127.【か】 『烏(からす)に反哺(はんぽ)の孝(こう)あり』 (2002/05/07)
『烏に反哺の孝あり』
烏は親鳥に養われた恩を親鳥の口に餌をふくませて返すと言われるところから、鳥や獣でさえも育てて貰った恩に報いるものだということ。
類:●烏は親の養いを育(はぐく)み返す●烏哺(うほ)●慈烏反哺
出典@:「本草綱目−禽部・慈烏」「長則反哺六十日、可謂慈孝矣」
出典A:「十六国春秋」「烏有反哺之義、必有遠人感恵而来者」
出典@:本草綱目(ほんぞうこうもく) 本草書(薬学の書)。中国、明の李時珍(りじちん)。万暦6年(1578)成立。52巻。「本草」および梁の陶弘景の「名医別録」などの本草書を整理し、薬の正名を「綱」、釈名を「目」とし、薬となる品目千八百余種を分類し、産地・形状・処方などを記したもの。日本には慶長12年(1607)に伝来し、本草学に大きな影響を与えた。
出典A:十六国春秋(じゅうろくこくしゅんじゅう) 史書。中国、北魏の崔鴻(さいこう)撰。102巻。「芸文類聚」などに既に引用されているが、現行百巻本は明(みん)の屠喬・孫項琳の偽書。前趙録に始まり北燕録に終わる五胡十六国の歴史を記したもの。
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三吉に叩き起こされて、八兵衛はご機嫌斜めである。
「今日から忙しくなる」と頭では分かっていたけれど、半端な量の酒では酔い具合も浅く、すっかり目が冴えてしまって朝方までもぞもぞしていたのである。

>八:やい三吉、なんだってこんな朝っぱらから起こしに来るんだ。まだ6つ半(7時頃)にもなってねえじゃねえか。
>三:そんなこと言われたって、大変なんでやすから・・・
>熊:五六蔵がどうしたとか言ってたな? ちゃんと話してみろ。
>三:へい。五六蔵兄貴がいなくなっちまったんで。
>八:なんだと? 真逆、夜逃げじゃねえだろうな?
>熊:そうじゃねえだろうよ。なあ三吉、梅を食って腹を壊(こわ)したとかじゃねえのか? 厠に篭もってるとか、そういうことじゃねえのか?
>八:そうか、確か今時だもんな、一太郎とかいうやつの命日はよ。
>三:違いますって。投げ文があったんです。
>熊:投げ文? ・・・ってことは、勾引(かどわ)かしか?
>八:五六蔵なんか勾引かしてどうしようってんだ? 強請(ゆす)ろうったって鼻血も出やしねえ
>熊:勾引かす方が命懸けなんじゃねえのか? ・・・で? なんて書いてあった?
>三:本人も了解した上だから、心配するなってことでやす。
>八:なあんだ。それなら何にも心配することなんかねえじゃねえか。態々(わざわざ)こんな刻限に起こすなよな。おいら寝直すぜ。
>熊:待てったら、八。本当にそれで良いと思うのか?
>八:なんでだ? 大方、行き先もその文に書いてあるんだろ?

>三:それが、書いてねえんです。書いてあったら真っ先にそこに行って事情を聞いてきてますって。
>八:なるほど。そりゃそうだな。・・・ってことは、何か? 五六蔵は無理矢理引き摺っていかれたかも知れねえってことか?
>三:だから初めっから言ってるじゃねえですか、いなくなっちゃったって。
>熊:こりゃあ困ったな。・・・仕方がねえ。兎も角親方んところへ行って、どう動くか決めようぜ。
>八:そんなこと言ってたって、今日から物凄く忙しくなるんだろ?
>熊:仕事と五六蔵とどっちが大事だと思ってるんだ? 下手をすると命に関わるかも知れねえんだぞ。
>八:どっちのだ? 勾引かした方か? 勾引かされた方か?

