152.【き】 『器用貧乏(きようびんぼう)』 (2002/10/28)
『器用貧乏』
一通りのことを上手にできるせいで、却って一つの事に集中できずに終わること。色々の事を一応は巧くこなすため、却って大成しない人。
類:●細工貧乏人宝●何でも来いに名人なし●Jack of all trades and [is] master of none.(多芸は無芸)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
参考器用貧乏人宝(きようびんぼうひとだから) 諸事に役立つため他人には重宝がられるが、その人自身は、結局は大成しないということ。
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やがて6つ半(19時頃)に現われたお夏にお種(たね)とお実(さね)の話をすると、意外にも、2人に好意的な反応が返ってきた。
「だって、やがては息子のどれかには継(つ)がせる訳でしょ?」と、捌(さば)けたものである。

>咲:何を言い出すかね、この子は。2人が企(たくら)んでるのは乗っ取りなのよ、乗っ取り。
>夏:乗っ取りは確かに悪いことよね。・・・でも、良いんじゃないの? その番頭さんの目の黒いうちはお店(たな)も大丈夫よ。心配しなきゃならないのは、番頭さんまで追い出しちゃおうなんてことになるかどうかってことよ。
>咲:あんたもつれないわね。そういう風にならないようにしてあげようって言うんじゃないのよ。
>夏:でもねえ、その2人を追い出したところで、俄然(がぜん)繁盛(はんじょう)するなんてこと有り得ないんでしょ? それじゃあ、骨を折るだけ無駄ってもんよ。そんな中途半端なことならやらない方が増し。
>咲:それじゃあいくらなんでも、お杉さんが可哀相
>夏:だって、辞めちゃうんでしょ? 後は野となれ山となれよ。
>咲:立つ鳥後を濁さずって言うでしょ? 安心して所帯を持たしてあげたいじゃない。
>杉:ま、待ってよお咲ちゃん。まだはっきりと所帯を持つって決まった訳じゃ・・・
>咲:いいえ。もう決まったことなの。ここで引っ込んじゃったら、こんなに張り切っちゃってるあたしはどうなるの?
>杉:どうなるって・・・
>咲:良いからあたしに任せといて。・・・お夏ちゃん、じゃあこういうことにしましょう。あたしたちで、奈良屋さんを繁盛させる作戦を練(ね)っちゃいましょう。
>夏:お、新手(あらて)で来たわね。・・・なるほど、ふふーん。それは面白そうね。
>咲:乗る?
>夏:乗った。

>熊:お前ぇたちなあ、遊びごとじゃあねえんだぞ。
>夏:あら、熊お兄ちゃん、遊び心がなきゃ人の面倒(めんどう)なんか見てらんないわよ。
>熊:まったく、どういう根性(こんじょう)してやがるんだか。
>八:おいらはお夏ちゃんに賛成。
>熊:おいおい。まったくお前ぇって奴は・・・
>咲:熊さんは乗るの? 乗らないの?
>熊:そりゃあ、おいらだけ知らん振りもできねえだろう? ・・・だがよお夏坊、言うのは簡単だが、何か良さそうな手立てでもあるのか?
>夏:あるから乗ったんじゃないの。
>八:流石(さすが)お夏ちゃん、頼りになるーっ。
>熊:それで? 一体何をどうしようってんだ?
>夏:要は、旦那様がしゃんとすれば良いんでしょ? そういうのはね、脅(おど)かしちゃうのが一番よ。2・3日勾引(かどわか)しちゃうってのはどう?
>熊:お、おい待てよ。それじゃあご政道に触れるぜ。
>夏:だから、触れないようにするのよ。
>熊:どうやってだ?

お夏は、すっかり雰囲気(ふんいき)に飲まれて、唯(ただ)聞いていた丈二に向き直って尋ねた。

>夏:ねえ、丈二さん。火消しだったら、長谷川様のところに顔は利くわよね。
>丈:へ? 火付け盗賊改めってことかい?
>夏:そ。2・3日で良いから牢獄に泊めてあげることって出来る?
>熊:そんなことできるかってんだ。検分じゃあ仕方ねえってことに決まったんだろ?
>丈:小火(ぼや)だったからな。火盗が出るまでもねえわな。
>夏:でも、油問屋でしょ? ちょっとくらい厳しい詮議(せんぎ)があったって、誰も変には思わないわ。
>丈:成る程(なるほど)ねえ。
>熊:感心してるんじゃねえっての。例えばよ、立場上、お前ぇの頭(かしら)んとこにだって、呼び出しが来ちまうかも知れねえんだぜ。
>丈:頭は気の回るお人だから、経緯(いきさつ)を話しゃ分かって呉れる。・・・うん。何とかなるかも知れねえ。
>熊:こらこら、何とかするなってんだ。
>夏:良いじゃない、熊お兄ちゃん。それもこれもお杉さんのためなんでしょ? それに、結果的に困る人はだぁれもいないんだから、ね?
>熊:「ね?」じゃねえよ。おいらは、嘘を吐(つ)くのが嫌いだって言ってるんだ。
>夏:嘘じゃないわよ。方便よ、方便。
>熊:そりゃあ、屁理屈ってもんだ。

>杉:あたし、是非ともそれをやってみて貰いたい。
>熊:お杉坊・・・
>杉:だって、今のまんまじゃ、あたしいつまで経(た)ってもお店を辞(や)められない。
>丈:お杉さん・・・
>夏:ね? やってみましょうよ。もし、旦那さんがまったく懲(こ)りない人だったら、別の意味で見切りが付くでしょ?
>杉:そうね。あたしがどんなに頑張ったって奈良屋のためになってないんだってことなら、頑張る意味もないものね。
>夏:丈二さん。そういうことだから、お杉さんのために一肌脱いで。
>丈:分かったぜ。1人だけ役に立ってくれそうな野郎を知ってる。
>夏:そう来なくっちゃ。

