256.【せ】 『栴檀(せんだん)は二葉(ふたば)より芳(かんば)し』 (2004.11.01)
『栴檀は二葉より芳し』[=香ばし]
白檀(びゃくだん)は発芽したばかりの二葉の頃から早くも良い香りを放つ。そのように、英雄や俊才のような大成する人は幼い時分から、人並み外れて優れたところがあるものだということ。
類:●良竹は生い出るより直なり●梅花は莟(つぼ)めるに香あり蛇は寸にして人を呑む
反:■十で神童、十五で才子、二十過ぎては只の人大器晩成
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碌(ろく)でもないことばかり話していた八兵衛だったが、いつもと違って、酩酊(めいてい)するほどは酒に口を付けていなかった。
4人連れの最後の客が帰っていくと、つかつかと亭主の方へ歩み寄って、何ごとかひそひそと話している。
どうせ厠(かわや)だろうと思って見ていた熊五郎が、おやと首を捻(ひね)った。

>熊:なんだ八、厠じゃなかったのか?
>八:ああ。もう夜も更(ふ)けてきたからよ、お花ちゃんはもう帰っても構わねえだろうって聞いてきた。
>熊:へえ。お前ぇがねえ。こりゃ魂消(たまげ)た
>半:なんだなんだ? 八公が、嫁の心配をし始めただと?
>松:良いことじゃねえか。なんてったって夜道は暗いからな。
>八:良く考えたらよ、うちの長屋へ帰るよりもずっと遠くまで帰んなきゃならねえんだもんな。
>半:だがよ、祝言(しゅうげん)が決まる前までは、お前ぇ、そんなこと一言も言い出しゃしなかたぞ。
>八:そりゃあ、そんときは、おいらが出しゃばる筋合いじゃなかったからよ。
>松:出る幕じゃねえ、か。まあ、ご尤(もっと)もだな。
>半:八公にしちゃ、上手(うま)く言い抜けたじゃねえか。まあ良いや。諄々(くどくど)と言ってもしようがねえやな。・・・さあ、もう良いから、手に手を取って帰っちまいやがれ。
>松:そう絡(から)むなって。
>半:だってよ、みんなして帰ろうかと思ってるところに、2人だけ帰るようなことを言い出すもんだからよ。寂しいじゃねえか。
>八:なに言ってるんだ? みんなで一緒に帰りゃ良いじゃねえか。
>半:だってよ、その、なんだ、邪魔だろ?
>八:呆(あき)れたね。一丁前(いっちょまえ)に気を利かしたつもりになってやがる。さ、帰るぞ。・・・おい太助、卓の上に残ってるもんを片付けちまえよ。
>太:え? 良いの? 良いんだったら食っちまうよ?
>熊:良いよ。良いから食っちまえ。
>太:うはあ。こりゃあ有り難(がた)い。こんな日は滅多(めった)にないねえ。

お咲が、勘定(かんじょう)はこれだけだと告げに来た。
よくも飲んだものである。熊五郎の胴巻きは殆(ほとん)どすっからかんになってしまった。

>熊:お咲坊も帰れるんだろう?
>咲:あたしは、後片付けをしなきゃ。
>八:そりゃあ、あんまりだよな。・・・ようし、おいらが親爺に掛け合ってきてやる。
>咲:良いわよ、そんなこと。
>八:そうは行くかよ。お咲坊なんかまだ小娘なんだぞ。
>咲:小娘じゃないったら。もう17なんだからね。立派な「おんな」よ、失礼しちゃうわねえ。
>松:そういう問題か?
>半:女だってんだったら、そっちの方が危(あぶ)ねえじゃねえか?
>熊:なに言ってやがるんだ。・・・八、どうでも良いから、早く掛け合って来い。

お花がいない8日間、遅くまで使ってしまった後ろめたさもあったのだろう。亭主は、「一緒に帰(けえ)んな」と言っただけだった。
いつもより半時(はんとき=約1時間)ほど早い刻限だった。

三吉と別(わか)れて、7人もの人数で夜道をぶらぶらと歩いているとき、太助がお花に聞いた。

>太:ねえ、お花さん。お花さんは、八つぁんのとこへ、いつ来るんだい?
>花:ええと、それは・・・
>八:祝言が済んでからに決まってんだろ?
>太:だってさ、うちの長屋に来ることが決まってるのに、態々(わざわざ)遠いところから、「だるま」に通うのは、無駄(むだ)なんだな。おいらはそう思うぞ。
>八:ば、馬鹿、そんなふしだらなことができるか。
>太:そんなことないぞ。今時(いまどき)では当たり前のことだよ。
>八:人は人だ。世間様の目もあるし、そんなことできるかってんだ。
>太:世間様って、長屋の人たちってこと? そんなら、大方はここに揃(そろ)ってるじゃないか。
>半:違(ちげ)えねえ。太助の言う通りだ。
>太:与太郎どんには、おいらから言っとけば良いでしょう? そうすりゃ、残るのは定吉(さだき)っちゃんだけだもん。
>半:太助、お前ぇ、見掛けに拠らず頭が良いな。
>太:そりゃあ、生まれ付きなんだな。
>半:嘘を言えってんだ。餓鬼(がき)の頃から頭が良けりゃ、今頃こんな小汚(こぎた)ねえ長屋で燻(くすぶ)ったりしちゃいねえだろ?
>太:分かっちゃった、やっぱり? でも、図体(ずうたい)がおっきかったのは、生まれ付きなんだな。
>半:図体だけじゃ、偉いもんにゃなれねえってことだな。

