241.【す】 『好きこそ物の上手(じょうず)なれ』  (2004/07/20)
『好きこそ物の上手なれ』
何事によらず、好きならばそれを熱心にやるから、上達するものだ。
類:●Who likes not his business, his business likes not him.(自分の商売を愛さない者は、商売のほうでも愛してくれない)●Nothing is hard to a willing mind.(進んでやる気があれば困難なし)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
反:●
下手の横好き
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八兵衛は、胡瓜(きゅうり)に味噌を付けて齧(かじ)っていた。
昼間にも2本食べたというのに飽きないものかと、熊五郎は呆(あき)れ顔である。

>八:友さんはどうしちまったのかな? 「用がありますから」なんてよ。
>三:あれじゃないですか? あれ。
>八:なんだよ、あれってのは?
>三:若くて可愛いお十三(とみ)ちゃん。
>八:なんだ、そういうことかよ。それじゃあ仕方ねえな。
>熊:なあ八よ。昼間、なんだか親方と友さん、2人でこそこそやってなかったか?
>八:そうか? おいらは気が付かなかったぞ。
>三:大方、祝言(しゅうげん)の話でもしてたんでしょう? 羨(うらや)ましいですよねえ。
>熊:そうかな? 親方の顔付きはそんなんじゃなかったぞ。
>八:そういやそうだったな。困り切っちまってるって風(ふう)だったな。
>熊:駄目になっちまったのかな?
>三:そんなことないですよ。おいら、気になったもんだから聞いてみたんですからね。
>八:それで、なんだって?
>三:お十三ちゃんとは巧く行ってて、向こうも憎(にく)からず思って呉れてるようだって言ってました。
>八:それなら何も心配要(い)らねえじゃねえか。・・・大方、親方は別のことでそんな顔してたんだよ。な? 静(しずか)嬢ちゃんのこととかよ。
>熊:まあ、そういうことなら良いんだけどよ。

そんな頃、友助は源五郎とあやの向かいの席に座っていた。
卓の上には細(ささ)やかながら小鉢が並び、銚子も何本か用意されていた。

>あや:親方が友助さんを連れてくるなんて思いもしませんでした。
>源:そりゃあどういうことだ? 俺みてえな唐変木(とうへんぼく)が弟子の色恋の話に首を突っ込む筈がねえってことか?
>あや:いえ、明日かと思っていたということですよ。
>源:そうは聞こえなかったぜ。
>あや:まあ、簡単に言っちゃうとそういうことなんですけど、それじゃあ身も蓋もありませんからね。
>源:それを今、正直に言ったんじゃ、それこそ俺の立つ瀬がねえじゃねえか。
>あや:あら、そうでしたわね。
>源:お前ぇがお花ちゃんを呼んだってもんだから、話がそういう方にも向いてるんじゃねえかと思ってよ。
>あや:まあ、珍しく察しが良いんですね。・・・はい、確かにそういう話に及びました。だいたいのところはお花さんから伺(うかが)っています。でも、友助さんを呼ぶのは、明日に違いないと思っていました。
>源:どうしてだ?
>あや:わたしに任(まか)せると何をやらかすか分からないものだからと、心の準備に1日掛かると。
>源:お前ぇにゃ敵(かな)わねえな。友助があんな突拍子もねえ話を持ち出さなきゃそうなってたとこだ。・・・悔しいけど、お見通しだぜ。