丈二の話では、その火盗改めの役人は沢田といい、長谷川様の覚えも目出度い者らしい。
ただ、懐刀と言えば聞こえは良いが、生来(せいらい)のお人好しが祟(たた)って、大した禄(ろく)を貰えずにいるという。
本人は因果(いんが)な性分(しょうぶん)だともなんとも思っていないらしく、如才なく様々な役目を果たしているそうである。

>八:変わった野郎もいるもんだな。うちの四郎の方がなんぼか欲張りだぜ。
>熊:そう言うな。世の中には、そういうのも要るものなの。
>丈:だがな、時々こっちが面倒を見てやりてえなって思うには思うんだ。
>八:でもこちとらには、そんな余裕も何も持ち合わせちゃあいねえ。
>丈:いつかはきっと力になってやりてえ。
>夏:なら、こうしましょう。一件が片付いた暁(あかつき)には奈良屋の旦那様から然(しか)るべきお礼の品をぶん取る。
>丈:駄目だよ、お夏ちゃん。役人は袖の下を受け取れねえ。
>夏:そんな堅苦しいことを言ってるから、その沢田さんとやらは
(うだつ)が上がらないのよ。
>熊:まあ、そう言うなって。いつか困ったことがあったら手助けしてやるくらいの気持ちでいりゃあ良いんじゃねえのか? こっちだってしがない大工風情(ふぜい)なんだからよ。
>八:そうだよな。これから小頭(こがしら)になろうっていう丈二ならまだしもな。
>杉:え? そんな話があるの?
>八:年内に嫁を見付けるって約束付きでな。
>熊:こら、余計なことを言うんじゃねえ。・・・お杉坊、そのこととお杉坊のことは別だからな。じっくりやろうが急ごうが、今日ここで決まらなかったら、丈二の野郎、寝不足で気が変になってたかも知れねえんだからよ。
>杉:良いわよ、そんなのどっちだって。あたしは疑わない。あたしのことを考えて呉れてるなってのだけは間違いないことだもん。それ以上何も要らない。
>八:ご馳走様だぜ、まったく。あーあ。おいらたちの春はいつになったら来るのかねえ。
>熊:おいらまで一緒にするな。
>八:しょうがねえじゃねえか、同い年なんだからよ。

今の丈二なら、沢田に巧く頼み込んで、奈良屋庄助の拘留を取り計(はか)らって貰えそうだ。
後は、庄助本人が少しでも商売っ気(け)を出して呉れるのを願うのみである。

>咲:ちょっと待ってよ。ねえお夏ちゃん、牢獄だけじゃあ手緩(ぬる)いとは思わない?
>夏:だって、3人の倅(せがれ)たちがちょっとは思い直せば良いんじゃないの? それとも、獄門(ごくもん)にしちゃう?
>熊:なんだと? お前ぇら、この期(ご)に及んでまた混ぜっ返すのか?
>咲:そうじゃあないのよ。どうせ2・3日いなくなるんだったら、その間、厳しい日課を身に付けて貰った方が、益々良いんじゃないかと思うのよね。
>夏:成る程。その通りっ! 良いとこ突くわね、お咲ちゃん。流石(さっすが)あ。
>熊:おいおい。・・・まあ、あんまり聞きたくはねえが、言ってみな。
>咲:決まってるじゃない。銚子竜之介先生のとこよ。
>八:あの若先生のところか? こりゃあ良い。さぞかし真面目(まじめ)に働くようになるだろうよ。
>熊:却(かえ)って悪くなっちまいやしねえか? 恐れを成して逃げ出し兼ねねえ。
>咲:ふむ。一理あるわね。・・・じゃあ、本郷の富郎さんにでも頼んでみる?
>熊:うーん、悪い話じゃあねえが、あの分家の旦那は優し過ぎて駄目なんじゃねえの?
>咲:そうか。巧く行かないものね。
>夏:一黒屋さんなんかどう? あれだけの大店(おおだな)なら奈良屋の旦那さんも恐縮して張り切るんじゃない?
>熊:あそこは無理だよ。実際に切り盛りしてるのは与太郎なんだからな。あいつ、ぶっ倒れちまうぜ。

>咲:そう。・・・あたしの考えも軽率だったみたいね。前言撤回(てっかい)ね。あーあ。
>夏:そうでもないわよ。
>熊:もう知り合いはいねえだろ? 止めとこうや。
>夏:いるじゃないの。飛びっ切りなのが一軒。
>八:どこだい?
>夏:堺屋。
>八:蛸(たこ)のところか?
>咲:止めましょうよ。あたしあそことはもう関わりたくない。
>夏:何を言ってるのよ。徹右衛門さんにご神託(しんたく)を下せるのはお咲ちゃんだけなんだからね。
>咲:止めてよ。
>夏:お杉さんのためでも?
>咲:そんなこと言い出すのって卑怯(ひきょう)よ。・・・嗚呼(ああ)、あたしってば損な役回りばっかり。あたしって、江戸で一番不幸な美少女かも・・・
>夏:良いじゃないの。後で、困ったことがあったら熊お兄ちゃんが懇(ねんごろ)ろに力になって呉れるそうだから。
>咲:お夏っちゃん! なんてこと言い出すの!
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