237.【す】 『推敲(すいこう)』 (2004/06/21)
『推敲』
詩や文章を作るにあたって、最適な字句や表現を求めて、良く練ったり練り直したりすること。
故事:「唐詩記事−巻40」・渓漁隠叢話」 唐の詩人賈島(かとう)が「僧推月下門」の句を作ったが、「推(おす)」を「敲(たたく)」に改めた方がよいかどうかに苦慮して韓愈に問い、「敲」に決めた。 
出典@:唐詩紀事(とうしきじ) 詩集。南宋。計有功撰。成立年代不詳。唐の詩人1150人について系統的に詩・小伝、及び詩の背景となる事柄などを纏めたもの。
出典A:
ショウ[糸+相]素雑記(しょうそざっき) ・・・調査中。
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折り良く、旅立ちの朝の雨は、小降りになっていた。
源蔵とお雅は、4歳[数え]になった静(しずか)に手を引かれるようにして出掛けていった。
源太の足取りがまだまだ心許(こころもと)ないので、源蔵とお雅が交替で背負うということらしい。
赤子(あかご)を抱いて門まで見送りに出たあやは、傘も差さず、4人が見えなくなるまで見送っていた。

>源:いつまでも突っ立ってると、慶二が濡(ぬ)れるぞ。
>あや:あらいけない。そうでしたね。
>源:大丈夫だよ。ああ見えても、母ちゃんは子供の扱(あつか)いが巧いんだからな。
>あや:それは分かっています。万が一、旅先で病(やまい)にでもなりはしないかと・・・
>源:家(うち)にいたって病気になるときはなるんだ。気にすることはねえよ。
>あや:そうなんでしょうけど、これまで離れて眠ったことがないですから、なんだか、両腕でも(も)がれたみたいです。
>源:なんだよ。家にいるお前ぇの方で里心が付いちまっちゃ、話にならねえじゃねえか。
>あや:そうですね。
>源:さ、五月蝿(うるせ)え弟子どもが来るまで暫(しばら)くあるから、茶でも飲むとしようじゃねえか。
>あや:そうしましょうか。・・・でもなんだか、こんなにひっそりしちゃうと、甚兵衛長屋に引っ越したばかりの頃を思い出しちゃいます。
>源:そうか? 俺はずうっとここに住んでるからな。・・・侘(わび)しかったのか?
>あや:ええ。ちょっとばかし。

源五郎は、あやが煎(い)れて呉れた茶を飲みながら、八兵衛とお花の話を切り出すべきかどうしようかと迷っていた。
あやは、慶二のお湿(しめ)を替えながら、そんな源五郎の様子を面白がっていた。既に見透(みす)かされていたのである。

>あや:何か厄介(やっかい)ごとでもありましたか?
>源:い、いや、別にそんなことじゃあねえんだ。
>あや:そうですか? そうは見えませんけど。なんだか、断わり切れない頼みごとをされたって感じですよ。
>源:まったく、お前ぇには嘘は吐(つ)けねえな。仕様がねえ。・・・八のことだ。
>あや:どこかから見合い話でも来ましたか?
>源:そうじゃねえんだよ。八の野郎がな、とある娘に惚(ほ)れたってんだよな。
>あや:それじゃあ、力になってあげなきゃなりませんわねえ。それで、どこの方なんですか?
>源:それがよ、選りにも選って「だるま」で働いてる娘だってんだ。
>あや:お花さん?
>源:お前ぇ、なんで名前を知ってるんだ?
>あや:だって、お夏ちゃんから聞いたんですもの。
>源:なんだと? もう半年以上も前から知ってたってのか?
>あや:名前だけですよ。それと、お父さんが漬物を商(あきな)っているってことと、武芸の嗜(たしな)みがあって、ちょっとした荒くれ者くらいじゃとても敵(かな)わないほどだってこと。
>源:そんなのは初耳(はつみみ)だぞ。
>あや:あら、そうでしたの?

そんなところへ、五六蔵が早めに現れた。

>五六:親方あ、おはようございやす。早過ぎて済いやせん。
>源:おう、五六蔵。どうしたんだまだまだだろうに。まあ、上がってきて茶でも飲め。
>五六:へい。あい済いません。・・・あ、姐(あね)さん、おはようございやす。いやあ、鉤助(かぎすけ)の奴がぴいぴいと泣きやがるもんで、のんびり寝ちゃいられねえんですよ。
>源:そうか。それに比べたらうちの慶二は妙に大人(おとな)しいな。
>あや:きっと、すぐにお腹(なか)が空(す)いちゃうせいですよ。お三っちゃんのお乳だけじゃ足りないのかも知れないわね。
>五六:へえ、そういうもんですか。今晩早速(さっそく)お三千と相談してみます。
>源:お前ぇんとこのは特別にでけえから、それだけ腹も空くだろうよ。
>あや:でも、あんまり甘やかしちゃ駄目よ。「泣く子は育つ」って言うそうだから、鳴かせておくくらいの方が稚児(やや)のためかも知れないの。
>五六:成る程。流石(さすが)は姐さんだ。伊達(だて)に3人も育てちゃいねえですね。為になりやした。
>源:まあ、当分夜泣きには悩まされるだろうな。だが、多かれ少なかれ、誰もが通る道だからな。