3人は急いで源五郎の家へと向かった。
3人は気付かなかったが、五六蔵という名を聞いて跳ね起きた菜々と松吉が、戸口のところで聞き耳を立てていた。

>松:おい、今の、五六蔵のことだよな?
>菜:ええ、確かに五六兄ちゃんのことを話してたわ。真逆とは思うけど、気になる話よね。
>松:それにしてもよ、拘引かすなら、若い娘とか、大店の跡継ぎとか、余所に幾らでもいるじゃねえか。
>菜:そうよね。身代金が目的なら五六兄ちゃんでなくたって良いわよね。
>松:それによ、何もあんなごつい野郎じゃなくたって良いじゃねえか。暴れるし、手向かうし。火の中の栗を拾うようなもんだろ?
>菜:そりゃあそうでしょうけど、五六兄ちゃんだって人の子よ。大勢に囲まれたら手も足も出ないわよ。
>松:そうか。そうだったな。おいら、ついつい、五六蔵は普通の人間じゃねえって思ってた。
>菜:鬼や物の怪(もののけ)みたいに言わないでよ。あたしだって同じ親から生まれたんだから。・・・ねえ、「了解した上で」っていうのは、本当のことなのかしら?
>松:本当であって貰いてえよな。
>菜:親方のところに話を聞きに行って貰えない?
>松:おいらがか? 忙しいんだけどな。
>菜:何よ。仕事と身内(みうち)とどっちが大事だっていうのよ。
>松:おいおい、熊さんみてえなことを言うなよ。分かってんだろ? いくら何だって、家族を見捨てるような情(なさ)けのねえ冷血漢じゃあねえよ。

ということで、松吉も熊五郎たちの後を追い掛けて、源五郎のところへ向かった。

>八:なんだよ、松つぁんも来ちまったのか?
>松:長屋の前であんな大声で五六蔵の話をしてりゃ、菜々のやつが聞きつけねえ訳ねえじゃねえか。
>八:あ、そっか。すっかり忘れてたぜ。奈々ちゃんは妹だっけな。松つぁんの嫁になったときから五六蔵との縁はなくなったのかと勘違いしてたぜ。
>松:お前ぇ、本気で言ってるのか?
>八:冗談に決まってんだろ? 兄妹は死ぬまで兄妹だし、親子は離れ離れでも親子だもんな、へへへ。
>松:こいつほんとに分かってんのかね。・・・そんなことより、親方に会わせてくれよ。もしものことがあったら、菜々のやつがあんまり可哀相だからよ。
>八:おうおう、女房思いの良い旦那だこと。
>松:
茶化すんじゃねえや。悔しかったらお前ぇも早く嫁を貰えってんだ。
>八:何をーっ?
>熊:まあまあ、それくらいにしとけよ。口喧嘩は飲んだ席だけにしとけ。

源五郎は茶を啜りながら考え込んでいた。
口をへの字に曲げて、眉間に縦皺(たてじわ)を寄せていると、鬼が怒っている風にも見えた。

>三:親方、兄いたちを呼んで参りやした。それから、松吉さんも。
>源:ああ、松吉。お前ぇも来ちまったか。騒がせちまって済まねえな。
>松:何も親方が頭を下げる必要なんかありませんよ。詫(わ)びなきゃならねえのはどっちかってえと身内であるおいらの方なんですから。
>源:そうか。それじゃあお前ぇもここで待ってて呉れ。今、親父に訳を聞きに行かせてる。
>八:もしかして、五六蔵がどこに行ったのか分かったんでやすか?
>熊:別の投げ文かなんかが来たんですか?
>源:いや、そうじゃあねえんだ。まあ、こいつを読んでみろ。
>熊:二つありますね?
>源:片一方は昨夜(ゆうべ)親父が持ち帰ってきたものだ。
>熊:持ち帰ったって、一黒屋さんのところからでやすか? ・・・どれどれ。
>八:なんて書いてある?
>熊:こっちには「当人了解の上」だがら心配するなって書いてあるな。それで、こっちはと・・・。なんだとぉ?
>八:どうした? 身代金でも要求してあるのか?
>熊:そうじゃねえ。・・・親方、こいつを寄越したのは一黒屋さんなんですか?
>源:ああ。困ったもんだ。
>八:やい熊、早く読みやがれ。
>熊:「大工一名を一黒屋隠居所に寝泊りさせるべきこと」だと。それが五六蔵だってこと、なんでやすね?
>源:ああ。どうやら、初めっから五六蔵に目を付けていたようだって、そうは読めねえか?
>熊:正(まさ)しく。
>松:ねえ親方、その「一黒屋」って、あの一黒屋なんですか? あの大店の。
>源:ああそうだ。だから不思議なんだ。なんで五六蔵なんだ?
>八:それから、なんで呉服屋が青物なんだ?

