291.【た】 『旅(たび)は道連(みちづ)れ世(よ)は情(なさけ)』 (2005.07.04)
『旅は道連れ世は情』
旅行をする時は道連れがあるのが何よりも心強い。同様に、世の中を渡るには、お互いに思い遣りを持つのが一番大切である。
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一方のお咲と千吉は、岡っ引きの伝六から話を聞かされていた。
関係のありそうなのもあれば、全くの巷談(こうだん)の類(たぐい)まで、ごちゃ混ぜである。

>伝:なあ、お咲ちゃん。聞くところに依ると、お前ぇさん、熊さんと祝言(しゅうげん)を挙げるってことになってるそうだな?
>咲:あら。そんな話どこから聞いたの?
>伝:そりゃあ、蛇の道は蛇だぜ。こっちにだって、職人の仲間がいねえ訳じゃねえんだよ。
>咲:それもそうね。・・・でも、なんだかちょっと長引いちゃってて、いつになるか分かんなくなっちゃってるのよね。
>伝:なんかあったのかい?
>咲:そもそもは、うちの長屋の大家さんが、なんとかいう八卦見(はっけみ)に気触(かぶ)れちゃってるのがいけないのよ。
>伝:祝言と八卦見とは、あんまり関わりなんかなさそうだがね。
>咲:それが大有りなの。ねえ聞いて呉れる?
>伝:あ? ああ。聞かしてみて呉んな。役に立てるかも知れねえしな。
>咲:甚兵衛さんっていう人はね、熊さんたちの親方のお父つぁんの親方だった人なのよ。
>伝:なんだと? ええと、源五郎親方の父つぁんの源蔵さんの、そのまた親方だってことか?
>咲:そう。意外でしょう?
>伝:そんなこと言われたって、おいらは源蔵棟梁とだって、碌(ろく)に喋(しゃべ)ったこともねえんだぞ。意外も糞(くそ)もねえじゃねえか。

>咲:はいはい。・・・この子、お育ちが良いんだから、あんまり品(ひん)のないことを言わないでよね。
>伝:あ、そっか。済まねえ、済まねえ。・・・ときに、お前ぇさんの名はなんてんだい?
>千:千吉と申します。
>伝:へえ。「申します」と来たもんだ。職人とは思えねえな。
>千:はあ。一応、武家の出ではあります。飽(あ)くまでも、「一応」ですが。
>伝:そりゃあ、凄(すげ)え。お咲ちゃんも武家の出、弟子も武家の出とくりゃ、熊さんは相当ご立派な親方になりなさるね。
>咲:おべっかなんか言ったって何も出ないわよ。
>伝:とんでもねえ。おべっかなんかじゃあるもんか。お咲ちゃんがいれば、どんな盆暗(ぼんくら)だろうと大した人に仕立て上げちまうだろう? 熊さんがどうかってことじゃねえぜ。
>咲:買い被(かぶ)りよ。あたし、そんなに大層なもんじゃないわ。山内一豊の妻じゃあるまいし。
>伝:お。大きく出たねえ。亭主のためなら家財も擲(なげう)ってかい?
>咲:だから、そんなこと、あたしにはできないって。
>伝:でも、武家の身分をおっ放(ぽ)っちまうってんだから、似たようなもんだよな。偉いねえ、お咲ちゃんも、千吉さんも。
>千:そ、それほどでも・・・

伝六の話は、唐突に変わる。

>伝:ときに、権太郎(ごんたろう)って名を聞いて、なんか引っ掛かりゃしねえかい?
>咲:なにそれ? まるで、太郎兵衛と権太みたいじゃない。
>伝:そうよ。俺も先(ま)ずそれを思い浮かべたって訳よ。
>咲:そんな名前の人が近所にでも越してきたの?
>伝:そうじゃねえんだよ。・・・近頃、妙なことが起こってよ。聞いて回ってみると、権太郎って奴が絡(から)んでいるって言うんだよな。
>咲:妙なこと?
>伝:壺(つぼ)を売り付けられたってんだよ。
>咲:壺? 招き猫じゃなくって?
>伝:招き猫のことまで知ってるのかい? 流石(さすが)だねえ。相変わらず鼻が利く
>咲:ちょっと待ってよ。あたしは招き猫のことなら知ってるけど、壺の話は聞いたこともないわよ。
>伝:そうかい。そんじゃ、今度ばかりは、俺の方が先だったな。
>咲:それで? どういうことなの?
>伝:なんでもね、その壺を床の間に置いとくと、ご利益(りやく)があるってことだそうなんだ。
>咲:壺がご利益? 冗談でしょう?
>伝:冗談にも程があるよな? まだ招き猫の方が縁起が良いってもんだ。・・・だがよ。高々1個の壺に5両(=約40万円)だぜ。
>咲:5両ぉ? どうかしてるんじゃない?
>伝:どうかしてるよな。
>咲:神や仏に頼ろうってんなら、鰯(いわし)の頭で十分じゃない。
>伝:そ、そいつはどうかと思うぜ。・・・だがよ、どいつもこいつもその5両が惜(お)しくねえってんだから嫌(や)んなっちまうよな。年寄りの考えてることは、若い俺には分からねえな。
>咲:それって、小森なんとかっていう八卦見の仕業(しわざ)?
>伝:そうそう。小森なんとか。俺が聞いたのは、修験者(しゅげんじゃ)だってことだったがな。
>咲:やっぱりおかしいわよね、そいつ。

