246.【せ】 『精神(せいしん)一到(いっとう)何事か成(な)らざらん』  (2004/08/23)
『精神一到何事か成らざらん』
精神を集中して物事に当たれば、どんな難事でもできないことはない。
類:●Where there is a will, there is a way.(意思あるところ道あり)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
参照:朱子語類−学二」 「陽気発処、金石亦透、精神一到、何事不成」
出典:朱子語類(しゅしごるい) 中国の儒家書。140巻。宋代の黎靖徳編。1270年成立。朱子の没後、朱子とその門人との問答を、理気、性理、論語、周子書、老荘、漢唐諸子、作文、拾遺など項目別に分類して35門に集録したもの。日本には鎌倉末期に伝来。
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棟梁・源蔵が預かってきた書面は、お雅の手からあやに渡ってきた。
「よくもまあ10人も揃(そろ)えたもんだねえ」と、お雅も呆(あき)れ顔である。

>あや:これ全部ってことじゃないですよね?
>雅:当たり前さね。幾ら能天気な棟梁だって、そんな無茶なもんは引き受けやしないよ。3組で良いとさ。
>あや:3組もですか? これは結構(けっこう)骨が折れそうですね。
>雅:まったく、年寄りの道楽に付き合わされるこっちの身にもなって貰いたいもんだね。
>あや:はてさて、どこから始めたもんでしょうか?
>雅:三吉に好きなのを選ばせれば良いだろう?
>あや:巧くいきますかねえ。
>雅:巧くいかなくたって良いのさ。三吉はまだ若いんだから、10人が10人とも断わってきたって、構やしないだろ?
>あや:そういうものでしょうか。・・・まあ、親方とも相談して、どうしようか決めてみます。
>雅:源五郎と話したって、碌(ろく)な手立てなんか出てきやしないよ。あの唐変木には、こういうのってのは無理なのさ。
>あや:それは分かってますけど、弟子の1人を出汁(だし)に使う訳ですから。
>雅:まあ、夫婦(めおと)が話し合うってのは、なんにしろ良いことだからね。勝手におやり。
>あや:でも、1人だってどうなるか分かったものじゃないっていうのに、3人ってのはねえ・・・
>雅:要は遣(や)る気さ。気張ってやりなよ。じゃ、任せたからね。

勝手なものである。
10人のうちの3人。
数の上では多そうには見えないが、3人分の生涯を左右する訳で、とてもあや1人で背負(しょ)い込めるものではない。

>あや:あら? これは・・・

10人の中に、見慣れた名前があった。 「飯田町(いいだまち)漬物売り久兵衛の娘、お花」。
どういう伝手(つて)かは分からないが、相馬屋は久兵衛にまで話を広めていたのである。
あやは取り急ぎ慶二を背負って、お花の家へ行ってみることにした。

>あや:ご免ください。
>久:へい、いらっしゃい。漬物ですかい?
>あや:ええ。それもそうなんですが、ちょっとお話がありまして。
>久:どちら様ですかい?
>あや:大工の源五郎のところの・・・
>久:ああ、親方のお内儀(かみ)さんですか。そういや、お十三(とみ)ちゃんの祝言(しゅうげん)のときにはちらっとしかお目に掛かりませんでした。あの節はどうもお世話になりました。
>あや:こちらこそ、出過ぎた真似をしてしまったのかも知れません。
>久:そんなことはありませんや。お陰様で、女房とお花から感謝されてます。
>あや:じゃあ・・・
>久:へい。4回に3回は飲まずに帰るようになりました。始めのうちこそ妙な目で見られましたが、事情を説明したら皆さん分かってくださいました。
>あや:そうですか。それは良かったですね。お花さんもきっと嬉しいでしょうね。
>久:嫁に行くって話も、前みたいに聞く耳持たないってのとは違ってきたようです。

>あや:実は、今日伺(うかが)ったのはそのことなんです。
>久:と、仰(おっしゃ)いますと?
>あや:これを見ていただけますか? 元締めの相馬屋さんの書き付けなんですけど。
>久:ああ、これですね? ええ。確かに来ましたよ。でも、向こうで勝手に喋(しゃべ)って、お花がうんと言う前に詫びを言って帰ってっちまいました。
>あや:それじゃあ、これは不本意なことなんですか?
>久:そんなこともありません。元締めはせっかちなお人ではありますが、うちにしたら、手を広げとくに越したことがありませんからね。
>あや:お花さんも納得してることなんですね?
>久:へい。今度ばかりはそういう気になってきてるみたいです。
>あや:そうですか。それは良う御座いました。

