64.【う】 『鵜(う)の真似(まね)をする烏(からす)』 (2001/02/13)
『鵜の真似をする烏』
烏(からす)が、姿の似ている鵜の真似をして水に入り、溺れてしまうという意味から、自分の能力、身の程を顧みないで人の真似をする者。また、そのような真似をして失敗する者のこと。
類:●鯉が踊れば泥鰌も踊る●Trying to ape your betters leads only to failure.
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太助の持ち物はそれ程多いものではなかったが、どこの誰から貰ったものか、米俵が2つ乗っかっていた。
与太郎は、終始、「でかいなあ、でかいなあ」を連発していた。結構、太助のことを気に入ったらしい。

>八:ときに、太助さんよ。お前ぇ、鴨の字とはどういう間柄なんだ?
>太:別に、間柄って程のものは、ありませんが。
>八:だってよ、ここを取り成して呉れたんだろう?
>太:ああ、そのことですか。おいらが大家さんから「出てけ」って言われて困ってたとき、そこに居合わせただけなんで。
>八:それだけか?
>太:いえ、まあ、前にも一度、面倒を見て貰ったことがありまして。
>八:どんなことだ?
>太:へい。駕籠舁(かごかき)をしてたときのことなんですけど、お客さんから乗り心地が悪いっていちゃもんを付けられたことがあるんです。偶々(たまたま)通り掛かって、仲立ちして呉れたのが桃山の旦那でして。
>八:桃山ってのかい、鴨の字の苗字は?
>熊:あれ、言ってなかったか? 鴨太郎が桃山で、もやしが栗林鹿之助、そんでもって牛蒡(ごぼう)が柿本猪之吉ってんだ。
>八:桃栗三年柿八年だな。・・・ま、そんなこたぁどうでも良いが、太助さんよ、お前ぇさん、これまでどんな仕事をやってたんだ?
>太:へい。こんな形(なり)なんで、大概は力仕事です。口入れ屋にいたこともあるんですが、仲間が一緒に働きたくねえってんで、仕事が回ってこなくなって、おん出されちまいました。
>八:粗相(そそう)が多かったってことかい?
>太:鈍(のろ)いんだそうです。その分仲間の厄介(やっかい)が増えるらしくって・・・
>八:成る程な。多分、おいらだってそう言っただろうな。
>太:間に入って呉れる人がいまして、相撲部屋にいたことがあるんですが、こっちの方もからっきしでして。幾ら食っても太らないし、とうとう見限られちまいました。
>熊:米俵はそこからの貰い物か?
>太:へい。功労金代わりだそうです。これでも、案外、客寄せにはなってたんです。いつ1勝するかって、賭(か)けのねたになったりもしてたんです。
>八:どうせ勝てず終いだったんだろ?
>熊:体(てい)よくおっ払われたってとこだな。
>太:そんなとこです。

>八:なんか取り柄(え)はねえのかよ。例えば、客商売なんかどうなんだ?
>太:そうですねえ、一度、夜鳴き蕎麦の父つぁんが腰を悪くて屋台を曳(ひ)けないからって、手伝ったことがあります。結構皆さん可愛がって呉れるんですが、銭勘定とかが不得手(ふえて)でして。釣銭をしょっちゅう間違えるってんで辞(や)めさせられちゃいました。
>八:いよいよ駄目(だめ)だな、こりゃ。
>熊:道楽(どうらく)っていうか、好きなことはねえのか?
>太:そうですねえ、芝居を見るのは好きですねえ。
>八:なにぃ? 芝居だと? ちゃんちゃんばらばらやる、あれか?
>太:へい。ああいう大立ち回りなんか、できたら良いなあって思います。
>八:真逆(まさか)、役者になりてえなんて言い出さねえだろうな。
>太:できることなら、やってみたいですねえ。
>八:お前ねえ、そいつは身の程知らずってもんだぜ。お前とか与太郎みてえに鈍(にぶ)い奴には無理ってもんだ。
>与:あたいも駄目ですか?
>八:なんだ与太郎、真逆お前ぇまでそんなこと考えてやがるのか?
>与:いけませんか?
>八:いけねえに決まってんじゃねえか。おい熊、にやにやしてねえで何とか言ってやれよ。
>熊:いやなにね、そんなのんびりした芝居があったら大受けだろうなって思ってよ。
>八:受けるか?
>熊:さあな。一回なら見てみてえと思うぜ。
>八:お前らねえ、そんな興行やってたら、武家を馬鹿にしてるとか言われて打ち首だぞ。
>熊:今日日(きょうび)、お上(かみ)も結構柔(やわ)らかくなってるってことだぜ。
>八:幾ら柔らかいってったって、ものには限りってものがあるだろう。それにだ、お前ぇたち台詞(せりふ)なんか覚えられるのか?
>熊:台詞なんか覚えなくても良いじゃねえか。その場の思い付きでころころ変えちまえば良い。1回1回話の筋が違うってのも面白いんじゃねえか?
>八:止(よ)せやい。客を馬鹿にするにも程がある。こんなのが役者になるなんて、おいらは絶対許さねえ。
>熊:まあまあ。ほんとに役者にしようってんじゃねえんだからよ。
>太:本気で考えちゃいけませんかねえ?
>八・熊:いけない。

