229.【し】 『朱(しゅ)に交(まじ)われば赤(あか)くなる』 (2004/04/26)
『朱に交われば赤くなる』
人は交際する仲間によって人は感化されるものだ。人はその置かれた環境によって善くも悪くもなる。
類:●水は方円の器に随(したが)う善悪は友による●He who touches pitch will be defiled.(ピッチに触れる者はよごれる)●The rotten apple injures its neighbo(u)rs.(腐ったりんごは仲間まで腐らせる)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典
★中国の古諺「近朱必赤」による<国語辞典(旺文社)>
古諺(こげん) 古いことわざ。昔からのことわざ。
参照:傳玄の「太子少傳箴」 「近墨必緇、近朱必赤」(墨に近づけば必ず緇(くろ)く、朱に近づけば必ず赤し)
出典:
太子少傳箴(たいししょうぶしん??) 中国、西晋。傳玄(ふげん)。・・・調査中。
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八兵衛は、込み上がってくる虫唾(むしず)を飲み込み飲み込み、角蔵の後から付いていった。
(ざる)」だと自認する三吉の方は、対称的に、平気の平左である。
やがて現場に着いてから、向き直った角蔵が八兵衛に尋ねた。

>角:八兵衛とやら。
>八:へ、へい。なんでやしょう? ・・・うっぷ。
>角:源五郎んところでは、弟子が二日酔いで来てるってのになんとも言わねえのか?
>八:昨夜(ゆうべ)は特別な日だったんでやすよ。親方んとこに3人目が生まれたんです。
>角:ほう、そうか。知らねえこととはいえ、そいつは不調法(ぶちょうほう)しちまったな。後で祝いの品を用意させるから、持って帰って呉れ。
>八:へい。お心遣(づか)い、痛み入りやす。・・・余計(よけい)なことですが、食いもんですかい?
>角:そんなのはどうでも良かろう? まあ、酒でないのだけは確かだ。・・・尤(もっと)も、そんな様子じゃ、お流れが下ったとしても、飲めねえだろうがな。
>八:そんなことねえですって。一汗(ひとあせ)掻(か)きゃあ、喉(のど)も渇(かわ)くってもんです。・・・うっぷ。
>角:信じ難い意地汚さだな。・・・まあ良い。それとは別に、こっちの仕事が片付いたら鱈腹(たらふく)飲ませてやる。
>八:ほんとですかい? 確(しか)と聞きましたからね。忘れないでくださいよ。
>角:ああ。大丈夫だ。
>八:やったあ。こういう飛び込み仕事なら、いつでも歓迎しますぜ。

>角:ときに、あとの2人のところも生まれそうだとか言ってなかったか?
>八:そうなんでやすよ。五六蔵っていう図体(ずうたい)のでかいのと、四郎っていうなよっとした奴なんですがね、仲が良いんだか腐れ縁なんだか・・・
>角:まあ、なんにしても、稚児(やや)ができるのは目出度(めでた)いこったな。源五郎も、今が一番良いときだな。
>八:「後厄(あとやく)だ」って言ってやしたが。
>角:そうか。もうそんな年になったか。源蔵も老(ふ)ける訳だな。もうそろそろ隠居かな。
>八:そりゃあいくらなんでも早いでしょう。五六蔵たち3人が弟子入りしてからまだ4年半ですぜ。もうちょっと鍛(きた)えて貰(もら)わねえとな。なあ、三吉。
>三:え? ええ。足腰の丈夫なうちはもうちょっと頑張って貰わないことには。・・・そういう意味じゃ、角蔵棟梁だって、まだまだでやしょう?
>角:はは。4年にしちゃ気の利いたことを言うじゃねえか。
>八:三吉の野郎は、調子が好いのだけが取り柄(え)でやして。
>角:三吉に四郎に五六蔵か、面白えな。
>八:そんでもって、八に熊(九万)でやすからね。まるで冗談みてえでしょう?
>角:賑(にぎ)やかで楽しそうで結構なことだ。・・・だがな、仕事はきりりと引き締めた顔でやれよ。大工仕事ってのは案外危なっかしいもんだからな。
>八:分かってますって。あの鬼瓦みてえな親方に睨(にら)まれながら修行してきたんですぜ。半端な仕事なんかしてたら今ごろ放り出されてますよ。
>角:そうか。まあ、そのへんは、実際の働きっ振りで見極(みきわ)めることにしよう。

12世帯27人分の仮住まいを拵(こしら)えるということで、思ったよりも大掛かりなものになってる。
それよりも、火元のお屋敷の方は、更に大掛かりである。焼け崩れた炭の撤去に当たっている者たちの目には、鬼気迫るものさえある。

>八:なあ三吉よ。おいらたち、あっちの手伝いじゃなくて良かったな。
>三:まったくですね。あんなに走り回ってたら、八兄いは、昨日飲んだ酒を全部吐き出しちまいそうだ。
>八:それくらいで済みゃあ良いぞ。相手はお武家様だからな、下手(へた)したら命まで落とし兼ねねえ。
>三:真逆(まさか)。
>八:そうでなきゃ、あそこまでぴりぴりしちゃいねえだろ?
>三:よっぽど怖いお武家さんなんでしょうかねえ。
>八:そうかもな。関わらねえに越したことはねえな。

昼時ともなると、然(さ)しもの八兵衛の二日酔いも、随分楽になってきた。
大振りの握り飯をもう3個も平らげている。
角蔵の指示が堂に入っているということもあるのか、仮住まいは着々と出来上がっていく。

