339.【と】 『毒(どく)を食(く)らわば皿(さら)まで』 (2006.07.03)
『毒を食らわば皿まで』[=喰らわば〜・舐めれば〜]
既に罪を犯してしまったのだから躊躇(ためら)わずに最後まで悪に徹しようという考え。また軽く、どうせここまでやったのなら最後まで遣り通そう、という使われ方もする。
類:●毒を舐めれば皿まで●毒を食わば皿を舐(ねぶ)れ●Over shoes, over boots.(どのみち靴が泥に浸(つ)かるなら、長靴の上まで浸かってしまえ)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
*********

天の恵みか、昼過ぎから雨が小降りになってきた。
材木の用意もどうにか整(ととの)い、ぎりぎりながら、日が暮れるまでに8軒の修繕を終えた。

>八:ひゃあ、間に合った。雨と汗で下帯(したおび)までぐっしょりだぜ。
>熊:なぁに下品なことを言ってやがる。終わったんならとっとと引き上げるぞ。
>八:そうか。そうだな。食い損(そこ)ねた蚕豆(そらまめ)で一杯といかねえとな。
>熊:着替えてくるまで待ってろよ。
>八:そんなの待てるかってんだ。そんなに飲みたかったら余計に購(あがな)ってこい。
>熊:なんだと? 差し入れをしたのはこっちなんだぞ。その上もう一遍酒を用意しろってのか?
>八:良いじゃねえか。どうせ駄賃(だちん)が出るだろうからよ。今度ちゃんと払ってやるよ。
>熊:お前ぇの「今度」とお化けは出た例(ためし)がねえ
>八:そんなことあるかって。
>熊:あるだろ? 飲むだけ飲んで、「今日は酔っ払ったから寝るかな」で終わりじゃねえか。
>八:そんなことあったか?
>熊:「あったか」じゃねえ。いつもそうしてんだろ。
>八:なんだ。そんなら、これこれこんだけ掛かったから幾ら幾ら寄越せって言えば良いじゃねえか。
>熊:次の日になってそんなこと言い出せるかってんだ。こちとら江戸っ子だぞ。
>八:ちゃきちゃきじゃねえがな。
>熊:ちゃきちゃきじゃねえのはお前ぇもおんなじだろ?
>八:30年も住んでりゃそれで十分だろうって。
>熊:そういうことじゃねえと思うぞ。

故意(こい)に話をはぐらかされているのか、端(はな)から真面目(まじめ)に聞いてなかったのかなど、今更どっちでも構わない。
どうせ、八兵衛から酒代(さかだい)を取ることなどできやしないのだ。
その分、年端(としは)も行かない頃から世話にもなってきているのだから。

>八:なあ。あの爺さん、親方と何を話してたんだろうな?
>熊:さあな。昔の話にでも花が咲いたんだろう。
>八:昼からずっとか? それにしちゃ長過ぎやしねえか?
>熊:積もる話だったんじゃねえの?
>八:でもよ、気のせいかも知れねえが、なんだかおいらのことちらちら見てたような気がするんだよな。
>熊:そういや、三吉のことも見てたような気がするな。
>八:「一黒屋」のご隠居みたく、倅(せがれ)にしてえなんて言い出すんじゃねえだろうな?
>熊:お前ぇと三吉を一緒にか? そりゃぁねえだろう。
>八:分からねえぞ。・・・もしそんなことになってみろ。おいら、一遍に貸し家持ちの大家(おおや)様だぞ。
>熊:だから、そんな旨(うま)く事が運ぶかってんだ。
>八:ま、それもそうだな。・・・さて、そんじゃ、帰るとするか。
>熊:ああ。・・・おうい、万吉に千吉。今日はご苦労だった。引き上げようぜ。
>万・千:はーい。分かりました、親方ぁ。

