮題)」

71.【え】 『易簀(えきさく)』 
(2001/04/02)
『易簀』
学徳の高い人や賢人が死ぬことを敬って言う言葉。
類:●簀(さく)を易(か)う
故事:礼記−檀弓・上」「我未之能易也、元起易簀」 孔子の弟子の曾子は、死ぬ前に病床の大夫用の簀(すのこ)を、身分不相応だとして、童子の元(げん)に言って易(か)えさせた。
出典:礼記(らいき) 古代中国の経書。49篇。五経の一つ。周末から秦、漢に懸けての諸儒の、古礼に関する諸説を整理編集したもの。通常、漢の戴徳(大戴)が纏(まと)めたものを、従兄の子戴聖(小戴)が更に改修して成立したとされるが、異説もある。書名中の「記」とは「注記」の意で、「儀礼(ぎらい)」に記される周代の礼の理論と実際を、更に敷衍(ふえん)、解説した部分が多い。四書のうちの「大学」・「中庸」は元々本書の一篇である。周礼(しゅらい)・儀礼(ぎらい)とともに三礼(さんらい)と呼ばれる。
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薬種問屋・園部屋松次郎の評判は、決して悪くない。
医学を学んだという訳ではないが、『大和本草』や『薬徴(やくちょう)』などの書物を良く読む、熱心な人である。
この園部屋松次郎がどうして上方(かみがた)のやくざ者の面倒を見ていたかというと、ただ単に、頼られたから、であった。
しかし、英二たちの態度が改まりそうにないので、そろそろ体良(ていよ)く追い払いたいと思っているところだった。

>園:なあ英二さん、お前さんたち、何か職を探そうという気はないのかい?
>英:職でっか? 四十を越えたあっしらを使おうなんて、ご親切なところなんかありますやろか。
>園:力仕事の口ならいくらでもあるでしょう。
>英:あっしらに、泥に塗(まみ)れろ言いますんか?
>園:そうは言ってないさ。お前さんたちはまだまだ働き盛りだ、割の良い仕事だってできるでしょう。
>英:ここで人足をさせて貰うって訳にはいきまへんか? なんなら、用心棒ってことでもかましまへんが。
>園:太平の世の中で用心棒もないでしょう。それからね、人足の件も無理ですね。うちは精々月に1遍くらいしか荷を運ばないからね、そういう雇(やと)い人は置いてないんだよ。
>英:そうでっか。なら仕方ありまへんな。どこぞその辺で野垂れ死んでたら、線香の一本も供(そな)えと呉れやす。
>園:まあまあ、そんな縁起でもないことを言うもんじゃない。もう暫(しばら)くはここにいても良いから、ちょっと本気になって職探しを始めてみちゃあ呉れないかね。
>英:分かりました。そうしまひょ。

堅気(かたぎ)になる気が有りそうには、到底(とうてい)、見えなかった。後はもう、預っている間に悶着(もんちゃく)を起こさないよう願うだけである。
一方、与太郎とお咲の調べの方も結構進展していた。
英二は、二助のほかにも3件喧嘩騒ぎを起こしていた。どれも刃物(はもの)沙汰になるほどのものではなかったが、その気になればいつでも縄を掛けられるような状態だった。

>咲:ねえ伝六さん、人を殺(あや)めたりする前に捕(つか)まえちゃった方が良いんじゃない?
>伝:桃山の旦那がもう少し待てって仰(おっしゃ)ってるんだ。おいらたちは旦那の言う通りにやってれば良いのよ。
>咲:でもね、相当危険よ。必ず、なんか大きいこと仕出かすわよ。そうなってからじゃ遅いんじゃないの?
>伝:まあなあ。だけどおいらの一存で動く訳にもいかねえしな。
>咲:なんなら、あたしと与太郎さんだけで行っちゃおうかしら。
>伝:おいおい。
>咲:冗談よ、冗談。
>伝:脅(おど)かすなよ。

>伝:ときに与太郎さん。その後、野崎屋の友達の方はどうだい?
>与:はい。今日の昼前、堺屋の若旦那が高価なものを3つも買ってくださったということです。同じものを3つですよ。
>伝:3つもか? そりゃあ豪儀(ごうぎ)だな。
>与:なんでも、枕元に立った天女様に面影(おもかげ)が似てるとかで、顔の広そうなお客さんに渡して、似ている人を探して貰うそうです。
>伝:大将、ほんとにおかしくなっちまってるんじゃねえのか?
>与:さあ、どうでしょう。あたしはお会いしたことありませんから。
>伝:まあ良いや。・・・それで? 誰に渡すんだって?
>与:相馬屋さんと田原屋さんだそうです。
>伝:成る程。確かに顔は広いや。
>咲:でも、田原の父つぁんは寝込んでるってことらしいじゃない。
>伝:おや、お咲さんよく知ってなさるね。その通りだ。なんだかあまり良くないみたいだな。
>咲:そうらしいわね。・・・そうすると、相馬屋さんの近くはあまりうろつかない方が良さそうね。
>伝:どうしてだい?
>咲:い、いえ、こっちの話。