あやはころころと笑って、友助と源五郎に酌(しゃく)をした。
それで肩の力が抜けたのか、友助が、昼間の話の続きをあやに説明し始めた。

>友:父親(てておや)の三次さんが「契(ちぎ)ってしまえ」だなんて言うもんですから。そんなにまでして急ぐことでもないのに。なんだか追い立てられてるみたいで、どうも・・・
>あや:それはまた思い切ったことを言い出しましたね。お母様はそれほど頑(かたく)ななんですか?
>友:いえ、それほどではないと思います。娘のお十三さんが大事なんでしょうから、最後のところでは折れてくださると思うんですが。
>源:そうだと良いがな。
>あや:いっそのこと、契ってしまいますか?
>友:へ?
>源:お、お前ぇ、なんてことを言い出しやがる。
>あや:半(なか)ば本気なんですよ。・・・女子(おなご)というものはね、時には殿方のそういうところも見たいんです。いつまでもどっちつかずではっきりしないところは、一番情けないと思えてしまうんです。
>源:だからってってお前ぇ・・・
>あや:そうですね。あまり端(はし)たないことをしては、お母様から益々嫌われちゃいます。
>友:それではどうしろと?
>あや:分かりません。・・・ですが、友助さんの友人知人や仕事仲間などを見ていただくことで、安心させて差し上げるしか、手はないのかも知れません。
>源:そうかもな。・・・どうだ、友助?
>友:ご足労(そくろう)願えますか?
>あや:これから訪ねていって明日の都合(つごう)を聞いといていただけますか?
>源:昼間が良いってんなら、それでも構わねえからな。

友助は深々と頭を下げてから走り去った。

>源:いっそ契ってしまえなんて言い出したときはどうなるかと思ったぞ。
>あや:友助さんのような押しの強くない人にはそのくら脅(おど)しておいた方が良いんです。
>源:43だぞ。そのくらいのことは自分で判断できるさ。
>あや:できなかったから未だに独り身なんじゃありませんか。
>源:そりゃあ幾らなんだって言い過ぎだろう。
>あや:あら、そうでもありませんよ。わたしだって、親方がもう少し見栄(みえ)っ張りだったらここには来ていませんもの。
>源:それを言うなってんだ。

「だるま」では、流石(さすが)の八兵衛も、胡瓜ばかりでは酒の進みが悪く、いつになくしゃっきりとしていた。

>八:友さんの祝言か・・・。
>熊:なんだよ。人の祝い事に溜息なんか吐(つ)くんじゃねえ。
>八:だってよ。周りばっかり片付いていっちまうんだからよ。取り残されちまうような気にもなるぜ。
>三:まだおいらがいるじゃありませんか。八兄いのために待っててあげてるんですから。
>八:待ってるも何もあるか。お前ぇもおいらと一緒の溢(あぶ)れ者よ。
>三:そんなこと、はっきりと言うもんじゃねえでしょう。言ってて自分の足を引っ張ってるってのが分からないんですかい?
>八:そうか。それもそうだな。
>熊:まあ、人様の幸せはよ、便乗(びんじょう)しちまってそのお零(こぼ)れをいただくってのが一番よ。そういうのが、お前ぇには合ってる。
>八:そうだな。友さんとお十三ちゃんの祝言の席で良いとこを見せりゃあ、巧い具合いにことが運ぶかも知れねえもんな。
>三:その意気ですよ、八兄い。
>八:そうと決まりゃあ、やるぜ、久し振りに。
>熊:お、お前ぇ、本気か?
>八:あたぼうよ。こういうときのために大事に取って置いてるんじゃねえか。だから言うんだろう「取って置き」ってよ。
>熊:そりゃあそうだろうが、祝言の席でやって良いもんか?
>八:お弔(とむら)いでやることじゃねえだろ?
>熊:当たり前だ。
>三:なんですか、その取って置きってのは?
>熊:ああそうか。三吉はまだ見たことなかったな。中々にして凄(すげ)えぞ。
>三:そんなにですか? こりゃあ楽しみだ。・・・なんなんですか?
>熊:腹踊りだ。
>八:一子相伝伝家の宝刀だぞ。笑い転げて止まらなくなるぞ。
>三:でも、言っちゃなんですが、唯(ただ)の腹踊りなんでしょう?
>八:腹踊りごときと舐(な)めて掛かるでない。
>熊:死んだ八のお父つぁんのは、そりゃあもう見事(みごと)なもんだったぜ。腹の皮が捩(よじ)れるってのは、正(まさ)にあのことだな。
>三:そんなに凄えんで?
>熊:極(きわ)めてる。その気がねえと、ああはうまくできねえぞ。・・・八がやることで誉(ほ)められるのはこの腹踊りくれえのもんだ。
>八:そういう言い方はねえだろう。
>熊:まあ、楽しみにしてるこったな。
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