>伝:するってえと、お咲ちゃんたちの祝言の邪魔をしてるのもそいつってことになるのかい?
>咲:直(じか)にじゃないけど、そういうことになるかもね。
>伝:「かもね」じゃ済まねえかも分からねえぜ。もし、権太郎ってのが太郎兵衛一味だったら、お咲ちゃんのことを狙(ねら)ってねえとも限らねえ。
>咲:考え過ぎよ。・・・でも気になるわね。その権太郎ってのは何をしてるの?
>伝:甲斐(かい=山梨県)辺りから壺を持ってくるらしいんだ。月に20個くらいらしいぜ。
>咲:そんなに? ってことは、月に100両の荒稼ぎってこと?
>伝:そうなるかい? お咲ちゃんは勘定の方も達者だねえ。好い女将(おかみ)さんになるぜ。
>咲:はいはい。・・・でも、そうすると、益々太郎兵衛一味だって気がしてきちゃうわよね。
>伝:そうだろう? 俺の調べも中々のもんだろう? ・・・そんでもってよ、その壺を預かっているのが、泉州屋(せんしゅうや)っていう口入れ屋らしいんだがな。これがまた曰く付きでよ。
>咲:それって、谷中(やなか)の方の?
>伝:良く知ってるねえ。なんでも、何年も前に太郎兵衛と関わりがあったところだそうだぜ。
>咲:知ってるわ。

>伝:そこまで知ってるのかい? やっぱりお咲ちゃんは隅に置けねえな。・・・そんでよ、近頃じゃ、泉州屋は、壺運びと、なんだか知らねえが、庭掘りとか引っ越しとかもしてるらしいんだ。
>咲:それよ。甚兵衛さんとこも、庭を掘ったら招き猫が出てきたって言ってたもの。
>伝:そりゃあ違うよ、お咲ちゃん。掘ったら出てきたんじゃなくって、埋(う)めにいってるってんだよ。招き猫をよ。
>咲:ははあ。そうして、その小森なんとかってのが「この辺を掘ると宝物が埋まってますよ」って言うのね?
>伝:成る程。こりゃ筋書きとしては三文芝居並みだが、年寄りどもになら受けるかも知れねえな。
>咲:年寄りの信心深さに付け込むってとこが許せないわね。
>伝:おお。良くぞ言って呉れた。こうなりゃ、俺と一緒に太郎兵衛をふん捕まえようじゃねえか。こっちとしても、お咲ちゃんと熊さんが一緒なら、何かと心強いからよ。
>咲:そうね。本当に太郎兵衛だったら、親方にも助けて貰わないと。その方が、益々心強いもんね。
>伝:親方も手伝って呉れるってのかい?
>咲:そりゃもう、あやさんが関わるって言えば一ころよ。
>伝:あのおしとやかなお内儀さんがかい?
>咲:あら、知らなかったの? 泉州屋の業突く張りの女将は、あやさんの前のご亭主の仇(かたき)なんだから。
>伝:そりゃあ・・・

これはとんでもない話になってきた。この際、傘貼りに追い立てられている六之進などの相手などしていられない。
一刻も早く源五郎にお出まし願わないと、また太郎兵衛の尻尾を掴めないで終わってしまう。
とはいえ、熊五郎と打ち合わせるのが先決なので、お咲と千吉は長屋へと向かった。

>千:源五郎親方って、捕り物の手伝いもなさるんですか?
>咲:そんなことはないのよ。唯(ただ)、あっちの方から関わってきちゃうらしいのよ。
>千:でも、一介(いっかい)の大工でしょう?
>咲:あやさんと親方が初めて合ったっていうときの話を聞いたら面白いわよ。八つぁんなんか、もう百遍も話してるから、面白可笑しく聞かせて呉れるわ。
>千:お2人の馴れ初めですか? そんなこと、私らが聞くようなことじゃないと思うんですが。
>咲:馴れ初めじゃないのよね、それが。その10年も前の話。もしかすると、親方の方は、そこにあやさんがいたのにも気が付いてないかもよ。
>千:へえ。そんなことってあるんですね。今度じっくり聞かせて貰いたいものです。
>咲:あたしんとこで働くことになったら、嫌でも聞かされるわよ。
>千:私も兄も、もう腹は決まっています。熊五郎の兄(あに)さんの元で、大工になります。
>咲:そう。良かった。・・・それじゃあ、先ずは、自分の考えをはっきり言うこと。特に、太郎兵衛を捕まえるためにどう立ち回ったら良いか、そういうとこの知恵が欲しいの。言っちゃなんだけど、八つぁんとか五六ちゃんとかじゃ心許(こころもと)ないもんでね。
>千:大工の修行とは違いますが、良いんですか?
>咲:良いの良いの。立派な家(うち)を建てるのも、悪人を捕まえるのも、どっちも人様のためでしょう? そういう心根(こころね)がないと、うちじゃ置いとけないのよね。分かる?
>千:なんとなくですが、分かるような気がします。・・・それと、なんだか、わくわくさせられます。
>咲:それじゃ、不束(ふつつか)ではあるけれど、末永く宜しくね。
>千:はい、姉(ねえ)さん。
つづく
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