太助の初の給金(きゅうきん)ということで、長屋のみんなが「だるま」に招待された。
どんな絵なのか興味があったので、お咲も付いていくことにした。

>八:おい太助よ。そりゃあよ、目出度えことに付き合うのは結構だがよ、今度いつ売れるか分かったもんじゃねえんだ。あんまり椀飯(おうばん)振る舞いしねえで、後のために取っとけよ。
>熊:お前ぇにしちゃあ、上出来な忠告だな。
>八:なんだ? おいらはいつだって上出来じゃねえかよ。
>熊:はいはい。
>八:それで? 買ってったのは堺屋の蛸(たこ)だって?
>太:蛸、ですか?
>熊:ああ、徹右衛門さんだろう?
>太:はい。でも、蛸には似てませんが。
>八:家業が蛸問屋なんだよ。
>熊:海産物問屋だろ。・・・それで、幾らくらいのを買ってったんだい?
>太:はい。良くは分からないんですが、随分良い給金を貰いましたから、高価なものには違いないです。有る所には有るもんなんですね。
>八:飲んで流れちまうよりはなんぼか増しってもんだな。

>太:それにしても、同じ絵を3枚ですよ。大変なもんですよ。
>八:3枚? 何をとち狂ってやがるんだ?
>太:詳しい経緯(いきさつ)は知らないんですが、天女様に似てて、それでまた、その絵に似てる女の人を探すんだってことだそうです。相馬屋さんと田原屋さんなら顔も広いからって言ってました。
>八:天女って、お前ぇ、お咲坊に似てるのか、その絵って?
>太:はあ? お咲さんにですか? ・・・そう言われれば似てるような似てないような・・・
>八:それで? もしもだよ。もしも天女に似てる娘を連れてったら、何か褒美(ほうび)でも出るのかい?
>熊:八。お前ぇ真逆(まさか)・・・
>八:いややや、滅相もない。誰が蛸野郎にお咲坊を渡すかよ。
>咲:当り前よ。そんなことしたら一生恨(うら)むわよ、八つぁん。
>八:おお怖い。
>熊:でもよ、田原の父つぁんって、臥(ふ)せっていなさるだろ? 人探しも何も無理じゃねえのかよ。
>八:なんでえ、お前ぇ気が付かなかったのか? その絵、棟梁んとこに来てたじゃねえか。
>熊:なんだと?
>八:姐(あね)さんなんか、「お咲ちゃんに似てない? この絵」なんて言ってたぞ。
>熊:おいおい、ほんとかよ。
>八:おうよ。おいらの早耳には恐れ入るだろう。・・・ありゃあなんだな、田原の父つぁんももう終(しめ)えだな。そんでもって、後釜はうちの棟梁ってことだな。・・・あ、そうだ。いっそのこと、その絵をよ、棺桶に入れてやったら良いんじゃねえか?
>熊:こら、縁起でもねえこと言うもんじゃねえってんだ。
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参考@:大和本草(やまとほんぞう) 江戸中期の本草書。16巻、付録二巻、諸品図一巻。貝原益軒著。宝永5年成立。「本草綱目」所載のものを基礎に、中国・日本・西洋産を加え、計1362種の本草を集成・分類し、各品種の名称・特質などを解説する。
人物:貝原益軒(かいばらえきけん) 江戸前期の儒者、本草学者、教育者。1630〜1714。福岡藩の家臣。名は篤信。初号、損軒。松永尺五(せきご)、山崎闇斎、木下順庵に朱子学を学ぶ。民生日用の学を重んじて、庶民を啓蒙。晩年、古学派的傾向を示した。著「益軒十訓」「黒田家譜」「大和本草」「慎思録」「大疑録」など。
参考A:薬徴(やくちょう) 吉益東洞著。1771年。53種の薬品について、薬能、選品などを論じた。
人物:吉益東洞(よしますとうどう) 江戸中期の医者。1702〜73。安芸(広島)の人。名は為則。古医方を主張し、「親試実験」の説を唱え、実証主義的な医学を確立した。著「類聚方」など。