>五六:そうですね。お見逸(みそ)れしやした。・・・ときに、棟梁たちはもう出掛けなすったんで?
>源:さっきな。雨っ降りが好きなんだとよ。俺には分からねえな。
>五六:十人十色でやすからね。紫陽花(あじさい)は雨が一番似合うって言いやすし。
>源:お前ぇが言うなってんだ。怖気(おぞけ)が立つぜ。
>五六:そうまで言うことはないでしょう。形(なり)はでかいですが、心は生娘(きむすめ)並みなんでやすからね。
>源:どこがだ。聞いて呆れるぜ。・・・それはそうと、藺平(いへい)父つぁんは、鉤助のことを本当に畳職にするつもりなのか?
>五六:無理にとは言ってねえんですが、付けた名前からすると、見え見えですよね。
>源:嫌だって言い張ることも出来たんだぜ。
>五六:ではありやすが、まあ、高々(たかだか)名前でやすから。大工になりてえって言い出したら、錠前の「鍵」の字に変えちまいまさぁ。
>源:はっは。そりゃあ良い。錠前直しかなんかになりゃ、左団扇(ひだりうちわ)で暮らせるかも知れねえな。
>五六:いかんせんあっしの子でやすからね、期待薄でやすけど。
>源:違えねえ。

その頃になって、やっと熊五郎と八兵衛が現われた。
今日は仕事が出来そうだからと、源五郎たちはのろのろと腰を上げた。

>八:親方ぁ、棟梁たちは出掛けなすったんで?
>源:喜び勇んで行きやがったよ。半月もいねえかと思うと清々(せいせい)すらあ。
>八:それで、親方。あっちの方はどんな具合いでやすか?
>源:もう少し待ってろ。今日の今日で何が出来るってんだ。
>熊:慌てる乞食(こじき)は貰いが少ねえって言うだろ?
>八:そうは言うけどよ、おいらとしちゃ、気が気じゃねえのよ。
>源:あやの奴には枕(まくら)くらいは話しといたから、勝手になんとかやって呉れるだろうよ。俺としちゃ、逆に心配なんだがな。
>八:姐さんが乗り出して呉れると決まりゃ、もう大丈夫ですね。
>源:そうとばっかりは決め付けるなよ。あいつの遣りようはどうも危なっかしくて仕方がねえ。全く反対の結果になったって知らねえからな。
>八:そんなあ・・・
>熊:要は、お前ぇに男としての頼もしさとか甲斐性(かいしょう)とかがあるかってことなんじゃねえのか?
>八:そういうことなら、上等だろうよ。
>熊:本気で言ってるのか?
>八:あたぼうよ。
>熊:こいつ分かってんだかね。お前ぇなあ、今晩でも家に帰ってから「甲斐性」ってのはどういうもんなんだか、母ちゃんととっくり話し合っておけよな。
>八:そんなこと聞かなくたって分かってら。おいらはいつだって快食快便だ。元気なことが何よりも大事だってことだろ? 舐(な)めて掛かるのも好い加減にしろってんだ。

>源:なあ八、1つだけ聞いときてえことがある。
>八:なんですか?
>源:お花ちゃんのところは商いをやってるっていうじゃねえか。・・・まあ、別に商人(あきんど)と職人の取り合わせが悪いってんじゃねえんだが、お前ぇ、もしも、商いを手伝って呉れってことになったらどうする?
>八:おいらが商いですか? ・・・うーん。まあ、太助辺りよりはよっぽど増しだとは思うんですが、やっぱり、大工でいた方が良さそうですよね。
>源:本心なんだな?
>八:おいらが物を売ってる姿なんて、どうもぴんと来ねえんですよね。・・・でも、そういうのって、肝心なことになってきちまいますか?
>源:分からねえが、先様(さきさま)次第だろうな。
>八:へ? お咲坊のことですかい?
>熊:何を惚(とぼ)けてやがる。お咲様じゃなくって、先方のお父つぁんのこったよ。・・・まったく、どこが頼もしいのかね。
>八:そりゃそうだよな。お咲坊の訳ねえよな。・・・でもよ、お咲坊はお花ちゃんの躾(しつけ)役をやってたんだろ? もしかすると、お咲坊が巧いこと言って呉れるかも知れねえぞ、こりゃ。ふむ。どうだ? 良い考えだろ?
>熊:手前ぇに都合(つごう)の良いことばっかり考えるなってんだ。

その頃、あやの方では、お咲に間に立たせて事を運ぶのが、一番良いのかも知れないと考えていた。
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