302.【ち】 『提灯(ちょうちん)に釣鐘(つりがね)』 (2005.09.20)
『提灯に釣鐘』
1.提灯と釣鐘では、形は似ていても重さに格段の開きがある。外見はどうあれ、中身が似ても似つかないものの喩え。また、ものごとが釣り合わないことの喩え。 類:●雪と墨月と鼈(すっぽん)雲泥の差
2.一方が重い、即ち「片重い」で、片思いの洒落(しゃれ)としても使う。
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「そんなことしちゃって、お町ちゃんは怒らない?」と、あやから聞かれたが、お咲はそれほど気にしていない。
そうなったらなったで、竜(りゅう)と添えば良い。三吉には申し訳ないことではあるけれど。

>雅:先のことなんか考えてたらなんにも出来(でき)ゃしないさ。あたしゃ、長屋が埋まって呉れりゃそれで良いのさ。
>あや:お義母(かあ)さんも冷たいんですね。弟子の三吉さんの行く末が掛かってるっていうのに。
>雅:なあに。顔の造作(ぞうさく)がちょっと良いってくらいの奴になんか負けるもんかい。ほんとに負けちまったら、三吉の奴なんかお払い箱さね。家(うち)にゃ、そんな根性無しは置いとけないからね。
>あや:それはいくらなんでも横暴(おうぼう)ですよ。
>雅:構(かま)うもんかい。今日の夕方にでもそう言い渡してやろうかね?
>あや:本気ですか?
>雅:本気も本気、大本気さ。
>咲:あたしから言っちゃおうかしら。
>あや:お咲ちゃん!
>咲:えへへ。失言失言。
>雅:こんな子供に大工の女房なんて勤(つと)まるもんかねぇ?
>咲:子供じゃないもん。
>雅:そう向きになるところが子供だってえの。

>咲:でもね、あたしと同い年のお夏ちゃんは、もう稚児(やや)も産んじゃったし、立派なお医者様になるんだってんだもの。あたしだってできるわよ。
>雅:あんたとあの子とじゃ、天と地ほども開きがあるね。
>咲:あら、そんなことないわよ。・・・ねえ、あやさん?
>あや:そうね。熊五郎さんに対する気持ちが本物なら、きっと立派な女将(おかみ)になれるわ。
>雅:あの堅物(かたぶつ)の熊に本気で惚れる奴なんかいるかい。
>咲:あら。その堅(かた)いところが良いんじゃない。浮気もしない借金もしない。言うことなしでしょ?
>雅:この世の男で、浮気も借金もしないのなんか居るもんか。
>咲:居るもん。親方だってそうじゃない。
>雅:まあ、あいつは変わりもんだからね。女と口も利けないんじゃ、浮気になりようがないさね。
>咲:親方の弟子だもん。熊さんも平気よ。
>雅:そんな道理があるかい。弟子は弟子、親方は親方。全部が全部似ちまったら、世の中鬼瓦(おにがわら)ばかりになっちまう。
>咲:なんか考えたら、それって、物凄(ものすご)いわね。
>雅:だろ? そんなことにならなくて、良かったと思うよ。
>あや:わたしはそれでも構いませんけど。
>雅・咲:え?

3人が三様(さんよう)で、年も性格もばらばらだというのに、女は3人寄れば姦(かしま)しくなるものである。
口は悪いが、お雅も、熊五郎とお咲の婚儀には乗り気であるらしい。

>雅:それで? いつが良いんだい?
>咲:引っ越すって日。あたしも一緒に引っ越しちゃいたいの。
>あや:2・3日の内ってことよ。用意はできてるの?
>咲:用意なんて要らないわよ。
>あや:そうは言うけど、白無垢(しろむく)の打ち掛け小袖(こそで)だって着たいでしょう?
>咲:そりゃそうだけど・・・
>雅:あるよ。
>咲:へ?
>雅:あるって言ってるの。明日あたり出来上がる。
>あや:お義母さん、いつの間に?
>雅:祝言(しゅうげん)なんてものはね、ずるずると日延(ひの)べするもんじゃないの。早いに越したことはないのさ。熊になんか任(まか)してたら、来年になって鬼瓦も笑うってもんだ。
>咲:「鬼が笑う」でしょ?
>あや:鬼瓦も笑うかもね。
>咲:笑わないで良い。
>雅:だから、用意しちまったのさ。あとね、あやのとおんなじような鏡台も作らせてある。
>咲:え? 良いの? 菜々さんのとおんなじ奴でしょ?
>雅:同じとは言えないね。菜々っぺの奴は、松吉が精魂(せいこん)込めて細工(さいく)したもんだからね。それと比べたら、ちょいとばかし落ちる。いや、もしかすると、大違いかも知れないねえ。
>咲:それでも良い。やった。あたし、あんなのが欲しかったの。
>あや:思ってたよりも用意は整ってるみたいね。これなら、3日後だって大丈夫ね。
>雅:明日だって大丈夫さ。