>八:凄(すげ)えな。この調子なら明後日(あさって)には出来上がっちまう。
>三:あの棟梁は、まったく大したお人ですよね。大工のみんなもちゃあんと躾(しつけ)ができてら。
>八:それだけじゃねえぞ。材料だって、進み具合いに合わせて運ばれてくる。ちょいとばかり銭は掛かるだろうが、急ぐだけってことなら、間違いなく早く進む。
>三:良いですねえ、名の通った棟梁ってのも。どこの材木問屋に頼んだって断られやしないでしょう?
>八:あっちのお屋敷と一緒の仕入れにしてるんだろうな、きっと。結構良い材木だぜ。一時の雨凌(しの)ぎにするにゃ勿体無えもんが出来上がるぜ。うちの長屋より良いかも知れねえぞ。
>三:そりゃあねえでしょう。漆喰(しっくい)を塗(ぬ)る訳でもねえし、瓦だって葺(ふ)かないんでしょう?
>八:それを差し引いてってことだよ。当たり前ぇじゃねえか。
>三:本当の長屋ができたら壊(こわ)しちゃうんでしょう? 惜(お)しいなあ。
>八:お前ぇが住むか?
>三:流石(さすが)にそいつは遠慮しますよ。だって、縁の下がねえじゃねえですか。風通しは悪いし、そのうち雨漏(も)りだってしてくるでしょう? 梅雨の時期にゃ黴(かび)が生えるんじゃないですか?
>八:そうかもな。・・・でもま、この勢いだったら長屋の完成だってそう掛からねえだろ。
>三:そっちには呼ばれないですから知ったことじゃないですけどね。
>八:まあ、そういうこった。・・・なあ三吉、そこの握り飯、お前ぇが食わねえんなら食っても良いか?
>三:さっきまで吐きそうだったってのに大丈夫なんですか?
>八:あたりきしゃりきのこんこんちきよ。この八兵衛さんを誰だと思ってやがるんだ?

・・・と言ってはいたが、夕方になると腹がぐうぐうと鳴り出した。
「もう腹が減ってきちゃったんですか?」と尋ねられたが、それどころではない。脂汗まで出始めたのだ。

>八:三吉よ、おいらも焼きが回ったな。一晩飲み過ぎたくらいでこんなになっちまうなんてよ。
>三:それだけじゃないかも知れませんよ。昼飯の食べ過ぎなんじゃないですか?
>八:おいらが食べ過ぎだ? 冗談じゃねえ。いつもとそう変わりはねえじゃねえか。
>三:4つですよ、4つ。
>八:あれ? 3つじゃなかったか?
>三:ほら、食べ過ぎでしょう?
>八:そうかもな。それに、茶もがぶがぶ飲み過ぎたかな。・・・済まねえが、今日は真っ直ぐ帰らして貰うわ。親方にはお前ぇの方から説明しといて呉れ。
>三:角蔵棟梁からのいただきものもおいら1人で持って帰るんですか?
>八:高々酒樽(さかだる)2つくらいなんてこともねえだろ?
>三:大工道具を担いでるんですよ?
>八:大丈夫だって。若いんだからよ。じゃあ、任せたぜ。明日は直接こっちだからな。間違えるなよ。

三吉はよろよろしながら源五郎のところへ戻り、報告を済ませた。
「へえ、八の野郎が脂汗をねえ」といは言ったものの、それほど心配している様子でもない。

>源:なあ熊。確か前にもそんなことがあったよな?
>熊:へい。なんのことはねえ。朝寝坊して厠(かわや)に寄ってくるのを忘れててよ。その癖、食い忘れた朝飯の分は取り戻そうと、豚みたいに昼飯を詰め込みやがる。
>源:今ごろは長屋の厠にしゃがんでる頃だ。すっきりすりゃあ「だるま」に行くだろうよ。・・・ほれ、無理に行かせた分の駄賃(だちん)だ。銚子の2〜3本余計に飲ませてやれ。
>三:良いんですかい? また明日の朝もおんなじことになりゃしねえですか?
>源:そいつは大丈夫だ。
>三:どうしてですか?
>熊:そりゃあな。厠を我慢してたんだってことが分かったからよ。大方、角蔵棟梁の立派な差配(さはい)に圧倒されて、すっかり忘れちまっていただけだろ。
>三:そりゃあ、おいらだって圧倒されて、ついついいつもより余計に頑張っちまいましたが、厠を忘れるほどじゃありませんでしたよ。
>熊:それをやっちまうのが八なのさ。笑えるだろ?
>三:そんな八兄いに付いてて、おいらは大丈夫なんでしょうか? なんだか将来が心配になってきちまいます。
>熊:親方が見捨てねえ限りは大丈夫だよ。
>三:そうでしょうか? なんだか、段々八兄いと同じような人間になっていくような気がしてならないんですけど。
>源:そういうのも悪くねえかも知れねえな。
>三:親方までそんなこと言わないでくださいよ。
>熊:あんな八だって、良いとこもあるんだから、そこだけ似るようにすりゃ良いさ。
>三:そんなことなんてできるんでしょうか? なにしろ、あまりにも強烈ですからね、八兄いは。

熊五郎・三吉・友助の3人が「だるま」に入っていくと、八兵衛は案の定、ちゃっかりと座って、飲み始めていた。
「なんだよ、手前ぇら、遅かったじゃねえか」と言って、亭主に銚子を4本注文した。
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