新しい住人の世話を焼きたいのは山々だが、頼んだ先に迷惑が掛かるようでは旨(うま)くない。
頼めそうなところは、何処も彼処も、太助には向きそうもないのだ。
極論を言えば、太助は普通の職ができるような人間じゃないということなのだ。
こいつこんなんで良く干上がらずに食っていけてるなと、逆に、感心したくなる程だった。

>八:なあ熊よ、こりゃぁおいらたちじゃどうしようもねえぞ。
>熊:だからってって、また親方に頼むって訳にもいかねえだろ。親方の方で迷惑だ。
>八:稚児(ややこ)のことで、それどころじゃねえだろうしな。
>熊:なあ、大家さんに任(まか)せちまうか? そもそも頼まれたのは甚兵衛さんなんだから、責(せき)を果たして貰わねえとな。
>八:そうだな。世話役を何年もやってるんだから、変わった職に伝手(つて)があるかも知れねえもんな。
>熊:背が高けりゃ、腕も知恵も要(い)らねえってのがありゃあ良いんだがな。
>八:火の見櫓(やぐら)くれえ高けりゃ、火消しに打って付けだろうがな。
>熊:そんな人間がいる訳ねえだろ。

そんなことで、引越しの片付けもそこそこに、連れ立って甚兵衛を訪ねた。
甚兵衛は、好い気なもので、盆栽の手入れに余念がなかった。
熊五郎たちに下駄を預けてすっかり済んだと思っていたところへ、4人もの来客で、面食らった顔をした。

>甚:何事ですか大人が4人も揃(そろ)って? あ、そちらさんが太助さんですか。あたしが大家の甚兵衛です。宜しくお願いしますよ。
>太:太助です。お願いします。
>八:その太助のことで、助けて貰いたいことがあるんですがね。
>甚:そいつは洒落(しゃれ)ですか? まあ、聞きましょう。さ、お上がんなさい。餅でも焼きましょう。それとも一杯やりますか?
>八:有難い。丁度切らしちまったとこたったんで。
>甚:そういえば幾らか赤い顔をしていますね。昼間っから酒盛りとは偉くなったものですねえ。もう少し身の程を弁(わきま)えた方が良いんじゃないですか?
>八:飲まなきゃやってられねえようにしたのは誰のせいだと思ってるんですかねえ、この爺さんは。
>甚:あれま、そうですか。良いでしょう。その分、頼み事とやらはあたしがなんとかしましょう。源五郎ばかりに好い格好させちゃいられませんからねえ。あたしだってまだまだ捨てたもんじゃありませんよ。ま、大船に乗ったつもりで任せなさい。
>八:大丈夫かねぇ。
>熊:出直した方が良いかな?
>与:なんだか不安になってきちゃいました。
>甚:何を言うんです。こう見えても源五郎の父親(てておや)を鍛(きた)え上げた者ですよ。仮令(たとえ)やくざ者の親分を相手にすることになっても、あたしに掛かったら赤子の手を捻(ひね)るようなもんですよ。ふぉっふぉっふぉ。
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