>あや:お父上は承知なの?
>咲:まだなんにも話してない。
>あや:今日帰ったらお話しておきなさいよね。
>咲:合点承知の助
>雅:まったく、お気楽なこったね。
>咲:有難うね、お婆ちゃん。
>雅:あんたに「お婆ちゃん」呼ばわりされる筋合(すじあ)いはないがね。
>咲:良いじゃない。稚児ができたら一等最初に抱かせてあげるから。
>雅:そうかい? それは悪い話じゃないね。・・・序(つい)でに名前も決めさせて呉れるかい?
>咲:それは駄目よ。ちょっとは父上にも花を持たせてあげなきゃね。
>雅:へえ。一丁前(いっちょまえ)なことを言うじゃないか。

そんなことになっているとは露知らず、熊五郎はどういう伝手(つて)で後の住人を探そうかと思案していた。
親方を通して元締め辺りに当たって貰うのが良いかな、などと考えていた。

>八:どうしたんだ? さっきから手が動いてねえぞ。
>熊:あ? ああ、済まねえ。誰に頼みゃあ長屋の後釜(あとがま)が見付かるかなってな。
>八:そんなのお咲坊が探し出すんじゃねえのか? もしかすっと、もう見付けちまってるかも知れねえな。
>熊:そんなに容易(たやす)く見付かるかよ。店賃(たなちん)を溜(た)めてるような奴じゃ引越しもできねえんだぞ。
>八:そうか。そりゃ大変だな。おいらの周りにゃ、そんな律儀(りちぎ)な奴はいねえな。
>熊:松つぁんはちゃんと払ってるそうだぜ。
>八:へえ、そいつは凄(すげ)え。菜々ちゃんがしっかりしてるせいかな?
>熊:腕が良いからだろう。なんだか知らねえが、昨日だって、根(こん)詰めてやってたみてえだからな。なんでも、急ぎの仕事だってことらしいぜ。
>八:そうか。そりゃ良いな。そういうのって、手間賃(てまちん)を弾(はず)んで貰えそうだもんな。
>熊:そんな景気(けいき)の良いとこばっかりじゃねえからな。

>八:なんなら、松つぁんの仲間の飾り職なんか当たって貰ったらどうだ? 秀(ひで)とかいう奴なら、ほいほい来るんじゃねえのか?
>熊:止せよ。話がややこしくなるだろう?
>八:そんなの知ったことかよ。どうせお前ぇは出てっちまうんだからよ。
>熊:おいらのことじゃねえよ。三吉が困るだろうってんだ。
>八:困るもんか。そんなどこの馬の骨とも分からねえ奴より、一歩も二歩も先を行ってるんだからよ。相手になんかなるもんか。
>熊:それにしたって、女心なんてものはくるくる変わるもんだからよ。
>八:成る程。それもそうか。・・・それに、三吉なんかより好い男らしいもんな。
>熊:顔で決まるってもんじゃねえが、泣き黒子(ぼくろ)がある奴よりは良いかもな。
>八:お前ぇはどっちの味方なんだ?
>熊:そんなの三吉の味方に決まってんじゃねえか。だから、騒ぎの種(たね)は持ち込みたくねえの。
>八:そうだな。そんなら、秀って奴の話はなしだな。そんじゃ、どうする? なんか考えがあるのか?
>熊:今んとこはねえ。元締めなら探して呉れるんじゃねえかと思ってるんだがな。
>八:爺さんか? 耳が遠いのを良いことに、「おおそうかそうか」なんてって決めちまうかもな。
>熊:強請(ゆす)りと変わらねえがな。
>八:決まりゃ良いのよ。決まりゃ。

既にお咲が竜と話を付けていることを、熊五郎は知る由(よし)もない
況(ま)してや、松吉が手掛けている鏡台がお咲のためのものであり、祝言の仕度(したく)が整(ととの)いつつあろうなど、夢にも思っていなかった。
つづく)−−−≪HOME