>八:あれ? 「熊の兄さん」って呼ばれてたんじゃなかったか?
>熊:どういう風の吹き回しだか、お咲の野郎が「もう、あたしのこと女将(おかみ)さんって呼んでも良いわよ」なんてことを言い出しやがってよ。
>八:「そんな婆(ばば)ぁっぽい呼び方嫌だ」って言ってたよな?
>熊:そうなんだよな。・・・まったく、女って奴はさっぱり分からねえ。
>八:違(ちげ)えねえ。
>熊:お花ちゃんは、お咲みてえなお天気屋じゃねえから良いじゃねえか。
>八:そうでもねえぜ。女なんかみんな似たり寄ったりよ。昨日と今日じゃ言うことが違う。
>熊:そうは見えねえけどな。
>八:外から見るのと内から見るのとじゃ違うだろ?
>熊:それもそうか。
>八:要するに、一緒に暮らしてみなきゃほんとの姿は分からねえってこと。そんでもって、始まっちまったことだから、もう後へは引けねえってことさ。
>熊:引き返してえなんて思ってるんじゃねえだろうな?
>八:思ってたって口にするようなことじゃねえだろう? ここまで来ちまったら、後はもう墓場まで一緒だ。

>熊:そりゃそうだな。・・・まあ、なんだ、惚(ほ)れた弱みってのもあるしな。
>八:お前ぇのは特にそうだろうよ。
>熊:お前ぇだって、一緒になるときは、大変なもんだったぞ。
>八:そうだったか?
>熊:まあ、「縁の目には霧が降る」って言うからな。
>八:なんだそりゃ?
>熊:「痘痕も笑窪(えくぼ)」ってこと。・・・ま、向こうからしても、おんなじことかも知れねえけどな。
>八:おいらは違うらしいぜ。そのまんまちっとも変わんねえって言ってるもんよ。
>熊:お前ぇのはだな、表でも家(うち)でも頼りねえってことなんじゃねえの?
>八:おいらのどこが頼りねえってんだよ。
>熊:仕事よりも、お芳坊よりも、お花ちゃんよりも、食いもんのことばっかりだってとこだろ?
>八:そりゃあ、おいらの取り柄だって言ってんだろ。
>熊:ものは言いようだな。

源五郎の家に着いた一行は、少々の駄賃を渡されて労(ねぎら)われた。
明日は、晴れても仕事は休みにするということになった。
そして、八兵衛と三吉と友助以外はもう帰れと言い渡された。

>八:なんですかい、親方? 酒の肴(さかな)でも持たして呉れるってんですかい?
>源:そんなんじゃねえや。・・・良いか、良く聞けよ。
>三:い、嫌ですよ、親方。あんまり神妙(しんみょう)な顔しないでくださいよ。
>源:黙って聞きやがれ。
>三:へ、へい。
>源:八と三吉は、明後日(あさって)から暫(しばら)くの間、武兵衛(たけべえ)爺さんのとこへ行って仕事をしろ。
>八:雨漏(あまも)りがまだまだあるってことでやすかい?
>源:いや。雨漏りはもうねえ。家を建てるんだよ。
>八:なんだそういうことですかい。そんなら明後日の朝に言って貰えば済むことじゃねえですか。
>源:明後日からは、ここへ来ねえで、真っ直(つ)ぐあっちへ行って貰いてえ。帰りも、爺さんが良いって言うまで帰れねえ。
>八:どういうことですかい?
>源:掛かり切りにしてえんだとよ。・・・分かったらとっとと道具を担(かつ)いで帰りやがれ。
>友:あの・・・
>源:ああ。友助にはもう少し話があるから、上がってって呉れ。
>友:はい。分かりました。
>八:あの、明後日が雨だったらどうするんですか?
>源:雨が降ろうと槍が降ろうと行きゃぁ良い。分かったな?

源五郎は友助を引き立てて居間へ上がっていってしまった。
取り残された八兵衛と三吉は顔を見合わせたが、親方の決めたことには逆らえない。
仕方がない。一生付いていくと決めてしまったことだから。
つづく)−−−≪HOME