源蔵が戻るまで、成り行きを説明されて、松吉は尚更分からなくなってきていた。
ただ、少なくとも、拘引かしではないということと、五六蔵が無事であるようだということは分かった。
そんな頃、一黒屋隠居所では、源蔵と五六蔵に向かって、一黒屋与志兵衛が経緯を説明していた。

>与志:あたしは前の女房との間に娘しか居りませんで、倅(せがれ)に恵まれないまま、あれに死なれてしまいました。一代でここまで築き上げて、娘夫婦に任せてしまうと、無性(むしょう)に倅が欲しくなりましてな。
>棟:ですが、立派な婿殿がいらっしゃるじゃあありませんか。
>与志:はあ、確かに婿は居ります。ですが、飽くまでも、娘の亭主であって、あたしの倅ではないのですよ。棟梁くらいの年になられればお分かりでしょう。婿と倅は違うのです。
>棟:そりゃあ確かに、うちの嫁は娘じゃあありませんが。うちの婆さんは倅よりも嫁を我が子のように扱っております。
>与志:中には、棟梁のように、そういう立派なお内儀をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。ですが、あたしはそうはなれんのです。五六蔵さんのことを知ってからというもの、自分の倅に欲しくて欲しくてどうしようもなくなってしまったのです。
>五六:あっしが、でやすか?
>与志:そうです。お前さんです。他の男どもじゃあ駄目なんです。
>五六:あっしなんか、何の取り柄も持ち合わせちゃあいませんが。
>与志:そんなことあるもんですか。お前さんは、あたしにとっては、理想的な倅なんです。
>棟:一黒屋さん。いったいどこで五六蔵をお知りになったんですか?

>与志:丁度一年ほど経ちましょうか? とある読売りを読みましてね。
>五六:それって、「コロ助物語」でやすか?
>与志:そうです。それですよ。あたしゃあ、すっかり惚れ込んじまったんです、「コロ助」という主人公の姿に。
>五六:だって、ありゃあ捏(でっ)ち上げですぜ。元の話からじゃあ、提灯と釣鐘ほどの違いがありやす。
>与志:それも調べてあります。文士の先生方にも、野崎屋という読売りの店主にも事情は聞いてあります。ついでに春日(かすが)屋の仙六という手代さんにまで問い質(ただ)してきてるんです。
>五六:だったら・・・
>与志:だからこそ、ですよ。それからというもの、お前さんが取り掛かってる現場の近くをうろついたり、「だるま」でしたよね、あの縄暖簾の奥の方に陣取ってみたり、ずっとお前さんを追い掛けていたんです。
>五六:そいつは気が付きやせんでした。

>与志:お前さんを見ているうちに、あたしの考えが間違いじゃなかったと確信しました。そして、梅の実が膨らみ始める季節になると、もう居ても立ってもいられなくなりましてな。あたしの目が届かないところで青梅を10個食べてしまうんじゃないかと、もう冷や冷やものでした。
>五六:止してくださいよ。梅くらいでくたばりゃしないんですから。
>与志:それはそうでしょうが、親心というのでしょうか、承知していても心配になってしまうものでして。
>五六:そいつは身に余る光栄なんではありやすが、あっしには、離れているとはいえ、ちゃあんと両親と、爺ちゃん婆ちゃんと、それに、曾(ひい)婆ちゃんが健在なんです。どこぞの家の倅になることなんかできやしませんよ。
>与志:そうでしょうとも。お前さんはそういう、人並み以上の人情の持ち主だ。理(り)の上では分かるんです。ですが・・・
>五六:いいや、ご隠居さん。ですがも春日もありませんや。犬が後足で砂を掛けるみたいにしておん出てきちまったからこそ、田舎の親父やお袋に罪滅ぼししねえと、町中を歩くのだって気が引けるんでやす。今のあっしは、ここに居なさる棟梁と、その跡継ぎである親方とに付いて、一端(いっぱし)の大工になるってことがそれだと思ってるんでやす。
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