>久:それで、お内儀さんはどうしてそんな紙を持ってらっしゃるんで?
>あや:回り回って、うちの親方のところにお鉢が回ってきたんです。
>久:するってえと、なんですかい? 源五郎親方がうちのお花の相手を探して呉れなさるんで?
>あや:どうでしょうか? 10人もの娘さんにお相手を見付けるなんて、土台(どだい)無理なお話ですから。
>久:そうですよね。・・・ですが、源五郎親方が世話してくださるお人だったら、あたしは否(いや)も応(おう)もなく従います。
>あや:そんなことを言って、またお花さんに怒られたりしませんか?
>久:なあに、男なんてものは裏表さえなければ良いんでさ。・・・まあ、あたしみたいに悪い癖を持っていなきゃ、お花だって嫌とは言いませんよ。
>あや:まあ。随分とうちの親方を買い被(かぶ)ってらっしゃるんですね。
>久:買い被るだなんて滅相もない。お花がそんな気になったのも、元を正せば親方のお陰です。このまま行き遅れちまうくらいなら、親方のお弟子さんの誰かとくっ付けちまいたいくらいですよ。
>あや:うちの親方が聞いたら赤面しちゃいますよ。
>久:あたしは本気ですからね。
>あや:有難う御座います。そう言っていただけると、わたしも嬉しいです。・・・でも、それについては、お花さんとお話をさせていただいてからということにします。
>久:恐れ入ります。お手数をお掛けしますが、何卒(なにとぞ)良しなにお願いいたしやす。

お花がそういう気になってくれただけでも喜ばしいことであった。
もう一押し。易しいことではないけれど、八兵衛の希望も、もしかすると叶(かな)うかも知れない。

その夜、あやと源五郎はその紙を間に置いて向かい合っていた。
案の定、源五郎は頭を抱えていた。

>源:お花ちゃんの件は後回しにしちゃいけねえか?
>あや:どうしてですか?
>源:だってよ、八っていう人間を知ってるもんだからよ、どうも心配なんだよな。
>あや:大丈夫ですって。わたしがなんとかしますから。
>源:そうは言うがなあ・・・
>あや:それじゃあ、わたしが八兵衛さんに気付かれないように進めてみますよ。
>源:お前ぇ、また突拍子もねえことをするんじゃねえだろうな?
>あや:しませんよ。お咲ちゃんに一枚噛んで貰うくらいですよ。
>源:それが心配だって言うんだよ。
>あや:そんなことありませんって。巧く立ち回って呉れますよ、きっと。

>源:まあ、仕方がねえ。・・・しかしよ、3組纏めろってのはどういうことだ? 無理に決まってんじゃねえか。
>あや:お義母(かあ)さんとも話したんですけれど、三吉さんに一通り会わせてみてはどうかってことなんですけど、どうします?
>源:母ちゃんの考えそうなこったな。なんでも手近なとこで済まそうとしやがる。
>あや:いけないことですか?
>源:そうは言わねえよ。しかしな・・・
>あや:三吉さんだって好い人柄ですよ。二股や三股を掛けるようじゃないですし、女房を大事にする人だと思いますけど。
>源:うーん。まあ、八よりは増しか。一丁やらせてみるか。
>あや:はい。
>源:でもな、そんなことを大っぴらにしてると、八の野郎が変に思いやしねえか?
>あや:仕方ありませんよ。こればっかりは縁ですから。八兵衛さんにはお花さん一筋でいなさいって諭(さと)してくださいね。
>源:それで駄目になったら目も当てられねえな。
>あや:誠心誠意当たれば、きっと巧くいきますよ。
>源:そうは言うが、一所懸命やったって、どうにもならねえ事だってあるんだからな。
>あや:でも、気持ちは、3組でも4組でも纏めようって気でいないと、1組だって纏まりはしませんからね。
>源:それはそうだろうが、仮に八と三吉がどうにかこうにか纏まったにしたって、俺には次の目当てが1つだってありゃしねえんだからな。
>あや:あら。そんなことはないじゃありませんか。甚兵衛長屋には太助さんだって与太郎さんだっているじゃありませんか。
>源:お、お前ぇ・・・
>あや:その辺も、お咲ちゃんとお話してみますね。
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