>咲:お花さん。それじゃあ、そういうことだから、お父つぁん、おっ母(か)さんと話してみてよ。
>花:でも、八兵衛さんが嫌だって言うんだったら、できないわ。
>咲:そういうことは2人で話し合ってみて。・・・送っていくんでしょ、八つぁん?
>八:ん? ああ、そのつもりだが。でもな、それとこれとは別だからな。
>太:でもな、夜道の独(ひと)り歩きは、心配なんだな。
>八:分かってるってんだ。考えさして呉れ。
>半:考(かんげ)えて何か出てくるようなご立派なお頭(つむ)だったらな。
>松:止(よ)せってんだ。互いに酔っ払ってるんだから、そのくらいにしとけ。
>太:・・・あ、それから、お花さん。長屋に住むようになったら、大根のべったら漬けの、作り方を教えて欲しいんだけどな。
>半:なんだそりゃ? 今そんなこと話したってしょうがねえだろ?
>太:それが、大事なことなんだな。大根は与太郎どんが持ってきて呉れるから、只(ただ)だろ? べったら漬けがあったら、丁度良いおかずになるんだ。それから、干し大根にすれば冬は越せる。
>松:冬眠でもする気か?
>半:だからだ。お前ぇの事情はどうだって良いんだっての。お花ちゃんがいつ越してくるかとは関わりねえじゃねえか。
>太:だから、それが、大有りなんだな。ゆっくりされると、大根の採(と)れる時期が終わっちゃうんだな。
>半:なんだと? 真逆(まさか)、お前ぇ、端(はな)っからそれが狙いだったのか?
>太:うふ。当たり。
>松:するってえと、嫁が欲しいってのも、もしかして狂言(きょうげん)か?
>太:あら? ばれちゃった? 嫌だなあ、みんな酔っ払ってる癖に察しが良いんだから。
>咲:何よ、そんなことだった訳? 本気になって考えてたあたしって、馬鹿みたいじゃないの。
>半:まあ、怒りなさんなって。お花ちゃんが早く越してくれば、少なくとも太助は大歓迎だってのが分かったんだからよ。
>松:おいらも、歓迎するよ、お花ちゃん。
>花:は、はい。あの、有難う御座います。

お咲は、自分の真剣さがはぐらかされたようで、少し腹を立てていた。
しかしなぜだか、太助は憎めない男である。これも生来のものであるのかも知れない。

途中から、八兵衛とお花は、辻を曲がってお花の家の方へと消えていった。
くっ付く訳でもなし、だからといって離れる訳でもなく、ちょっとぎこちない後ろ姿だった。

>咲:とんだ田舎芝居(いなかしばい)じゃないの。それで「目出度(めでた)し目出度し」な訳?
>半:そういうこったな。
>咲:親方んとこの静(しずか)ちゃんの方が、よっぽど気の利いた筋書きを作るわよ。
>熊:静嬢(じょう)ちゃんがどうかしたのか?
>咲:あの子、もしかすると相当の大物かも知れないわよ。
>熊:なんだそりゃ? 何かあったのか?
>咲:あの子ね、誰かが近くに来ると、源坊を使って、すやすや寝てる慶二ちゃんを起こさせるの。
>熊:なんでそんなことをするんだ?
>咲:無理に起こされた慶二ちゃんは泣くでしょう? そうすると、いかにも「あたしがお姉さんよ」っていう顔をしてあやしてみせるの。するとね、大女将(おおおかみ)さんなんか、「偉いわねえ」なんていって、お茶菓子なんかをあげる訳。そういうのをちゃんと知ってるのね。
>熊:ふうん、そのくれえなら太助とそんなに違いやしねえけどな。
>咲:そう思うでしょう? ところがね、自分が貰ったお菓子を源坊に渡しながらこう言ったのよ。「またお願いね」。
>熊:そりゃあほんとか? 手懐(なず)けちまってるのか?
>咲:あたしの顔を見て「にっ」と笑ったのよ。でね、あやさんが見てるところでは決してしないのよ。
>松:ほんとか、そりゃ? 凄えな。
>半:末恐ろしいってのはこのことだな。へえ、あのあやさんの娘がねえ。
>咲:分かった、太助さん? 生まれ付き頭が良いって言ってる暇があったら、静ちゃんの爪の垢(あか)でも煎(せん)じて飲んどいた方が早いわよ。
>太:でもさ、それっぱかしの煎じ薬じゃ、腹は脹(ふく)れそうも、ないんだな。
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